第7話:新たな未来へ
しばらくの間、互いの存在を確かめるように見つめ合っていたふたりだったが、健二がゆっくりと口を開いた。
「おかえり、遥。長い旅だったね」
「ただいま、健二。……こうしてまたここに戻って来られて、なんだか不思議な気持ち」
遥の声には、旅の終わりと新しい始まりを感じさせる穏やかさがあった。
健二は、その声に少しの緊張を和らげられながら、彼女を家の中へ招き入れた。リビングの窓からは、田舎の静かな夕暮れが差し込み、部屋を柔らかく照らしていた。
二人はしばらく無言で座っていたが、健二が先に手紙を取り出し、遥に手渡した。
「これ、君が戻ってくる前に書いたんだ。直接伝えたかったこともあるけど、手紙にすると自分の気持ちを素直に整理できる気がして」
遥は健二の言葉に小さく頷き、丁寧に封を開けた。手紙に綴られた健二の思いを読み進めるうちに、彼の過ごしてきた日々や成長がひしひしと伝わってきた。そして、健二が彼女の旅を理解し、自らも変わろうとしていたことが、遙の心に静かな感動を呼び起こした。
「ありがとう、健二。あなたがここで過ごしてきた時間が、どれだけ大切なものだったのか、伝わってくるわ。私も旅の中で、自分を見つめ直すことができた。そして、もう一度あなたと向き合いたいと思ったの」
健二は遥の言葉に深く頷いた。二人はこれまでの生活の中で見過ごしてきたものを、今、再び新たな気持ちで拾い集めるように、静かに語り合った。
「僕たち、変わったんだね。お互いが少しずつでも、自分らしくいられる場所を見つけたから、こうしてもう一度、ちゃんと話せる気がする」
遥もまた、温かな微笑みを浮かべて答えた。
「ええ。これからも、それぞれの歩幅で一緒に進んでいけたらいいわね」
田舎の夕焼けに包まれた静かな家の中で、ふたりの心は再び穏やかに重なり合い、過去の痛みも未来への不安も、今はただ新しい希望に変わっていた。
二人の間には、言葉にしなくても伝わる温かな気持ちが満ちていた。今まで一緒に過ごしてきた日々や、それぞれが歩んできた別々の時間が、すべてこの瞬間に溶け合うようだった。
「健二、私、この田舎での生活がどれだけあなたを変えてくれたのか、感じるわ。なんだか穏やかで、堂々としてる」
遥のその言葉に、健二は照れくさそうに笑った。
「僕もそう思うよ。君がいなかった間、この土地に教えてもらったことは本当にたくさんある。土を耕すこと、野菜を育てること、それが人をどれだけ強く、優しくしてくれるかを学んだんだ」
遥はその言葉をかみしめ、静かに頷いた。自分もまた旅を通して新たな自分を発見し、いくつもの出会いや出来事を通して成長してきた。今はそれをすべて抱きしめ、また健二と一緒に進んでいける自信があった。
「これから、どうする?どんな生活を一緒に描いていきたい?」
健二の問いに、遥は少し考えてから答えた。
「お互いに、自分を大切にしながら一緒にいることかな。あなたがこの場所で見つけたものを大事にしてほしいし、私も自分の好きなことを続けていきたい。だから、無理に同じ方向を向くんじゃなくて、それぞれの歩幅で、でも寄り添っていけたらって思うの」
健二はその答えに深く頷き、しっかりと遥の手を握った。
「うん、それがいいね。僕たちは別々の道を歩みながらも、こうしてまた交わることができた。これからもそんな関係でいよう」
外は夕暮れが夜に移り変わるころだった。窓の外には満天の星が広がり、穏やかな田舎の夜が二人を静かに包み込んでいた。
星の光が、暗闇の中でひときわ美しく輝いていた。健二と遥は、縁側に並んで座り、しばらくその景色に見入っていた。言葉を交わさなくても、お互いの心が穏やかに満たされていくのを感じていた。
「こんな静かな夜、都会では見られなかったわね」
遥がぽつりとつぶやくと、健二は静かに頷いた。
「ここに来て初めて、夜がこんなにも美しいものだって気づいたよ。日々の喧騒がないぶん、ただの夜でも贅沢に感じられるんだ」
遥は微笑み、健二の肩に寄り添った。お互いに離れて過ごした時間が、この静かな夜をより特別なものに感じさせてくれていた。
「これからも、この景色を一緒に見ていけるといいわね」
健二はそっと腕を遥の肩に回し、力強く頷いた。
「そうだね。何があっても、こうしてまた一緒にいられるのが一番大切だって気づいたから」
その言葉に、遥も深く頷いた。自分たちが選んだ別々の旅路があったからこそ、この穏やかで尊いひとときが実現できたのだと、二人とも感じていた。互いにそれぞれの時間を大切にしながらも、また同じ景色を共有できる――そんな未来が、確かに目の前に広がっていた。
その夜、二人は肩を寄せ合いながら、満天の星空をいつまでも見上げていた。
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