第4話
▶第一話
■夢の世界
◇時系列:原点(次の場面転換点)より未来
ヨウと旭夜姿の朔夜の二人が剣戟を交える。
朔夜は怒りに満ちた厳しい顔。
ヨウはニコニコ楽しそうな顔。
ヨウ「たのしいね、サクヤ」
朔夜「俺はぜんっぜん楽しくないッ! 遊んでないでとっとと夢から目を覚ませよ、兄貴!」
一度距離を取る二人。
ぷくりと頬を膨らませて不満そうに喋るヨウ。
ヨウ「違うよ、サクヤ? ぼくはヨウ」
朔夜は歯ぎしりをする。
ヨウ「サクヤのお兄さんの名前をもらったけど、お兄さんじゃないんだよ?」
ヨウが首を傾げて子どもの様に夢を強請り、口を開けて八重歯を見せて笑う。
ヨウ「だけどサクヤの夢を食べさせてくれたら、ぼくはお兄さんに近づけるかもしれないよ。だから、ね? サクヤの夢をぼくにちょうだい?」
朔夜は自身の胸に左手を当て、握り締めた。
朔夜「っ! 兄貴との夢は……想い出は……もうここにしかない……!」
朔夜はヨウに立ち向かう。
朔夜「だから、残された記憶を、夢を……! 絶対に奪わせるものか‼」
~場面転換~
■夢の世界:陽太視点・陽太の夢
◇時系列:原点。指定のない限り、ここを軸に未来へ進む。
ピクニックに相応しい穏やかな原っぱの風景。
しかし虫食いにあったように穴だらけで色褪せ、不気味さがある。
夢を喰らう化け物に食い荒らされた、陽太の夢の世界の光景。
〈夢を喰らう魔物がいる〉
〈人と変わらぬ姿形だが夢の中にのみ生きる彼らは、人の夢に現れては腹を満たすために夢を喰らう〉
陽太は、ほふく前進をするように上半身を動かし、下半身を引きずって必死な様子で逃げている。
吸血鬼に噛まれたような跡を両耳に付け、耳穴から流れる血を過ぎ去った地面に点々と残している。
陽太「誰か……助けて……!」
陽太が、か細い声で切なげに助けを求める。
ハツゾメが、そのあとを獲物を弄ぶようにゆっくりと追いかける。
ハツゾメが愉しそうに陽太に語り掛ける。
ハツゾメ「ふふ、もう助けを呼ぶ人間の名も忘れてしまったかな?」
ハツゾメは口の端から零した血を拭う。
血はハツゾメが陽太の耳を噛んで流れ出たもの。
ハツゾメ「まだ少し、お前にとっての大事な夢は残っているはずだ。思い出してごらん? ……でないと私は、お前の夢をすべて喰らってしまうよ?」
陽太「っ!」
ハツゾメ「ほうら?」
ハツゾメの足元から糸が一本伸びる。
陽太の頬を威嚇するように掠めた。
陽太「ひっ!」
焦りで顔を青ざめる陽太。
再び助けを呼ぼうとするが、声を詰まらせる。
陽太「たっ、助けて……!」
やっとのことで喉から言葉を出したように陽太が助けを呼んだ。
陽太「……っ! 朔夜……! 助けて!」
陽太が叫んだ瞬間、陽太の目の前が光り輝く。
光が収まると、朔夜が現れた。
この朔夜は、陽太の記憶から形成された夢の中の想像物。
朔夜「兄貴ッ!」
陽太「朔夜……!」
夢の中の朔夜は陽太が想像した通りに動く。
陽太を救うために強く右手を差し出す朔夜。
陽太も弱弱しくも右手を伸ばそうとする。
しかし陽太自身の手にこびり付く血に気付き短い悲鳴を上げた。
陽太「血が……!」
朔夜「良いから! 早く!」
朔夜が迷わずに陽太の手を掴む。
朔夜「逃げるぞ、兄貴!」
陽太の腕を引いて起き上がらせようとした朔夜。
陽太は立ち上がれず悲しそうに頭を振る。
陽太「で、でも……ぼくは足が……。歩けないよ……」
朔夜「それなら!」
朔夜は力ずくで陽太を起き上がらせた。
朔夜「俺が兄貴を背負うまでだ!」
朔夜は陽太を軽々と背負う。
ハツゾメから逃げ出した二人は、穴だらけの風景から真っ白な空間に移動する。
走り続ける朔夜。
陽太「朔夜……」
朔夜は進行方向を真っ直ぐに向いて真剣なまなざしで陽太に語り掛ける。
