第5話 両親

 協会を出てロックと二人で酒屋に向かう。


「ロックさん、飲んだ銘柄を覚えてますか?」


「いや〜…… 昨日の酒は全て父さんが出して来たからなぁ……」


「そうですか……」


 コウスケは返事を聞いて、酒屋でオススメを買おうと決意した。


「毎度! 岩男くん、久しぶりやね〜」


 ちょっと関西なまりの店主は岩男を見るなりそう声をかける。


「おじさん、久しぶり。今日は俺の弟分が初稼ぎで母親にウィスキーを贈るっていうから、オススメをお願いします」


 ロックの言い方に『ん?』 とは思ったが否定はせずに「お願いします」と頭を下げるコウスケ。


「おお、ええやん! ほいで、予算はどれぐらいみてるんや?」


 おじさんの言葉にコウスケは「十五万円までにおさまれば」と答えた。


「おお、奮発しよるなぁ! よっしゃ、ほなオッチャンのとっておきを出したるわ!」


 そう言って店主が奥に入ったタイミングで新たな客が店に入ってきた。ヨロヨロした足取りで入ってきた客は居ない店主に声をかける。


しゅうちゃん、助けてくれ〜。ミユキの機嫌が直るウィスキーを俺に売ってくれ〜」


「父さん!」

「トオルさん!?」


「ん? 遂に俺の目もミユキの怒りの恐怖で可怪しくなったのか? 岩男と光介くんが居るように見えるぞ?」


「いや、実際に目の前にいますから! しっかりして下さい父さん!」


 ロックのツッコミに目をパチパチするトオル。


「おお! どうしたんだ、二人とも?」


「俺がここに居る理由は父さんと一緒ですよ」

「俺は初稼ぎでお世話になってるトオルさんとミユキさんに何かお贈り出来ればと思いまして」


「ウオオーッ、光介くん、有難う! こ、これでミユキの怒りも九割は鎮められる筈だ! となると岩男、後は俺とお前の選ぶウィスキー次第だ! シュウちゃんは何処に行った! アドバイスを貰わないと!」


 二人の言葉に息を吹き返すトオルだった。


「おじさんなら奥にとっておきとやらを取りに行ってます」


「なにーっ!? それはもしや、光介くんの購入するやつか?」


「あっ、はい。そうですトオルさん」


 コウスケが返事した途端に奥から店主が戻ってきた。


「あったでぇ〜。いや〜、大事にとっといてよかったわ。君の心意気に感心したオッチャンのとっておきがコレや! 至高のシングルモルト三本セット! これが二万八千円、こっちが四万二千円、で最後のこれが五万八千円で合計十二万八千円やけど、ここでオッチャンからのサプライズ!! 八千円まけたるわ! 合計十二万円にしたる!! 予算の残り三万円は自分の為に使いぃや!!」


 店主がコウスケへ説明と金額を告げるとトオルが叫んだ!!


「イカーンッ!! そ、そんな高いのを光介くんが贈ったら、俺たち親子の立場が〜…… 違うのにしてくれ! 光介くん!!」


「何や、透ちゃん、来とったんかいな。で、何でこれはアカンのや? 岩男くんの話では母親に贈るって話やったけど?」


「何? そんな話だったのか? それなら益々イカンだろう、響子さんが生きてたら無駄遣いだって怒られるぞ光介くん」


「いや、トオルさん。これはミユキさんにですよ。いくら俺でも母の墓石にこんな高級な物は供えませんよ」


「ん? なんや、響子ちゃんって、ひょっとして兄ちゃんは慎也ちゃんと響子ちゃんの息子くんかいな? ほなそう早う言うてくれたら良かったのに。ほんで、美幸ちゃんに初稼ぎでプレゼントを贈るっちゅうわけやな。ほならやっぱりコレや! コレはまだ美幸ちゃんが飲んだ事がないからな!」


 店主シュウちゃんこと修一の言葉に益々顔をしかめるトオル。 

 一方でコウスケは店主が自分の両親の事を知っているのを不思議に思った。


「俺の両親を知ってるんですか?」


「そりゃ知ってるで。ビール好きの夫婦やったからな。しょっちゅう買いに来てくれてたんや」


 家にいつもビールがあったのは知ってたが、何処で購入しているのかは知らなかったコウスケ。


「そうだったんですね。両親が存命中はお世話になりました」


 そう言って頭を下げるコウスケにシュウちゃんは言う。


「なんや、あの二人の子供やって信じられへんぐらい真面目やな。いやいや、いつもうてもろてたんはこっちやから、お礼を言うのはオッチャンの方やで。その節はおおきにな」


 お金を払い店を出たコウスケ。ロックとトオルはお互いに相談して買うウィスキーを決めるとのことだった。『一緒にいた方がミユキさんの怒りも和らぐと思うけどな』とは思ったが先に戻りミユキにウィスキーを渡すコウスケ。


「まあ!? まあ!? まあ!? 光介くんったら、そんな!! 私の為に、ホントに!? もう美咲の旦那様に決定だから今日から美咲は光介くんの家で生活させるわね!! あ、避妊はちゃんとしてあげてねっ!!」


