20勝手目 アイツが来た(2)
◇
祈はこれから父親の説得、そして神霊庁職員になるために実家の神社を継ぐ覚悟が出来たらしい。
準備が出来たら仙台へ戻ると沖田と約束し、実家のある秋田市と帰って行った。
あの格好で軽トラを乗り回す姿はカオスだが、勇ましさも感じた。
沖田と関わると皆意思が強くなっていく。俺もそのうちの1人だが、当の本人は人が何を考えているか興味がないから気にもしていない。
自分の発した一言が誰かの人生の指針になっていることも知らない。
今は助手席で家が無くなることに絶望して、びつぶつ文句を言いながら聡さんを呪っている。
下道で何時間も運転している俺の助手は一切しようとせず、呪い飽きたかと思えば「トイレ」「腹減った」「あと何分」のいずれかしか言わない。
一方、晴太は携帯のネットニュースを食い入るように後部座席で眺めていて、あれやこれやと1人で話している。
「この人って本当に女ったらしなんだね。ドラマとかでもそういう役多いしさぁ。僕らとあんまり年齢変わらないのに、人から恨まれすぎだよ」
信号待ちをしていると、とある俳優のスキャンダル記事を見せてくる。
何股して女性を悲しませただの、所謂女癖の悪さが露見されたという内容だ。
俺はその俳優の写真と名前を見た瞬間、すぐに目を逸らした。
「山崎学は顔がいいからモテるんだろうけど、どうして女の人も好きになっちゃうんだろ? 好きになったら傷つくのわかるじゃんね」
晴太のごもっともな意見。是非本人へ言ってくれ。そっくりそのまま、一語一句丁寧に。バカでもわかるように言ってくれ。
山崎学の名前を聞くだけで腹が立つ。
「土方……」
沖田もそれを察したらしく、小さく名前を呼ばれた。余計な事言うなよという意味を込めてアイコンタクトをすると、沖田は左手の親指を立てて意味を汲み取ってくれる。
「何2人でこそこそしてんのさ! 僕の話聞いてた!?」
「聞いてるけど興味ない」
「でも世間の事を知るのは大切な事なんだよ! 洋はニュース見なさすぎ!」
俺達が共通して何を思っているのか、晴太は何も知らない。
今互いに何を考えているのか、俺と沖田だけが知っている。
◇
仙台へ着くと、熊が怖かったから寝れる気がしないという沖田の家に集う事になった。
晴太の家によって着替えをとり、俺も自宅へ用意を取りに帰る。
沖田と晴太は何か食べようと言いながら沖田家へ入って行く。
自宅に着いて一安心なはずが、俺の心は妙に胸騒ぎがした。自室の窓を見ると灯りがついている。
今日は電気をつけていないし、何よりカーテンだって開けて来た。その記憶が確かにある。けれどカーテンは閉まり、隙間から光が漏れている。
両親のどちらかか? 記憶違いか?
家に入るなり、玄関を見た。しかし母親が使うサンダルしか置いていない。
居間に両親に挨拶もせず階段を駆け上がる。
なんだ、自室に近づけば近づくほど強くなる胸騒ぎは。
ドアノブに手をかけて、音を立てないようにゆっくり開ける。
窓際に置いてあるデスクチェアに、金髪の男が座っていた。後ろ姿だけで十分。そいつが誰なのか理解する。
「よぉ、守! お久だなぁ! 兄ちゃんが帰って来たぞぉ!」
両手を広げてハグでもしてこようってか。お生憎様、口も聞きたくない。
何度も塗装を重ねた緑色のヘアピン毟り取って刺してやろうか。
我が物顔で人の部屋を使いやがって。
勝手にパソコンは使うわ、テレビに持参したゲーム機は繋ぎっぱなしの、電源はつけっぱなし。
ベッドはぐしゃぐしゃ、本は読んだまま、食べ物の残骸も放置。
こんなやつをどう歓迎しろというんだ。あの我儘な沖田だってゴミはゴミ箱に捨てる。
「いやぁなぁ? ちょっと遊んだら仕事なくなっちゃってよ。岩手の実家帰ったら勘当されちまってさぁ……いやぁ、伯父さんと叔母さんが優しくて助かったわぁ! 今日からここ住むわ。よろぴく!」
ニコニコニコニコ。調子のいいことヘラヘラ言いやがって。何がよろぴくだ。さっさと消えろ。
「出てけ――ッ!」
コイツの名前は
子供の頃から芸能界へ入り、仕事に没頭したいと口ばかりで実際は遊んでばかりの阿保。
そして何に対しても顔を武器にして生きて来たアンポンタン。
しかし度重なるスキャンダルにより、芸能界から干されかかっているニート予備軍だ。
沖田とはまた違うタイプの我儘。いや、こいつは考えなしだ。知能が足りない。アホ、バカ、マヌケ。
思うままに行動するバカ。だから人の部屋も荒らせる無神経さを持っている。
「んだよォ、お兄ちゃんだぞ? 会えて嬉しいだろ?」
馴れ馴れしく肩を組まれるが、振り払ってやった。
コイツは兄ちゃん兄ちゃんと言っているが、4つ歳上の従兄弟である。
-2我儘目 史実とは無縁の新撰組〈了〉-
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