第2話 ランスとユカリ ②
桶をかついで部屋に戻ると、食べ物の匂いがした。
ユカリが、パンとチーズを切って、木皿の上にのせていた。
「今日は、私が朝ごはんの当番だもんね。明日はあんたね」
「うん」
二人は、日々交代で食事の用意をすることにしていた。
「ちょっとさ、あれ、やってくんない。目玉焼き作るから」
ランスは呼ばれて、台所にむかった。
そして、かまどの中に積まれている薪をひとつつかみ、念じた。
「’レイ’」
手に持った薪から煙が出た。ランスはそれをかまどの中に放り込むと、火が伝搬し、かまどが熱を帯びた。
「ありがとう。便利だよねえ」
「このくらいしかできないとも言えるけどね。魔導士選定は二月に迫ってるっていうのに、受かる気がしないよ」
すかさず、ユカリは手に持っていたフライパンをランスの頭に振り落とした。
「あいたっ」
「頼りないこと言ってんじゃないわよ。気持ちで負けてどうすんの。私たちの、大目標を忘れたの」
「いや、忘れちゃいないけどさ。ただ正直、レベル的に、二浪はかたいよな、って思うから」
「あんたの成長が、かたつむりみたいに、ゆーっくり、ってことは、骨身にしみてるから。時間かかるのはしょうがないわよ。ただね、はなから二浪のつもりでいたら、二浪でも受からないから。私のいとこの大学受験がそうだったんだから。無理かもしれないけど、今年度に受かるつもりで修練なさい」
「わかった、わかったよ」
「わかればよろしい。で、目玉焼きのかたさは?かため?やわらかめ?」
「……やわらかめ」
熱されたフライパンに、卵が二個落とされた。
「はい、卵やわらかめ」
「ありがとう」
ユカリも、ランスの向かいに座り、朝食を食べ始めた。
「とにかく、最短距離で準備していかないと。あんたの場合、レイしか使えないんだから。不得意なものをどんだけ鍛えてもどうしようもない。得意なものに磨きをかけて、それを評価してもらえるかどうかに賭けるしかないわ」
「善処するよ」
ユカリが、ばんと机をたたく。
「善処じゃなくて、全力でやってちょうだい。全身全霊、命を懸けて」
あまりの剣幕に、ランスはパンを喉に詰めそうになる。
「わかった、わかったよ」
「わかったならよし」
ランスは食べ終えると、棚から鞄を取り出し、肩にかけ、玄関に向かった。
「ちょっと、ランス」
背後から、どすのきいたユカリの声が聞こえた。
「学校までは、飛ばずに走っていきなさい。魔法だって、体が資本なんだから。体力だって、選定の基準に入ってる」
「へいへい」
「帰ってきたら、経路の確認と定着の練習、思念と呪文の統合の練習、出力調整の練習、それから――」
まだまだ続きそうなので、ランスはそっと戸を閉めて、家を出た。
すると、同じタイミングで、向かいの家から、メイが「行ってきまーす」と言いながら出てきた。手には、メイの身長と同じくらいの長さのほうきが握られていた。
「あ、ランス。一緒に行く?」
「いや、走って行けってさ。ユカリが」
「あはは。非効率的ぃ。じゃ、先いくね」
メイは、ほうきにまたがり、
「’ラビ’」
と唱えた。すると、軽く足をけり上げただけで、ふわりとメイの体が宙に浮いた。
「’ムブ’」
さらに続いて唱えると、ほうきにまたがったメイは、空に向かって勢いよく飛び立っていった。
ランスは、言われた通りに、走り出した。学校までは、走って二十分ほどかかる。
走ることは好きだった。何も考えず、無心になれるからだ。
空には雲がかかっていた。午後から、雨が降るかもしれない。
走る道すがら、馴染みだった店が閉じられ、人気がなくなっていることに気が付く。
世間は、変化しつつある。考え始めると、きりがない。
だから、明確な目標がある自分は、まだ平静を保ちやすい。
目標、すなわち、ユカリを元の世界に還すことである。
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