第5話 帰国

 生まれ故郷であるポニア王国の王都トネンに戻ったアオイは、アリサを引き連れてその足で謁見の間に進んだ。もう、夕暮れ間近の時間、不在であれば探すのに手間がかかりそうだと考えていたアオイであったが、運良く父親である国王を見つけることができて内心安堵していた。


「アオイではないか。一体、どうしてここに」

「陛下!」


 国王の言葉を無視して、大きな声で国王のことを呼びつつ壇の下で跪く。玉座に座りながらも体をビクリと動かす国王のことを少しも変わらないと感じながら、頭を下げる。


「何かあったのか?」

「お伺いしたいことがあります」

「な、何がだ?」

「陛下は、ティーワがセイザスによって攻められていることはご承知でしょうか?」

「ああ、勿論だ。ティーワはそこそこ頑張って防衛しているが勝つのは難しい。大幅な領土割譲をして和解するしか無いことであろう」


 国王がうんざりとした声で話すのを聞いて、アオイは顔を上げる。


「何故に陛下はセイザスに侵攻を止めるように要求されないのですか?」

「何を言ってる。我らがセイザスに勝てるわけ無いだろう。そんな余計なことを言って、侵攻方向が変わったらどうするつもりだ」


 国王は、そんなわかりきったことを聞くな。と言わんばかりの回答をするが、アオイの視線は鋭くなる。


「何をおっしゃられているのです。ポニアとティーワは、馬車の両輪のようなもの。片方が壊れれば、もう一つも走れなくなります。逆に言うなれば、片方が片方を助ければ走り続けることができます。考えられてみてください。もし、ティーワが弱体してセイザスの下につくことになれば、ポニア単独でセイザスに抵抗することは難しくなるでしょう。ですが、ティーワとポニアが協力すれば、セイザスといえどもそう簡単に侵略することは難しいでしょう」

「しかし、それは理想論ではないか。我らが余計な口を挟むことで、もし、セイザスとティーワが協力して我らを攻撃するようなことになれば、どうすれば良い? 勝ち目など無いぞ」

「そのために、私がセイザスにいるのではありませんか。それとも、陛下はセイザスの軍門に下るつもりでしょうか」

「馬鹿な! ありえん」


 国王は声を荒げるが、表情は疲弊している。王位を継いでから、いつか攻められるかもしれない。魔族に殺されるかもしれない。と悩み続けているからだ。


 大陸の中でポニア王国は小国というわけではない。単純な兵数だけで言うならば、ポニア王国はセイザス帝国に負けていない。だが、戦力としては差がある。魔族の方が人族より圧倒的に力と体力に優れているからだ。同じ人数が正面からぶつかれば、容易に負けるほどの実力の差があるのだ。


 逆に言えば、人数差があれば負けることはないし、同じ程度の人数でも戦術次第で勝ち目もある。ただ、セイザス帝国の方が戦も上手い。魔族は戦の民なのだ。


「陛下! 今が決意の時です。このまま手をこまねいて帝国の属国となるか。それとも、軍略と外交を駆使して我らが王国の独立を維持し続けるかの」

「何を言っているのだアオイ。突然、帰ってきたと思えば、あまりにも唐突すぎるだろう」

「陛下、一刻の猶予もありません。今、兵を動かさねば、いつ動かすとおっしゃられるのです」

「しかし……、勝てる見込みがあるとでも言うのか」

「勝つ必要などありません。帝国には三割兵力しか残っていませんから 、我らが兵を挙げて帝都に向かえば、セイザスはティーワから兵を戻すしかないのです」

「三割の兵力と言っても、十分な脅威になるのではないか?」

「いえ、全ての兵力が帝都を防衛しているわけではありません。実際には、南や西の国境付近にも展開しています。慌てて兵を集めたとしても、武器も食料はそう簡単に揃えることはできません。真っ当に戦うことなどできないでしょう」

「ならば、勝てるというのか?」


 国王は興奮気味に話す。その様子を見て、どうして、自分の父親はこう短慮なのだろうかとアオイはうんざりする。もし、母親が存命ならば、もっと多くの計略を考えられただろうにと文句を言いたくなる。しかし、そんなことを言っても意味がない。今は、できることをやるだけ。と国王の説得を続ける。


「勝ち切るのは難しいことです。電光石火で帝都を落とせれば勝機はありますが、防衛されれば、必ずティーワから戻ってきます。その場合、挟撃されることになります。戦う機会があればまだマシですが、きっとバイチー将軍なら補給路を断つ方法を選ぶでしょうね。その方が楽に兵力も損耗せずに勝てますから」

「勝てないのか? ならば、帝国の恨みを買うだけではないか」

「そうかもしれません。ですが、恨まれたとしても、我らの方が強ければ手を出すことはできません。それに、帝国の内部は一枚岩ではありません。我らが攻める姿勢を見せるだけで動揺し、ティーワから兵を撤退させることになれば、帝国内で責任問題となり揉めること必定。彼らの中での権力争いが終わるまでは侵略など夢の如き出来事になるでしょう」

「戻さねばどうなる」

「その時は、帝都を攻め落とせばよいのです」

「だが、護りは硬いぞ」

「兵を私にお預けください。さすれば、私が帝都の弱点を十分に理解していることを証明することができましょう」


 国王は沈黙する。今の説明で、戦況は十分に理解できているはずだが、決断するには時間が足りないのだろう。しばらく跪いた姿勢でいたアオイは長旅の疲労が蓄積されているのを感じて、一度部屋へと戻ろうかと考えていると、背後から複数人の足音が聞こえてきた。


「お久しぶりです。姉上」


 アオイは声をかけられた方に振り向くことすらしない。そんなことをしなくても、声の主が誰であるかはわかっている。


「元気にしていましたか? カズト」


 アオイは姿勢を崩さず視線を向けることのないまま弟のカズトに向かって話しかける。


「姉上、どうしてここに戻られたのですか?」

「今、セイザスはティーワを攻略しています。それを放っておけば、次に攻められるのはポニアでしょう」

「だから、それを知らせに来たと」


 カズトはアオイの横に跪く。


「陛下、ティーワを救うための兵を出されることでよろしいでしょうか」

「待て待てアオイ。まだ、そんなことは決めておらん。王国の存亡に関わる問題なのだから、朝儀にて臣下と十分な協議をしてから決める必要がある」

「そんなにノンビリとしているわけには行きません。ティーワが領土割譲をしてからの挙兵では間に合いません」


 アオイは国王が動揺しているのを感じ取っていた。もう一押しで、自分の意見を受け入れると確信していた。だが、同時に、カズトも黙っていないことに気づいていた。


「お待ち下さい陛下。そのような重大事項、朝儀にはからねば、将軍らも受け入れられません。何も、十日も一月もかかる話ではありません。慌てて国家指針を決定し反発されるより、十分に議論を尽くし意見の統一をするのが良いかと愚行いたします」

「なるほど、傾聴に値する意見だ」


 アオイはカズトの視線を感じた。口元に笑みを浮かべている表情が思い浮かんで確かめたくもなるが、国王から視線を動かさない。


「姉上におかれましては、十分に休養の後、セイザスに戻られるのが良いと思われますが、いかがでしょうか陛下」

「うむ。それが良いと思うが、どうかなアオイ」


 国王が優しく話しかけてくるのに対して、アオイは国王のことを睨みつける。


「どなたが兵を率いることになるのでしょうか?」

「そんなことを心配する必要はありませんよ姉上。姉上は女性なのだから、いくさのことを考えずにゆっくりと滞在されるが良いでしょう。陛下もそう考えられませんか?」

「そ、そうだな。アオイはのんびりと過ごしたらどうか?」


 国王の言葉にアオイは頷く。


「は、陛下のお言葉に甘えまして、ホルライでしばらく静養させていただこうかと存じますが、お許しいただけるでしょうか?」

「そうか、好きにするが良い」

「ありがとうございます。行政官に示す割符をお借りできれば幸いです」

「構わん。詳しくは書記官に任せる」


 国王から、ホルライ統治の許可を貰ったアオイが立ち上がると、まだ跪いたままのカズトが国王に向かって話しかける。


「陛下、久しぶりに姉上が戻られたのです。本日は、宴をご用意するのはいかがでしょうか」

「おお、それは良いアイディアだ。どうかなアオイ」

「恐れながら、長旅で披露が蓄積しておりますので、休ませていただけましたら幸いです」

「それは、残念なことだ」

「本日は、陛下にお会いできて僥倖でした。それでは、失礼させていただきます」


 アオイは、ほくそ笑んでいるカズトのことを一瞥してから、踵を返す。幾つかの提案がカズトから出されているのを聞くこともなく、謁見の間をアリサと一緒に出ていく。


 既に、陽は落ちている。少し前まで鬱陶うっとうしく感じていた暑さはまったくなく、石畳の廊下はヒンヤリとしていて二人の体を芯まで冷やしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る