第2話

そのあと、私はどうしたんだっけ。


 両思いだと思っていたのに振られたことが、悲しくて。

 見せしめのように別れを切り出されたことが、悔しくて。

 ひとりぼっちになって、切なくて……。


 涙が抑えきれなくなって、ひとり取り残されたカフェを後にしたところまでは覚えている。

 会計時に申し訳なさそうにしていた店員さんに、別れ話を聞かれてしまったと思うと……。

 ……惨めさが加わって、胸が苦しくなった。


 そうなると、溢れ出した思いを止めることが出来なくなってなってしまって……。

 しばらくの間、誰もいないところで寂しく泣き腫らしていた。


「帰らないと……」


 まだ心に傷が残るけれども、たくさん泣いたおかげもあってか、涙は抑えることはできるようになった。

 日が落ちた頃合いで、涙を我慢しながら電車に乗って駅から出ると……。


「雨だ……」


 今日の天気予報はデート日和。

 だから傘は持ってきていない。


 まるで、私の心を反映するかのようにしとしとと雨が降る中、傘をささずに帰路につく。


 ひとり暮らしの私は、家に帰るとひとりぼっちになる。

 本来なら、今日は彼が家に遊びに来てくれる予定だったけれども……。

 ……そう思うと、また涙が抑えられなくなってしまう。


 元彼を迎えに来た彼女は、可愛らしい顔立ちで服装もオシャレだった。

 何もかも平凡な私とは違う。

 水たまりから水が跳ねて、デートのために買ったばかりのワンピースに泥がつくのがお似合いな私とは……違うから……。


 だから元彼は、あの子を選んだのだろう。

 こんなみっともない姿の私を、誰が選んでくれるんだろう……。


 そう思っていたとき、ふいに雨が止んだ。


「君! ずぶ濡れじゃないか! 傘を貸してあげるから、持って行って」


 ……違う。

 見知らぬ男性が、私の頭上に傘をさしてくれていた。


「もう濡れてるので……いまさらです」


 優しいひとに対してこんな受け答えするなんて、私はなんて可愛くないんだろう。

 だから彼につまらない性格だって、言われてしまったのかもしれない。

 また、涙が溢れて止まらなくなりそうな予感がして、私は俯く。


「……じゃあうちのバーで雨宿りしていくのはどうだい?」

「バー?」


 男性が振り返った視線の先にあったのは、シックなデザインのメニュー看板。

 よく見ると、彼の服装は白いシャツに黒いベストと蝶ネクタイという、バーテンダーの恰好をしていた。


「一年ぶりにお店を開いたのに閑古鳥で、店じまいしようと思っていたんだよ。お客さんが来てくれると、ありがたいな」

「……でも、びしょ濡れなので……」


 濡れていることを言い訳にしたけれども、それだけじゃない。

 本当はなによりも、泣いて腫れた顔を見られたくなかった。


「それならタオルを貸してあげる。あと服は……あいつのを制服借りればいいか」

「そこまでしてもらうわけには……」

「まあまあ。うちのバーが雨から君を守る代わりに、君は経営状況が危ういバーを助けると思って、一杯いかがかな?」

「でも……私、強いお酒は飲めなくて……」

「大丈夫。ノンアルコールだってあるし、お客さんの好み合わせて調整するよ」


 あまりにもバーテンダーさんがグイグイ来るので、私は泣きそうだったのも忘れて少し引いてしまった。


「あっ。ごめん、つい……。こんなに押しが強いと安心できないか……。うちは怪しいバーじゃないよ」

「どうしてそこまで……?」

「単純に心配だったからだよ。うちが信用できなかったら、傘だけでも借りて行ってくれないかな?」


 ふと、彼の優しさに甘えたくなってしまった。

 どうせなら、騙されたと思って……この優しさに触れたい。


「あの、バーにお邪魔しても……良いですか?」


 やっと私が顔を見上げると、バーテンダーさんが優しい顔立ちに笑みを浮かべた。


「もちろん。大歓迎さ」

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