第3話 木刀
ダンジョンからコウスケを連れ出したロックは近くの個室のある飲食店に向かった。強引にコウスケをそこまで引っ張ってきたロックは中に入る。
「ちょ、ちょっとロックさん、どうしたんですか?」
個室に連れ込まれたコウスケは慌ててロックに確認する。
「どうしたもこうしたもあるか、光介。お前、その木刀がどれだけヤバいか分かってるのか?」
言われても何のことか分からないコウスケは
「いや、何かヤバい事がありましたか?」
そう返事を返すのみだ。
「はあ〜…… 無自覚か。お前、養成高校でも
「まさか!? さっきも言いましたけど、これは卒業してから使うつもりで木工屋のシゲさんに頼んで樫の丸太を二年十ヶ月かけて圧縮水抜きをしてもらって、二ヶ月かけて俺が自分で削り出した木刀ですよ。高校の時の実習では学校の備品である短刀を借りてました」
コウスケの言葉に安堵のため息を吐いたロック。
「はあ〜、それなら良いんだ。そう言えばさっき、初お披露目って言ってたな。いいか今から俺が言うことをよく聞けよ、光介。その木刀、俺以外の上位ランカーの前で絶対に使うなよ!」
「へっ? な、何でですか?」
ロックの言ってる事が何故なのか全く分からないコウスケは驚きながらも素直にロックがそう言う理由を聞いてみる。
「上位ランカーと言っても俺を含めた五人のダブルは除外しても良い。けどな、残り四十五人の前ではお前が上位ランカーになるまでは見せるな。じゃないと絶対に奪われるからな!」
コウスケは奪われるのは嫌だけど、こんな手作りの木刀を奪う上位ランカーなんていないのでは? と思い素直にロックにそう聞いた。
「いや、奪うって!? この木刀は素人の俺が作ったんですよ。上位ランカーの人たちはオーダーメイドでもっと凄い武器を使ってるでしょう? そんな人たちがこの木刀を奪うなんて事は無いと思いますけど……」
「まだ分からないのか? 光介、お前その木刀を振る時に魔力を乗せてるだろ!」
確認というより確信してるようなロックの口ぶりに素直に頷き答えるコウスケ。
「はい。まあ今の形に削り出す時に余りに固くて普通のナイフじゃ削れなかったから、ナイフに魔力をまとわせて削り出して、そのついでに圧縮されて固いだけだと直ぐに折れる可能性があったので、ナイフにまとわせた魔力の余剰分を木刀に込めました。それによって簡単に折れたりしない柔軟性も持たせたつもりです。なので俺の魔力と相性が良いから、木刀ではあるけれど叩くのではなく、切ると意識した時には魔力を乗せるようにしてますけど……」
「ちょっと木刀を俺に貸してみろ、光介」
ロックに言われて木刀を渡すコウスケ。ロックは部屋の隅に置いてある植木鉢の受け皿を外して立てかけて、ソレに目掛けて木刀を振った。魔力を乗せたようだ。立てかけられた受け皿は真ん中でキレイな切り口を見せて二つになった。
「おお! 俺以外でも出来るんですね! あっ!?
それで見せるなって事なんですか?」
「違うっ!! まあソレもあるが、俺の属性は水と地だろ光介。それなのに、今のを見て何も気づかないのか?」
ロックの言葉に真剣に考えるコウスケ。
「あっ!? さっきの魔力…… 水でも地でも無かった……」
「やっと気がついたか……」
ロックの言葉にコクリと頷くコウスケ。
気がついたのは養成高校で学んだ【属性について】を思い出したからだった。
例えばロックは水属性と地属性のダブルだが、合わせ技以外ではどちらかを選択して利用する。
魔力を使えば水ならば水、地なら地の特性が必ず出るのだ。それは他の属性でも同じで、火属性の者が魔力を利用すれば火の特性が必ず出る。
しかし、さっきコウスケの木刀を振った時に、ロックは水属性を選択して振ったにも関わらず、ただの魔力として木刀にまとわせる事が出来たのだ。
それにより、普段属性の性質を持つ魔力を使用するよりもあくまでロックの感覚でだが、消費する魔力が半分以下に抑えられていた。それに新たに気付いたロックは益々この木刀はヤバいと考えていた。
そして使ってみて分かった事は、各属性持ちは魔力を使えば必ずその特性が出てしまうというこれまでの定説が覆された瞬間でもあった。
「あの、これ、マズイですよね?」
「ああ、上位ランカーたちに知られたらかなりマズイな。だから初級ダンジョンでは使用しても良いが中級ダンジョンからは違う武器を用意して使うようにしろ。それで光介自身がランクを上げて上位ランカーになれ。それ以外にこの木刀を大っぴらに使う方法は無いぞ。中級ダンジョンには請われて
ロックの言葉にコウスケは頷いた。
「分かりました、そうします。でもいきなり中級ダンジョンでそれまで使ってなかった武器を使用するのも怖いので、初級ダンジョンではこの木刀も使用しますが、中級ダンジョンで使用する予定の武器も使用して地力を上げたいと思います」
