第13話
「そろそろ行きましょうか」
「うん」
会計を済ませて外に出る。次の目的地は少し大きめのデパート。今日は色々と買い物を済ませるつもりらしい。
そのデパートは地元民なら誰もが通ったことのある場所。揃わないものはないと言われるほどの品揃えがよい。
「白沢さん、何買うつもりなん?」
「日用品と服ですね。今ウチはすっからかんなので、買い足さないといけません」
「へえ、自分で全部揃えるんだ。えらいね」
「一人暮らしですから、私がやるしかないんです」
「え? 一人暮らしなの?」
まさか、高校生で一人で暮らしているとは思わなかった。彼女の細やかな日常の苦労を思うと、驚きと少しの尊敬が入り混じった気持ちになる。
「ええ、無理言ってそうさせてもらいました。別に家族のことが嫌いなわけじゃないですよ? 両親のことは好きですし」
「じゃあなんで?」
「……学校、近かったので」
渚は微笑んでそう答えた。しかしその笑顔にどこか引っ掛かりがある気がして、違和感を感じた。それでも、それ以上は深く聞かずに流すことにした。
「京子さんも一人暮らしですよね。どのくらいになるんですか?」
「んー、厳密に言うとそうじゃないけどね。去年から親が遠くで働かないといけなくなって、ほとんど一人みたいな感じ。でも一人暮らしって大変〜。ご飯作るのもめんどくさいし、洗濯もめんどい……」
「確かに時間はかかりますね。でも私、料理作るのは好きですよ」
「まじ? まー白沢さん、なんでもできそうだし納得かも」
「うーん」
渚が突然悩むような仕草を見せ、ほんの少し間を空けてから「いや、なんでもないです」と歩みを早めた。
その姿を見て、自然と自分も足を速める。
「まずは服から買います。選ぶの、付き合ってもらえますか」
「もちろん」
渚は次々と服を手に取って眺め、時折悩んでいるようだった。もともと整った顔立ちの彼女だから、どんな服でも似合う気がして、どれを選んでも間違いないだろう。
「京子さん、これとこれどっちがいいと思いますか?」
渚が胸の前に二つの洋服を持ってきて、可愛らしく首を傾げて尋ねてくる。その様子がまた愛らしい。
「うーーん、どっちも似合いすぎる……決めるのむずいなぁ」
どちらも、あたしの好みを見事に射抜いていた。彼女に対してどれがより似合うかなんて、正直どちらも優劣がつけられない。
すると突然、背後から声が聞こえた。
「いらっしゃいませ、お客様ならばこの服もよくお似合いすると思いますが、いかがでしょうか」
振り返ると、営業スマイルを浮かべた店員が、二つの服を持って提案してきた。
「……はあ、確かに良さそうですね」
渚はどこかつまらなそうに、淡々と返答する。
「はい、とってもお似合いするかと。彼女さんもそう思いませんか?」
その言葉に、あたしは唐突に驚いてしまった。店員の視線がこちらに向けられ、あまりにも自然に「彼女さん」と呼ばれたことに特別な意味を感じてしまった体。
「えっ、は、はい。か、彼女……」
胸がざわめき、焦る鼓動がうるさくて、顔を隠したくなる衝動に駆られる。
「なら、試着させてもらいますね! 京子さん、少し待っててもらえますか」
「あ、うん……」
一変してご機嫌な渚は、楽しそうに試着室へと入って行った。
取り残された京子は、ふと肩の力が抜けたように感じたが、その場に留まって、頭の中を整理しようとしていた。
店員に言われたカノジョという言葉が、いつまでも消えずに頭の中を巡る。心の奥底で何かがふわりと浮かび上がり、顔が熱くなる。
直ぐに否定できたはずだった。恋人じゃないですと、渚も自分も。でも、それを言いたくなかった。
あたしが彼女を好きなことは揺るがない事実であり、これからもその気持ちは変わらないだろう。
しかし、渚の気持ちは分からない。どうしてあの場で違いますよと否定しなかったのだろうか。気にしないだけかもしれないけれど、それでも、店員の言葉に彼女が一瞬柔らかくなったように見えたのは、どうしても引っかかる。
もしかして、彼女もあの言葉を少し嬉しく思った?
いや、そんなことはないはずだ、と自分に言い聞かせる。彼女の心を読めるわけではないし、あれは単なる勘違いだ。店員が勝手にそう見えただけで、渚も軽く笑って受け流したのだろう。自分と同じ気持ちだったなんて、そんな都合の良い妄想はやめるべきだ。
胸に手を置いて深呼吸をし、自分を落ち着かせようとする。
「どうですか、似合ってますかね」
試着室のカーテンが開かれ、渚が姿を現した。試着した服に身を包んだ彼女はまさに天使だ。いや、元々天使だったけど、今はいつもと違う天使だ。
「かわいすぎ!!」
思わずサムズアップして断言する。もうなんでもいい。渚がとびきり可愛い。それだけで十分だ。
彼女の笑顔に見惚れていると、頭の中がぼんやりとして、考えていたことが吹き飛んでしまう。
彼女には、あたしをバカにする力があるのかもしれない。
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