紅き流転の侯爵令嬢 ~五億六千七百万年後の世界に生まれ直した侯爵令嬢奮闘記~
三毛猫みゃー
一章
第1話 目覚め
「んっん、は、あぁー。頭痛い。体だるい……」
頭がズキズキと痛む。目を開けてみるが暗くて何も見えない。痛む頭に手をやろうとしたが腕が動かない。
『君には失望した』
『僕は真実の愛を手に入れた。だから君との婚約は破棄させてもらう』
(バカ王子が、なーにが失望したよ、何が真実の愛よ。元々あんたに愛情も何もなかったわよ)
頭の痛みが増すと共に頭の中を記憶が駆け巡る。
『君にはインテリジェンスが足りていない』
(成績で私に勝ったことがない陰湿メガネのくせに横文字を使えばいいってものじゃないわよ)
『この家にはお前の居場所はない、いますぐ出ていけ』
(国外追放にされるついでに屋敷ごと燃やしたのはいい思い出だわ)
『そんなに美味しそうに食ってくれたら作った甲斐があるってもんだ』
『あんたに生きていられると困る方がいましてね』
(味はよかったのだけど、食事の度に毒が入っていないか調べるのは面倒くさかったわ)
『おいお前、そんなに痩せてちゃだめだろ。もっと肉を食え、体を鍛えろ』
(何を考えているのかわからない筋肉バカのくせに最後まで味方になってくれたのはこいつだけだったかしらね。結局理由はわからないままだったわ)
まるで走馬灯のように次々と過去の出来事が過ぎ去っていく。良いことも悪いことも関係なくランダムだけど、死の間際に見るには最悪な気分だ。
『あなた面白いわね。私の弟子になってみない?』
『短い間だったけど楽しかったわ』
師匠の屈託のない笑顔が見えた所で頭痛が弱まった気がした。
「すぅー……はぁー」
師匠の事を思い出した事でなんとなく今の状況が分かった。息を吸って一度止めてから吐く、それを繰り返し何度もしていると頭痛が治まってきた。この頭痛は魔力枯渇によるもので、呼吸をして空気中の魔力を取り込めば治る類の物だ。
空気とともに魔力を体内に取り込むことで頭痛は治まり、走馬灯のように見えていたものも消えていった。そのまま呼吸を繰り返していると止まっていた血流が流れ出したのか体全体にしびれるような感覚が駆け巡る。
「はっ、あっ」
とくんとくんと心臓の鼓動が感じられる。指を動かしてみる、今度は動く。両手を閉じて開く、こちらも大丈夫。脚も同様にちゃんと動く。呼吸を繰り返したおかげか頭痛も治まった。
「問題無く動くわね」
寝ていた体勢からゆっくりと体を起こし、石造りのベッドに腰掛ける。
「光よ」
体内の魔力を使い魔法を使うと軽くめまいが起きた。どうやら取り込んだ魔力がまだ少なかったようで、再び魔力枯渇寸前の症状が起きた。ただ魔法で光を作ったことで部屋の中の様子が見えるようになった。
「ああ、思い出したわ。生きて目が覚めた、つまりは成功ということでいいのでしょうね」
自分の姿を確認してみるとなぜか一糸まとわぬ姿になっている。眠る前はちゃんとした衣服を着た上に状態保存の魔法を施していた。そのはずなのに、どうやら経年劣化を通り越して着ていたものは塵になってしまったようだ。ただでさえ耐久度の高いはずの魔物の素材で作った下着の類まで消えているのは、それだけ時が過ぎているという事になる。
まとまらない思考を巡らせているといつしか頭痛も治まり体が動くようになってきた。軽く手を振り空間魔法を使い衣服を取り出す。
「はぁ、あれって結構お気に入りだったのだけど仕方がないわね」
塵となった下着や服を思い出しながら、新しく取り出した下着と衣服一式を着て靴を履く。真紅のドレスに黒いローブ、白のガーターストッキングにロングブーツ。腰のあたりまである真っ赤な髪を飾り紐で一つにまとめる。
「お風呂に入りたい」
