新生K-1信者と言われるわりには『じつは人間不信なんです』と言えなくて

釣ール

信じたいが上回ってるはずでも人間だからこそ不信感はつのる。それでも乗り越えたい

 人間不信にんげんふしんになってから何十年が経過しただろう。


 最近格闘技を観るようになってから考えだすことも増えたと同時に悩みもできたので書かさせていただきます。


 7年前に新生K-1ファンになっているとはいえ、K-1信者と呼ぶにはなにもかもをうたがいすぎている。


 これは格闘技に限ったことではなくどのコンテンツでも日常でも減らすことはできない現実なのであまり人と関わることが不得意ふとくいだと得意とくいな人たちとくらべると……いや、それはもういいか。


 それも思い込みでしかない。

 抜け出したいのだ。

 仮に信者だったとしても。


 うんざりしている人間関係を抜け出すために今、出来ることを続けている。


 ズレの修正がむずかしく、ひとりでやるのにも限度げんどがある。


 それでも信じたいのだろうか。

 選手たちの活躍によって今があるからこそ。


 たとえ残酷ざんこくな現実が待ち受けていても。


 さらに同じ団体のファンともX(Twitter)ではあまり話があわなくてひとりで楽しむことにしています。

(※例外や一部の方などは除いております)


 嫌な言い方になりますが会場はともかく配信だとBL〇〇CHの虚圏ウェコムンドにいるような閉塞感へいそくかんと小説版に出るキャラみたいな話ばかり聞くので関わらないようにしている。


 そこで人間不信にんげんふしんに助けられる。


 ただ!

 このままでいいのだろうか?


 ほんとうは気にしているじゃないか。

 


 全部あきらめたくないから格闘技にハマっているのではないのか?

 プロレス、ホラードキュメンタリー、ボクシングも。


 あらゆる人間関係でいつも下に見られ、自分なりの努力と妥協だきょうだけですませて……。


 ほんとうはつかみたかった誰かがいた幸せを誰よりも憎んでいるのに!


 今日(※記入時時点2024年10月25日金曜日)、大切な格闘家の選手がリングの上に立ち、敗北をきっした。


 タイトルマッチだからメインかざっておりましたがその選手は今まで自分が経験していない、知らない世界を教えてください続けた。


 2023年上半期かみはんきで個人的なトラブルもあって創作をやめようと決意しかけた時に彼は試合と会見で魅せてくださった。


 ほんとうはまだ死にたくなかったんだと気づかせてくださった。


 だから自分がいま比較的得意ひかくてきとくいなことでこれからを乗り越えようと決意をあらためた。


 それでも2023年以降も今も簡単な道のりではなかった。


 誰かの敗北はいぼくがここまでひびくなんて!


 そして今まで見てきた格闘家・プロレスラー・ホラードキュメンタリーの監督かんとくたち・歌手たち。

 その他ジャンルも。


 全部自分のことばで語ってきたつもりでほんとうは死にたくもない。


 だからこそ自分だからこそ書ける話と文章で社会に伝えるしかないとまた気を引きしめる。


 信じられないことの方が多い上に人間関係は複雑ふくざつでまた出会い別れに感情はゆれうごくかもしれない。


 でも流されて負け続けて終わっていいのか?


 リングで戦った選手、いや選手たちにも失礼のないように生きていくしかない。


 もう、負けるのも馬鹿だと思われるのもいやだから。


 誰かを信じられない部分はだまされないためにも必要。


 それでも……


 それでも、世の中は捨てたもんじゃないと恨みと固定概念こていがいねんの幸せを乗り越え希望を持ち続けるために書き続けたたかう。


 長い長い時間をかけてでも。

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新生K-1信者と言われるわりには『じつは人間不信なんです』と言えなくて 釣ール @pixixy1O

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