朔夜「なあ兄貴。困ったらいくらだって俺を呼んでくれよ! 兄貴だって俺のこと助けてくれるじゃないか。それと同じだろう」
背負われたまま陰鬱そうに語る陽太。
陽太「でもぼくは、足手まといだよ……。ぼくはもう、朔夜の力になってあげられないんだ……。だから朔夜だって、ぼくのことなんか……」
朔夜の眉間に皺が寄る。
力強く語る朔夜。
朔夜「そんなの関係ない! 兄貴が動けなくなったって、俺にとっての兄貴は兄貴なんだから! 俺は絶対に兄貴を見捨てたりしない!」
朔夜の言葉に目を見開く陽太。
陽太は朔夜の肩に顔をうずめて、呟くように謝った。
陽太「……ありがとう、朔夜」
陽太はどこかしら朔夜のことを忘れかけている。切なげにつぶやいた。
陽太「それに、ごめんね……。ぼくは……どうして、こんな……」
〈夢は記憶と直結している。だからこそ、夢を喰われた人間は、奪われた分の想い出を失ってしまう〉
〈失う毎に、夢の中の景色は色褪せ、現実の記憶までも覚束なくなり……。
やがて……〉
遠ざかっていく兄弟を見送るハツゾメが愉快そうに呟く。
ハツゾメ「まだ心の拠り所が残っていたようだな。それがお前の大切な記憶だと言うのなら好都合さ。ご馳走を頂くのは最後にしよう」
ハツゾメも穴だらけの夢の世界から、紙吹雪に姿を変えて、姿を消した。
〈朧気な彼らの存在を、現実にて留める者は数少ない〉
〈夢の中での出来事をどうにか留めることが出来た者は、夢に餓えた魔物をこう呼ぶ〉
〈
~場面転換~
■現実の世界:朔夜視点・病院の廊下
陽太は夢の世界での出来事を覚えていない。
交通事故に会った兄の見舞いに向かった朔夜。
病室から突き放したように酷く冷たい女の声が漏れる。
陽太の彼女「陽太。私たち、別れましょう」
病室に入る前に中から聞こえてきた非情な一言に、朔夜が足を止める。
陽太は穏やかで、けれど力をなくしたように弱々しい声色で返事をする。
陽太「……そう、だね」
陽太「……きっとその方が、きみのためになる」
室外からこっそり聞き耳を立てていた朔夜は、彼女の言葉に怒りを覚えた。
朔夜(なんだあいつ! 兄貴が動けなくなったからって言って別れるのか⁉ 支えるわけでもなく⁉)
朔夜〈俺、
ブレーキもかけずに歩道に乗り上げた車に引かれそうになる子どもを助け、重傷を負ってしまったからだ。
生死の狭間にいた兄は何とか一命を取り留めたが、下半身が動かなくなり入院。今はベッド上での生活を強いられている。〉
部屋から出て来た彼女に遭遇しないよう、朔夜は物陰に隠れて遠ざかっていく彼女を睨みつける。
朔夜(兄貴はいつも自分のことを後回しにする! じゃあ兄のためになることは、誰が考えてくれるんだよ!)
朔夜は手にしていたレジ袋の持ち手をぐしゃりと音を立てて握った。
朔夜(これ以上落ち込んだ兄貴を見ていられない……。俺が……もっとしっかりと兄貴を支えないと……!)
■朔夜の回想:診察室
◇時系列:原点より過去・事故後
陽太が医者からリハビリを提案された時の様子。
ベッドの上に横になって、医師の顔をぼんやりと見つめる陽太。
その脇に椅子を置いて話しかける医師。
朔夜はベッドの反対側にいて、陽太の後姿を心配そうに見守る。
医師「手術をすれば歩けるようになりますよ。そのためにリハビリをしましょう」
医師の言葉に力なく頷く陽太。
陽太「……」
消えてしまいそうな雰囲気の陽太の肩に、朔夜が手を伸ばす。
しかし、肩に触れる直前、手を下ろした。
慰め方が分からず、朔夜は悔しそうに顔を顰める。
朔夜「兄貴……」
(第一話・終了)
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