第12話

 渚がこの学校に転校してきてからというもの、京子の学校生活はずいぶんと充実した。毎朝一緒に登校し、昼休みや放課後も二人きりで過ごすことが日常になっていた。


 日々のくだらない会話さえも、彼女となら楽しく、時間があっという間に過ぎていく。


 そして迎えた週末は、待ちに待った彼女とのお出かけの日。期待と興奮で昨夜はなかなか寝つけなかったが、どうにか睡眠はとれた。頭の中で、渚をエスコートするシチュエーションを何度も反芻し、準備はできたと外に出る。


 集合場所はマンションの下ではなく、少し先の駅前だ。浮き足立つ心が抑えられないが、そんなのは些細なこと。早く渚に会いたい一心で、京子は早足になりながら駅に到着した。


 スマホを取り出し、時間を確認する。予定よりも三十分も早く来てしまったが、待ちきれない気持ちが勝ってしまったようだ。周りを見回しながら、期待に満ちた笑顔がついこぼれる。


 背後に誰かの気配を感じることなかったが、唐突に肩をトンと叩かれ、驚いて振り返る。


「わっ!」


「おあ!!」


 急に驚かせたのは、いつものように明るく笑顔を見せる渚だった。


「び、びっくりしたぁ」


「あはは、おはようございます京子さん」


 陽の光を浴びて輝くような渚の笑顔が、いつも以上にまぶしく映る。京子はその笑顔に包まれ、自分まで温かくなる錯覚を覚える。


「着くの早いですね。まだ時間があったのに」


「ま、まあね。楽しみすぎて、早く来ちゃった」


「私も楽しみでしたよ。でもどうりで。少し離れたところで見てましたが、待ちきれない気持ちが外に溢れ出てましたよ。ほら」


 渚はスマホの録画を再生して見せた。そこには、一人で立ちながら、だらしない笑みを浮かべてキョロキョロと周囲を見回す京子の姿が映っている。


「……え、なにこれ、あたし!? きも!」


 公共の場でそんな姿をさらしていたなんて、恥ずかしさで死にそう。


「きもくないですよ? むしろ可愛いじゃないですか。わんちゃんみたいで撫でたくなります」


「へ、変な感性してんね。恥ずかしいから早く行こ?」


「恥ずかしがる必要ないのに……」


 先に歩き出す京子の隣に渚が並び、一つの目的地に向かって二人は歩き出す。ふと渚の横顔を見ると、始まったばかりのこのお出かけを心から楽しんでいる様子が伝わってくる。その顔を見ていると、京子も自然と笑顔になっていた。


「てかあの動画消してよ!」


「いやです。いろいろ使えるので、残しておきますね」


「使える……?」


「はい、使います」


「そ、そっか」


 なんとも押しの強い言い方に、それ以上聞くのをやめたが、渚が楽しそうならまあいいかと京子は心の中で納得する。


 時刻は昼近くになり、二人が向かった先はレストラン。彼女が行きたいと言っていたところに似合う場所を選んでいたのだ。


 席についてメニューを開き、京子は迷うことなくいつもの明太子クリームパスタを注文するつもりでいた。


「白沢さん、決めた?」


「んー、はい。これにします。京子さんは明太子クリームパスタですよね」


「うんそうそう……あれ、なんでわかったん?」


「京子さんが考えてることなんて、なんでもわかりますよ。私たちの関係なら当然です」


「お、おお」


 まるで心を見透かされているような言葉に、京子は少し背筋が伸びた。だがむしろ気分が良い。


 好きな人がそんなに自分のことを知ってくれているなんて、嬉しさ以外の感情が見つからない。


 やがて注文した料理が運ばれてきて、京子はパスタを口に運ぶ。いつもながら、やはり美味しい。


 京子が食べている様子を見ていた渚が、軽く笑いながらフォークをくるくると回し、麺をすくう。


「そんなに見つめてどうしたんですか? もしかして、食べたいんですか?」


 彼女は京子の口元にフォークを差し出す。


「はい、あーん」


「あ、あーん」


 少し照れくさい気持ちがあったものの、渚に勧められるまま一口食べる。意外なことに、明太子クリームパスタ以外も悪くないと思えるほど美味しい。いや、渚が食べさせてくれたから余計に美味しく感じたのかもしれない。


「お、おいしいね」


「はい。今度は私の番ですよ、あーん」


 渚は口を開けて、京子のパスタを待っている。


「あーん……」


 渚の口元にパスタを運ぶと、彼女は可愛らしくパスタを食べ、唇についたクリームを軽く舐め取る。


「とっても美味しい! 京子さんが食べさせてくれたからですね」


「えっ、ええ? ああた、あたしが」


 渚は頬を赤くして慌てふためく京子を見つめながら、微笑みを浮かべた。京子は照れながらも、渚のその笑顔に胸が高鳴るのを感じていた。

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