「ああ、それもそうだな。そうするのが良いだろう。俺が暇な時は今回のように一緒に初級ダンジョンに来るようにするからな光介。万が一バレても俺が一緒ならば誤魔化しようがあるからな」
「ロックさん、有難うございます……」
「気にするな、お前は俺にとっては弟だ。だから昔みたいに兄さんと呼んでくれても良いぞ」
ニカッと笑うロックにコウスケは、
「いや、闇属性の低位ランカーの俺がロックさんを兄さんなんて呼んでたら、変な奴に絡まれるだろうから、せめて中位ランカーになるまでは止めておきますよ」
そう言ってロックに頭を下げたのだった。
それからコーヒーを飲み終えて、切ってしまった受け皿を弁償してから二人は初級ダンジョンの機関車公園へと戻った。
「今日は取り敢えずその木刀を使え。素材も忘れずに回収するんだぞ」
「はい、ロックさん!」
地上部で六匹のジェリーを切り、四枚のジェリーの皮を手に入れ、地下一階へと進むコウスケ。
地下一階でも出てくるのはジェリーだ。難なく切って先を進むコウスケ。
「地下二階からは小鬼も出てくるぞ、慎重に進め」
ロックの注意に頷いてより慎重に索敵を行うコウスケ。曲がり角の陰に小鬼が待ち伏せしているのに気付いた。
そこでコウスケは木刀を横殴りに振る。
「飛燕!」
そう言って振った木刀の切っ先から魔力が飛んでいき、曲がり角でツバメが飛ぶように曲がり、待ち伏せしていた小鬼を切った。
切られた小鬼は驚き怒り、陰から飛び出してコウスケに向かって走ってくる。どうやら利き手じゃない方の肩口を浅く切っただけのようだ。
「グギャッ!!」
手に持つ棍棒を振りかぶりコウスケに向かってジャンプしながら振り下ろす小鬼だが、その棍棒は空を叩く。
小鬼の左前側に踏み込んで棍棒を躱したコウスケは着地寸前の小鬼の角を目掛けて木刀を振る。狙い違わずに小鬼の角はコウスケの木刀によって切り飛ばされた。それにより小鬼の体は消える。
「良し!」
とガッツポーズをとるコウスケにロックからツッコミが入った。
「良し!! っじゃなーいっ!! 今のは何だ、光介!?」
端正な顔が驚愕で歪んだ状態だがそんな事は気にせずにロックは叫ぶ。
「何で魔力を飛ばして、更に曲げたり出来るんだ? 普通はそんな事は誰にも出来ないぞ!?」
言われてもコウスケは出来るからしょうがない。
「えっと…… 魔力制御の賜物?」
コウスケ自身も何故なのかは分からないから半信半疑で答えた。
「んな訳あるかーっ!! ハアッハアッ」
「いや、ロックさん。落ち着いて下さい。俺としても分からないのでそうとしか答えようがないんです。何となく出来るかなぁと思ってやったら出来たって感じなので……」
コウスケの言葉にロックは深く考え込んだ。しかし十分後には
「あ〜、まあ、ここでいくら考えても答えは出ないだろうし、先に進むか……」
という、考える必要無かったんではないかという言葉を口にして、コウスケに先に進むように言った。
小鬼のドロップ品は切り飛ばした角と棍棒である。角は薬の材料になるらしく、一本千円で買い取って貰える。ジェリーの皮が一枚二百円だから五倍である。棍棒は一本十円だ……
棍棒は加工して家庭用包丁の柄として再利用される。
地下二階でそれから三匹の小鬼を倒し、地下三階へと進んだコウスケ。
「ここからは小鬼も二〜三匹で出てくるからな。気をつけろよ」
ロックの言葉にコウスケは頷き、
「ロックさん、取り敢えず危なくなったら助けて下さいね」
と笑って言った。
「抜かせ、光介。ここには実習で来てるんだからまだ余裕があるだろうが」
そんなコウスケにロックも笑って答えた。
「ここで危険なのは地下五階のボス、大鬼だけだ。実習の時はパーティーを組んで三人で相対しただろうが、ソロの低位ランカーだと厳しいぞ」
「はい、注意します。勿論、この階でも油断はしないようにしますよ」
コウスケはその言葉通りに油断も隙も見せずに地下五階までたどり着いたのだった。
ここまでに得たドロップ品はジェリーの皮が八枚✕二百円で千六百円、小鬼の棍棒が十二本✕十円で百二十円、小鬼の角が十四本✕千円で一万四千円。合計一万五千七百二十円だ。(小鬼の中には素手の者もいる)
ここでボスである大鬼を倒して、ドロップ品の大鬼の斧(三千円)と大鬼の角(三千五百円)を手に入れれば、二万円を超す。
探索者として生きて行くために、低位ランカーの間の一日の稼ぎ額の目標を一万八千円にしてるコウスケとしては何としてもボスを倒したいところだ。
「良し、準備はいいか光介?」
「はい! 行きます! ロックさん」
コウスケの初探索が成功するかどうかが、今まさに試されようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます