普通
私は小さい頃、食に興味が無かった。なぜ食べないといけないんだ、と食事の時間が苦痛でさえあった。はらぺこを経験したことが無かった。好きな飲み物はお茶。好きなお菓子はせんべい。すきなご馳走はイクラかけご飯。あったら食べたいのは味付けのりだった。ジュースは嫌いだった。甘ったるくて結局喉が渇く。いちごショートケーキも嫌いだった。生クリームの食感が気持ち悪い。世のスイーツ女子、スイーツ男子が黙っていないザ・カロリー達を、ことごとく嫌っていた。このまま大人になればかなりの健康体だったのではないか。
ところがどっこい、小学生になると給食のおかわり争奪戦に意気揚々と参戦し、欠席者がいた日の◯◯じゃんけんには幾度か軍配を上げた。いつの間にか好きなお菓子はチョコレートに変わり、あったかいココアは冬の風物詩だった。
そうは言っても、知れた量で、お菓子を食べてしまって夕食を食べられなくなり、母親に文句を言われるぐらいのささやかな食べっぷりだった。
いつかの誕生日に、握り寿司を20貫食べた。握り寿司記録を更新し、とても喜んでいた。それが、お腹いっぱい食べて幸せ、の最後の記憶だ。
どうして、あの頃は食べることを純粋に楽しむことができたのだろう。お腹いっぱいになって眠りにつくなんて、今では考えられない。そんなことしたら、目覚めた頃には一回り大きくなってしまうことだろう。どこに脂肪がついてしまうんだろう。顔か。脚か。怖い。怖い。お腹いっぱいになることの恐怖は、死ぬより怖い。
どうしてみんな、普通に食べられるのだろう。お腹が空いたとハンバーグ定食を食べ、暫くしてカフェラテと共にクッキーやらを口に入れ、夕食もまた、家族団欒。なんでそんなことができるのだ。脂肪をえっさほいさと蓄えているのに、どうして太らないんだ。不思議でたまらない。胃にとどまらせてはならない。食べた物は、数分後には下水に流さなくてはならない───。
こんな考え方しかできなくなってしまった。
ぁあ、普通になりたい。普通に食べて、普通に生きたい。
今日も、悪魔が手招きする。
食べろよ。そのあと、吐けばいいんだから。
嘔吐すれば悪魔は消えていく。よく出来ましたって。
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