第14話
渚のファッションショーが惜しくも幕を閉じ、気に入った服を数着買い終わると、二人は日用品の買い物へと向かった。
「日用品ってなん買うん?」
「フライパンとか歯ブラシとか、基本的なものは揃ってるから、クッションとかちょっとした雑貨を買おうかなって」
「なるほどね」
京子は楽しそうに先導し、二人であれこれと商品を手に取っては感想を言い合い、次々と決めていく。悩む様子もなく、順調に進んだ買い物はあっという間に終わり、袋にまとめた商品を、自然な流れで京子が手に取った。
小さな気配りでポイントを稼げたと、心の中で自己満足する。
夕方の街を眺めながら、デパートを出て京子は一息つく。
「もう夕方だね。買い物も終わったし、そろそろ帰ろうか」
後ろ髪を引かれる思いがありつつも、今日のミッションはすべて完了した。渚と一緒に買い物ができただけで、京子の心は幸福で満ちている。
「そう、ですね」
二人で並んで歩く道。家までの距離はたったの三十分だが、それさえも名残惜しい。
「今日は本当に楽しかったです。京子さんとデートできてとっても幸せ者ですよ、私は」
「え、ええ? そんなに褒めてもなんも出ないよぉ……いひひ」
だらしない笑みが顔に出て、緩まる頬を抑えられず、そうとも知らずに横髪をくるくると指で弄る。
「えっと、あたしもめっちゃ楽しかった。その…また一緒に、デ、デートしたいな」
照れ隠しのため、視線を泳がせながら思ったままを口にした。
「はいもちろん! また行きましょう」
渚が嬉しそうに笑う。それだけで京子の胸は温かくなり、一生分の幸福を味わったような気さえする。夜になればきっと、寝る前にこの光景を思い返して、心の中で噛み締めるだろう。
「あたし、誰かと出かけるなんてもう何年ぶりかわかんないよ」
「……そうですか。でも、今日は私と一緒に過ごしましたよね」
「ん? そうだね。ねぇ、次はどんなとこ行こうか」
「そうですね。少し遠出するのもいいかもしれません。長野とか、岐阜とか」
「何か見るものあるかな」
「見るものがなくてもいいんです。人が少ない場所で、二人きりでゆっくりできるのがいいんです。美しい自然と旅館でのんびり過ごしましょう」
「んんーいいね! 白沢さんとなら、ぜひ行きたいな」
「夏休みにでも行きましょう。きっと楽しいですよ」
温かい夕陽が二人を包み、暮れゆく空の下でその約束で小さな希望を胸に刻んだ。
マンションが見えてきたところで、渚がふと何かを思い出したように口を開いた。
「そう言えば」
その一言に京子が振り返ると、渚は軽く微笑んでいる。
「彼女さん、って言われちゃいましたよね」
「うえっ!」
突然の爆弾発言に、京子の顔が真っ赤に染まる。
「あ、あれは、その…さ」
焦る京子を見てニヤニヤしている渚は、とても意地悪そうに笑っている。そんな彼女の反応が面白くて仕方のないのだろう。
押し寄せる感情を抑えながら、何か言わないとと頭で思いつつ、深く考えずにこう言った。
「つ、付き合ってないのにねぇ……?」
「は?」
瞬間、和やかな雰囲気は消え、空気が一瞬で凍りつく。京子はその異様な空気に気づかず、顔を背けて照れを隠している。
ふと視線を向け直したとき、渚が無表情で京子を見つめていることに気づいた。
「ぉあっ」
その視線に京子は凍りつき、圧迫感を感じた。
漆黒の瞳が大きく見開かれ、微動だにしない表情。その目には、どこか怒りにも似た執着が滲んでいるようにも思え、それは京子の心を貫き、息が詰まるような重圧を与える。
「白沢さん…?」
「今から私の家に行きますよ」
声の低さが普段と違う。京子の腕を痛いくらいに掴み、彼女の指先の冷たい体温が伝わってくるほどの力が京子を引き寄せる。
「えっ、ちょ、待って……」
「来ますよね早く行きますよ」
拒む間もなく強引に手を引かれ、彼女の住むマンションへ、呆然としたまま引きずられていく。
エレベーターに乗り込むと、狭い空間の中を二人きりの静寂が支配する。ドアが閉まる音が妙に大きく響き、沈黙が重くのしかかり、じわりと不安が広がる。
彼女の顔を覗くと、京子を離すことなく二つの瞳がまるで、呼吸さえ逃すまいと鋭く見つめ続けていた。
京子は背筋を這い上がっていくような冷たさを覚える。
「ほ、ほんとにどうしたの?」
かすかな震えを抑えながら京子が尋ねると、渚はゆっくりと目を細め、深く黒の瞳が捉えたまま小さく微笑んだ。その微笑はどこか脅威を感じさせるほどに暗い。
エレベーターが静かに上がり続ける中、胸が次第に高鳴り、無意識に渚から少し距離を取ろうと足を動かした。
しかし、彼女はそれを見逃さず、手を伸ばして京子の手首を掴んで引き寄せる。その手は冷たくて力強く、逃げ場のない圧迫感を京子に与えた。
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