汗をかいているわけではないけど温かい湯船に浸かりたい。ただそれも現状を確認してからだろう。改めて部屋を見回すと眠る前の記憶と代わりはない。
「詳細を確認するのは外に出てからが良さそうね」
唯一の出入り口は閉ざされたままで、開いた形跡もないので誰かが侵入したということもないようだ。その閉ざされた扉の前に移動して手を触れると、扉は薄い光を一瞬だけ放ち開き始める。扉が開いていくと同時に部屋の中へと外の空気が流れ込んでくる。
扉の外は通路になっていて明かりがまったくない。部屋の中を照らしていた光を移動さえせて私の前を進ませる。部屋の中とは違い通路はかなりボロボロの状態になっている。
通路を進んでいくと両開きの扉があり、先ほどと同じように手を触れて開ける。開いた扉の先は壁になっていた。
「これは、埋まっているようね」
この扉の先には地上まで続く昇降機があったはずなのだけど、どうやら土で埋まっているようだ。魔法で掘るというのも出来なくはないけど、掘ったそばから補強もしないといけないと考えると少し面倒くさい。
「魔力は……十分に戻っているわね」
土壁に手で触れて魔力で探査をする。扇状に広がっていく魔力が土から抜け出したのを確認した後に、土壁から手を離す。地上までの大体の距離と周りに大型の生物がいないことは確認できた。
「門よ開け」
呪文を唱えると私の目の前に黒い鏡のようなものが出来上がる。私はためらうこと無く黒い鏡に入り込む。そして出口の鏡から外に出た所で驚き動きを止めてしまう。
「どういうことなの? ここには遺跡があったはずなのに」
鏡から出て最初に見えたものは、どこまでも続くかのように見える大草原だった。前後左右を見てみると、朽ちた遺跡の残骸が見えている。
「ここにあった遺跡は崩れたのでしょうね。本当にどれくらいの年月が過ぎたのかしら」
そもそもここは草原ではなくて荒野だったはずなのだ。人の寄り付かない辺境にある古代遺跡。そこを利用して私は長い眠りについた。眠りについた理由は私のことを聖女やら魔女やらと好き勝手に呼び、利用することしか考えていない人たちから身を隠すためだった。
流石に二百年も眠れば私を知る人はほとんどいないはずだと思ったのだけど、結果はよくわからない現実が待っていた。
「まあわからないならわかる者に聞けば良いわね。出ておいでティア」
私は何も無い空へと呼びかける。すると目の前には私の顔くらいの大きさの長毛種の姿をした白い猫が現れた。猫は空中で丸くなり寝ているように見える。
「ティア起きなさい」
この子は白猫の姿をした人工精霊のティア。私が生み出し私と契約をしている。本来食事や睡眠を必要としないはずなのだけど、いつからか本物の猫のような行動をするようになっていた。
「ん? ふにゃーあ、あれ……、はっ! ローザ様ついにお目覚めになられましたかにゃ」
「あなたはずいぶんと気持ち良さそうに寝ていたようですわね」
「そんなことはないにゃ、ねぼすけなのはローザ様だにゃー」
「それはどういう意味よ。たかだか二百年くらい寝ていただけじゃないの」
「ふにゃ? もしやローザ様はお気づきではないにゃ?」
「お気づきではないって……」
そこで改めて周りを見て目覚めた時のことを思い出す。衣服の消滅、そして埋まっていた昇降機、更に荒野だったはずの場所が草原になっている事。
「えっと、もしかすると私が寝ていたのは二百年どころではないということかしら?」
「にゃにゃにゃ。ローザ様は実に五億六千七百万飛んで八千二百三十八日お眠りになっておりましたにゃ」
「五億六千七……え? な、なんですってーーーー!」
あまりの驚きに淑女としてはありえないほどの大声で叫んでしまう。さすがの私でも想定外の年数を寝ていたようだった。
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