銀狼の魔導士

@ryumei

第1話 ランスとユカリ ①

 朝、ランスは、目を覚ました。

 まず、目の前にあるのは、ところどころかびてる天井。

 目をきょろきょろ動かす。そしてそれから、指、手首、肩、足首、膝、の順番で、それぞれが適切に屈曲伸展運動できるのか確かめる。

 そして大きく息を吸い込み、吸い込んだのと二倍の時間をかけて吐き出す。

 生きているのである。

 <あのこと>があって以来、朝目覚めたときに決まって、ランスは自分が生きていることを確認するようになっていた。

 幸いにも、本日は、まだ生きている。

 そして、ふと感じる、視野の違和感。どこか、立体性を失った視野。

 ランスは、右目に眼帯を付けている。<あのこと>の代償で、右の眼を失っているのだ。


 のそりと身を起こして、酩酊しているみたいな足取りで歩き、戸を開ける。

 戸を開けた先の居間のテーブルに、一人の少女が座っている。

 黒くて長い髪の毛を、首の後ろで真っ赤なリボンで結んでいる。今日は、水色のローブを羽織っている。

 少女は、どこか物憂げに、肘をついて、本のページをめくっている。

「おはよう、ユカリ」

 ランスは声をかける。

「おはよう」

 ユカリは応答する。

「今朝も間のぬけた顔ね」

「ありがとう。とりあえずこの間の抜けた顔を洗ってくるよ」

 ランスは戸を開け家を出て、数十メンテ離れた井戸まで歩いて行った。

 ランスは井戸のポンプを、上下させた。痩せ気味のランスには、毎回骨の折れる作業であった。ようやく水が汲み出てきたので、ランスは持ってきた桶を置いた。

 桶に水が溜まると、ランスは身をかがめ、顔を洗った。水があまりに冷たくて、震えた。

「ランス、おはよ」

 声をかけられ、顔を上げると、真っ赤な髪の毛の、ユカリよりも小柄な少女が立っていた。少女も、桶を持っていた。

「おはよう、メイ」

「小汚い顔は、少しはきれいになった?」

「多少はね……。ていうか、君たちひどすぎるぞ。俺の顔について、酷評しすぎだ」

「君たち?ああ、ユカリにもおちょくられてたんだ」

 メイは、可笑しそうに、はは、と笑った。

「目の方は、大丈夫?」

「ん……まあ。少しは慣れたよ。遠近感がわかりづらくて、たまにコップを取り損ねたりするけど」

「眼帯をした独眼の銀髪男……。結構、イカスじゃん。ま、猫背で小汚い顔だけどさ」

「まだそれ言うか」

 そう言ったものの、ランスは、深刻に受け取られるよりも、軽く笑い飛ばされるほうが、気が楽だった。

 メイは、井戸の前に立ち、ポンプを手に持った。

「メイの力じゃ無理だ。手伝うよ」

「心配ご無用」

 メイは、真顔になり、意識を集中した。

「’ラビド’」

 メイが、小さくそうつぶやいた。

 すると、メイは小さく細腕ながら、軽々とポンプを上下し始めた。すぐに、たくさんの水が蛇口から勢いよく飛び出してきた。

「便利なもんだな。羨ましい」

「ありがとう。羨ましがられるのは、嫌いじゃないわ」

「でも、日常生活ではあんまり使わないようにしてる、って言ってなかったっけ?」

「そのつもりだったけどね。そろそろ試験があるじゃない。魔導士選定、がさ。だからそれに向けて、日常でも使っていって、少しでも力をコントロールをするのに慣れようと思って。今だって、全力で使ってたら、井戸をぶっ壊しちゃうから、ほどよいところで抑えるのは、結構集中が必要なんだよ」

「お前は天才なんだから、そんなことしなくても、選定には合格するだろ」

「そりゃそうだけど。あたしは、一番に合格したいの。一番、がこだわり」

「相変わらず、意識が高いな。俺なんかは、受かりゃそれでいい、ってスタンスだけど」

「受かれば軍属候補、さらにふるいにかけられて軍属。その先に何が待っているかって、戦争が起これば駆り出されるだけ。ほんと、くだらない。だからあたしは、一番にこだわるんだ。それをプライドに、ひとつのゲームととらえて。どこまで自分が通用するかという。そういう風にでも考えないと、この世界で生きてくの、つらくない?」

 ランスは何とも言えず、黙っていた。

 メイは水をなみなみと汲んだ桶を手に持った。

「じゃ、ランス、また学校で」

「うん、また」


 

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