3. 縁日での出会い
夢璃と司が出会ったのは、彼女がまだ六歳の頃だ。
術師の能力覚醒の平均年齢である十二歳よりも前の出来事で、その頃は成人を前にした今よりも生活は幾分かマシだった。
真夏の学校帰りに縁日のポスターを目撃した夢璃は、家族だけでなく乳母にも内緒で夜に家を抜け出した。
どうせ両親は夢璃のことを気にかけてなどいない。だから少しばかりいなくなっても気付かないだろう。そう思いながら、彼女は近所の神社で行われている縁日に潜り込む。
「わあ! ひともあやかしも、いっぱいいる!」
暗くなった神社には沢山の提灯が灯っており、屋台の店員や客も、国内外の人間に留まらず、様々なあやかしたちで賑わっていた。
あやかしを嫌悪する花園家に暮らしながらも、その容姿ゆえに一族の思考に染まらずにいる夢璃は、ワクワクとした心持ちで縁日を楽しもうとする。
小学生低学年の少女がひとりで夜にうろついることもあり、時折迷子を見るような目で見られていたが、きょろきょろとあたりを見回す彼女は気にする様子もない。
「お嬢ちゃん! 金魚すくいやってかない?」
金魚すくいの前を通りがかった夢璃に店員が声をかけた。店員をよく見ると、二つに分かれた尻尾を揺らして、頭は猫耳がついている。
「猫さん、金魚食べちゃうの?」
猫又のあやかしが店員の金魚すくいの屋台だったため、夢璃は思わず問いかけてしまった。
「そうだなー。売れ残った金魚はお兄さんがバリバリ食べちゃうかもしれないな」
「えええ」
「お嬢ちゃんがもらってくれたら、こいつらは食べられずに済むんだけどな」
水中で泳いでいる金魚達が猫又の台詞に抗議するように、一斉にバシャバシャと音を立てて騒ぎ始めた。
気のせいか、『食べるな!』と一斉に文句を言っているようでもある。
「うわっ! 冗談だって!!」
「やりたいけど、お金がないの……」
「大丈夫、タダだから。満足するまでいくらでも掬ってみな! こいつらも遊んでほしそうにしてるしさ」
「私も、遊びたい……!」
「早速やってみようか!」
夢璃は猫又に渡されたポイを、恐る恐る水面に接触させる。
『遊んでー!』
『わたしも、わたしも!』
すると、わらわらと四匹の金魚が集まってきた。
やはり金魚達が喋っているようにも聞こえるが、金魚すくいに夢中の夢璃は気にしていない。
彼女が目を輝かせて掬い取ろうとすると、水と金魚の重さでポイの紙がすぐに壊れてしまった。
「あー……」
「もう一回行こうか!」
『がんばれー』
落胆する夢璃に、猫又の店員が二つ目のポイを手渡す。
夢璃は早速金魚すくいを再開しようとするが、今度は金魚が寄ってこない。
「むむ……」
『こっちだよ!』
金魚がいる場所までポイを動かして掬おうとするものの、金魚はスルスルと抜け出してしまう。
『鬼さんこちら!』
『こんなの、余裕で避けれるぜ!』
「あっ、待って!」
金魚は破れたポイの紙の隙間を、輪くぐりのようにスイスイと楽しそうに通り抜けて見せる。
何度も繰り返しているうちに、最後には紙がボロボロになってしまった。
「ボロボロになっちゃった……」
「まだ諦めるには早いな!」
『もっと遊ぼうよ!』
紙が破れるたびに猫又の店員が次々と交換してくれるが、いくらやっても一匹も掬うことが出来ない。
『あはは! たのしー!』
「お前ら! 久々のちびっこ客だからって、からかいすぎんな!」
提灯の光が、水飛沫と金魚の鱗をキラキラと照らし出す。気付けば夢璃はビショビショになりながらも、夢中で金魚達と遊んでいだ。
しかし彼女は最終的に、金魚を一匹も掬うことができなかった。
金魚達は自分に掬われたくないのかと思い、夢璃が涙目になると、猫又が慌て始めた。心なしか、金魚達も水面でバシャバシャと騒いでいるようにも見える。
「私、金魚
「そんなことないって!」
『泣かないで!』
『嫌いじゃないよ!』
そんな時、一匹の金魚がピョン! と勢いよく水面から飛び出したかと思うと、夢璃が手にしていたお椀にポチャン! と音を立てて見事に着水した。