 とんでもない事を言い出したミユキを慌てて止めるコウスケ。


「ミユキさん、落ち着いて下さい! いくら何でもそんな事はダメですよ! ミサキの気持ちも考えてやって下さい!」


「何言ってるの、光介くん! 美咲ならば光介くんとなら組んず解れつしたいっていつも部屋で悶々としてるから大丈夫よっ!!」


 ミユキの大声は玄関を通り越えて外にまで響いていた。そこに居たのは……


「ちょっと、お母さんっ!!! 大声で何を言っちゃってくれてんのっ!!!」


 ちょうど学校から帰ってきたミサキであった。ミサキを見ると顔面は真っ赤で見る人が見れば分かるのだが、心底から怒っているようにしか見えない。

 その様子を見たコウスケは慌ててミサキに言った。


「おかえり、ミサキ。まあ、ミユキさんも俺に対して冗談を言っただけなんだからそんなに怒るな」


 しかし、その言葉にミサキは傷ついた様子になり……


「あ〜、うん。コウちゃん、分かってるの……」


 と言って自分の部屋へと入って行った。「俺、何か間違えましたか?」とミユキに聞くコウスケ。


「う〜ん…… せめて慎也さんぐらいのチャラさがあれば良かったんだけど…… まあ、光介くんだから仕方ないわよね。でも、私がさっき言った事は本音よ光介くん。美咲の事を任せられるのは光介くんしか居ないと思っているわ。だから前向きに考えてね。あ、それと、渡しそびれてたけど響子さんからの手紙がもう一通あったの。コレよ。落ち着いて読んでね」


 ミユキから封書を手渡されたコウスケは、「分かりました、今から家で読んでみます」と言って、その場を後にした。


 その後、戻ってきたトオルとロックがどうなったのかは…… 次回に語ろう。


 家に戻ったコウスケは自室に行き、そして封書を開いた。そこには、先の封書と違い母の字でビッシリと書き込まれた手紙があった。


【光介へ。あなたがコレを読んでいるという事は美幸さんから美咲ちゃんの事を頼まれたという事ね。ならば私からあなたに言うことは一つだけよ。男なら覚悟を持って接しなさいという事。何も必ずあなたが美咲ちゃんを幸せにしなさいと言っているのではないのよ。あなたの気持ちも私には大切だから。あなたが美咲ちゃんを妹としてしか見れないのならば、その事をハッキリと美咲ちゃんに告げて兄としての立場で美咲ちゃんの幸せを考えなさいと言っているの。でも、もしもあなたも憎からず美咲ちゃんを異性として好ましいと思っているならば、あなたの持てる力を全て使って美咲ちゃんを幸せにするのよ。あなたの父親である慎也が私にそうしてくれたように。あなたは、私たち二人の愛の結晶。だから、あなたならば私の言ってる事を必ず分かってくれると思っているわ。本当なら面と向かってあなたにこう言ってあげたかったけれども、それはもう叶わない…… でも、忘れないで光介。私も慎也もあなたを愛しているという事を。そして、あなたの幸せを願っているという事を。どうか、あなた自身が望む道を進んでちょうだい。あなたの成長を見守れなかった不甲斐ない両親からの心からの願いよ、どうかお願いね…… 愛しい、愛しい我が子へ】


 手紙を読み終えたコウスケの目からは涙が溢れた。


「お袋…… 有難う……」


 そして二通目を読む。


【光介、でも避妊はちゃんとしなさいよ!! 美咲ちゃんの望まぬ妊娠は母は許しませんからねっ!! 

光介よ、父からの伝言だ。避妊なんてものはしなくて良いんだぞ。愛しあう二人の間に愛の結晶が産まれるのは自然な事なんだからな! 思えば母さんが俺に避妊具を付けろと言った事は(ここで「前にも言ったろうが、止めろ!! 両親の生々しい話は聞きたくない!」というツッコミを期待してるぞ)まあ、何にせよお前が美咲ちゃんを好きならばちゃんと幸せにしてやれ! お前なら出来る! 俺の子なんだからなっ!!(ここで「そこは母さんの子だろっ!!」っていうツッコミを期待してるぞ)】

  

 読み終えたコウスケは感謝の気持ちを返してくれと両親を呪った。しかし、その手紙がコウスケの気持ちを後押ししたのも事実だ。


 自室の窓を開けて向かいの隣家の窓に向かって叫ぶコウスケ。


「ミサキ! 居るか? 居たら窓を開けて顔を見せてくれっ!!」 


 コウスケの言葉に反応して閉め切られていたカーテンが開かれ、窓も開いた。


「コ、コウちゃん、どうしたの?」


 突然のコウスケの大声に驚きながらもミサキは素直に顔を出した。


「ミサキ…… 外れと言われた闇属性を授かってしまった俺だけど…… 必ずミサキをまもると約束するし、幸せに笑って暮らせるようにしてみせると誓う!! だから…… 高校を卒業したなら、探索者としてのパートナーは勿論、人生のパートナーにもなってくれっ!! 俺はミサキとなら笑って生きていける!!」


 ミサキの顔を見たコウスケは思いの丈をぶつけた。

 そのコウスケの宣言はミユキにも聞こえていて……


「ああ、有難う、光介くん。これで私たちも安心だわ…… ねぇ、貴方、岩男……」


 半死状態のトオルとロックにそう言っていたとか……

 コウスケの言わばプロポーズを受けたミサキはと言うと……


「えっ!? えっと、あの! コウちゃん、私で良いの? 本当に、だって私、小さい頃からコウちゃんに迷惑かけてばかりで……」


 戸惑いながらも顔は嬉しそうで……


「俺はミサキが良い!! いや、ミサキしか居ないんだ!! この先、死ぬまで共に過ごせると思えるのは、お前だけだっ!!」

 

 ミサキの言葉にコウスケがそう返事をするとミサキは窓から身を乗り出して、コウスケに抱きついた。(隣家との距離は五十センチである)


「うん、うん、私もコウちゃんが良い!! コウちゃん、不束者ですが今日からよろしくお願いします。でも、避妊はしてね。高校は卒業したいし、コウちゃんと一緒に探索したいから!!」


 その言葉に『ミユキさんの言葉って嘘じゃ無かったのか』と内心で思うコウスケなのであった……

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