4. 純白の着物
儀式当日の早朝。
次期当主の日葵自ら、夢璃の衣装を持ってあばら家までやって来た。
「これがお姉様の衣装よ」
「え……これ、は……」
しかし夢璃は、日葵が手渡そうとした衣装を見て、言葉を詰まらせ、伸ばしかけた手を止めてしまう。
「清廉で素敵でしょう?」
遠目から見れば、無垢な色の簡素な着物だ。
それがもし白無垢ならば、嫁に出されるのだと思えるだけ、まだ幾分か救いがあっただろう。
しかし、妹の手から蔑みの眼差しと共に強引に押し付けられた衣装は……。
『死装束じゃないか!? 冗談にしても酷すぎるよ!!』
「見て。裾には花園家の花が描かれているの。ようやく花園家の一員として認められたのよ、お姉様は」
日葵が裾をめくって見せた通り、白装束には大輪の椿がほぼ白に近い糸によって刺繍されている。
果たして、目を凝らさない限り認識できない花は、一族に認められたと言って良いのだろうか。
お前は一族に名を遺すことなく死ぬべきだと、しかしせめて一族のために役に立ってから散れと、白装束に描かれた刺繍が物語っているようにも感じられる。
(これまでなんのために生かされていたんだろう……)
悪意がたっぷりと込められた日葵の微笑みに、夢璃は何かの間違いによって死装束が用意されたのであってほしいと願い、問いかけた。
「死装束のように、見えるのですが……」
「そうよ。お姉様は花園家の悲願のために霊力を捧げるのよ。幸い、お姉様は霊力量だけは豊富だもの」
「た、ただ立っているだけで良いと仰っていたのは……?」
「そうよ。ただ立っていれば良いの。お姉様が死ぬその瞬間に、術は完成するんだもの」
「……!!」
『本当に夢璃を殺す気!?』
(両親だけでなく、日葵にすら、家族だとも思われていなかったんだ……)
先日、日葵が訪れた当初から……いや、恐らくもう随分と前から、一家は夢璃を犠牲にするつもりだったのだと、彼女は悟ってしまう。
「わ、私……は……」
「早くしなさいよ。次期当主の私に歯向かう気?」
『そんなもの、着る必要なんかないよ!!』
(でも、断ったらどんな目に合うか……)
「なんのために、花園家がごく潰しのお姉様を育ててきたと思っているの?」
白装束を手にしたまま呆然としている夢璃の白髪を掴むと、日葵は憎しみを込めるように勢いよく引っ張った。
「っう……」
「術師として何の価値もないどころか、花園家に生まれた者とは思えないこの忌々しい容姿! 一族の恥だわ!!」
『夢璃!? やめろ! 夢璃をいじめるな!!』
すぐに日葵の手から開放されたかと思うと、畳の上に放り出されてしまう。
「役立たずのお姉様を花園家が育てていたのは、すべてこの日のためなのよ! 少しでも役に立ちなさいよ!」
支えるものを失ったように、夢璃はゆらりと起き上がる。
「……」
『逃げよう! 夢璃!』
(逃げたい……)
『血が繋がっているくせに、夢璃を家族と思わない奴らの家にいる意味も、こいつらのために犠牲になる必要も、夢璃にはないんだよ!』
(分かってる。でも……)
司の言う通りにしたい。夢璃はそう思いながらも、俯きながら日葵に答えた。
「着替えます……」
『……!? ど、どうして!?』
「そう、安心したわ」
『嫌だ、夢璃!!』
「司……」
(ごめんね。こんな残酷な世界で生きていくのが、辛くなってしまったの……。どうせ逃げようとしたって、逃げられないって分かってるから……)
『ずっと一緒にいてくれるって……ぼくを生きる理由にしてくれるって、言ってくれたじゃないか! なのに死ぬつもりなの!?』
夢璃の心の声は司には届かない。それでもなんとか夢璃の心を動かそうと、司は叫び続ける。
「儀式の前に、司……金魚とお話する時間を頂けますか?」
「……良いわよ」
『行かないで、夢璃!!』
夢璃は後ろ髪を引かれるような思いで金魚鉢を振り返りながらも、部屋を後にした。
彼女がいなくなると室内に残されたのは、司と日葵のひとりと一匹だけ。
「さあて……と。お姉様が戻ってくる前に、もうひとつの贈り物の準備をしないと、ね」
日葵が金魚鉢に向かって手を伸ばす。
『……!? 何するつもりだよ!? ま、まさか!?』
頭上を覆う影が大きくなるにつれ、自らの身に危険が迫っていることを、司は自覚した。
しかし、霊力を持つだけのあやかしのひよことも言える司は、金魚鉢から逃げ出すすべを持たない。
『夢璃を守れるなら、ぼくはどうなったって構わない。だけど守ることもできずに、こんなやつにやられるなんて……!』
「お姉様、どんな顔をしてくれるかしら」
『ぼくに力があれば、夢璃を助けてあげられたのに……!』
日葵が手を振り上げた直後、バシャッと言う勢いよく水が飛び散る音と、丸みを帯びた重い物体が畳をゴロゴロと転がる音が辺りに響く。
金魚鉢から水と共に流されてしまった赤金色の鱗を持つ金魚が、畳の上に飛び散った水の上で苦しそうに跳ね続け……そして……。
『逃げ……て、夢璃……』
司は動かなくなるその直前まで、夢璃の身を案じ続けた。
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