「お、おお?」
「わあ!?」
突然の金魚の行動に、夢璃も猫又の店員も驚く。
『ごめんね。ぼくたち、君を泣かそうと思っていたんじゃないんだよ。遊んでくれて楽しかったから、ついはしゃいじゃったんだ』
しかも、お椀の中で泳ぐ金魚は夢璃にハッキリと、少年のように幼い声で話し掛けたのだ。
金魚すくいの最中に聞こえた声は、幻聴ではなかったことに夢璃は更に驚いた。
「喋った!?」
「お、やっぱお嬢ちゃんこいつらの声が聞けるクチか」
『やっと、ぼくたちの声に応えてくれたね!』
「こいつはお嬢ちゃんにプレゼントするよ。友達になってやってくれよな」
彼女は、花園家では鼻摘まみ者扱いだ。
外に出てもこれまで蔑ろにされてきた経験故か、自分に自身が持てずにいることや引っ込み思案な性格も相まって、友達はひとりもいない。
だからこそ、友達と言う単語に、ひとりぼっちの夢璃は思わず目を輝かせた。
「お友達……!」
『君のお名前は?』
「あのね、私の名前は夢璃って言うの。
「花園? 術師の名家の、あの?」
「……もしかして花園家の人間だと、ダメだった?」
「そんなことないさ。ただ花園家の子があやかしがいる場所に来るのが珍しいと思ってね」
彼の言う通り、あやかし嫌いの花園家は妖怪がいる場所を酷く嫌う。
そんな人型ふたりのやり取りなど気にせずに、金魚は無邪気な様子で夢璃に語りかけた。
『夢璃? 可愛い名前だね! ぼくの名前はないから、夢璃がつけてくれると嬉しいな』
「えっとね、じゃあね……司!」
「おお。これはまた、ペットみたいな名前じゃないんだな」
「ペットじゃなくて、お友達の名前だからね」
『ぼくの名前は司! 夢璃、よろしくね!』
「うん!」
猫又の店員が金魚すくいの持ち帰り用の袋に水と一緒に司を入れてやると、夢璃の手首にそれを引っ掛けて持たせた。
おまけに小さな金魚鉢までつけてくれて、至れり尽くせりである。
水中で泳ぐ司に提灯の灯りが照らされると、赤金色の鱗がキラキラときらめく。
「司、きれいだね」
『えへへ……ありがとう』
夢璃が思わず司の鱗に見とれていると、猫又の店員が夢璃の頭を撫でた。
「こいつのこと、気にいったか? 長生きさせてやりたくなったら、お嬢ちゃんの霊力をこいつに喰わせてやってくれ」
「霊力あげちゃって大丈夫?」
「こいつらは普通の金魚とは違うんだよ。霊力の豊富な池で育った影響もあって、霊的な存在なんでね」
『ぼくたちもあやかしの一員だよ』
「まだまだヒヨッコだけど、今後大きく成長する可能性を秘めた奴だよ」
猫又の妖術で服を乾かしてもらい、彼に見送られた夢璃は、家族に見つからないように司を連れてあばら家に戻った。
金魚鉢に水を入れて、司を移動させてやると、司は興味深そうにあばら家の観察を始める。
『ここが夢璃のおうち?』
「うん、そうだよ。……他には誰もいないの」
『じゃあ、ぼくと夢璃は、これから一緒に暮らす家族だね!』
「……! うん!」
家族と言う言葉に、夢璃は満面の笑みを浮かべる。
「霊力をあげるね」
金魚鉢を前に、夢璃が手をかざす。霊力を送り込むと、金魚鉢で泳いでいた司が淡く光り始めた。
『わあ! すごく澄んだ霊力! 夢璃はすごい力を秘めてるね!』
「そうかな? 家族はみんな、たいしたことないって言うけど……」
褒め称えようとする司に、夢璃は自信のない様子で呟く。
『ううん、夢璃はすごいよ! 身体がすごく軽くなったし、長生きできそう!』
「そういえば、縁日で見たときよりも光ってるかも?」
『でしょう? 夢璃の霊力が強い証拠だよ』
夢璃はしばらく、霊力の余韻の光で美しく輝く司の赤金色の鱗に見入っていた。
気付けば朝になり、家族して迎え入れたばかりの司に体調を心配されたことは、成人を前にした夢璃には懐かしくも大切な記憶のままだ。
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