第7話
昨日と今日ほど学校が楽しいと思える日はなかったと断言できる。ましてや授業ですら、その時を待ち侘びていた。
机をくっつけて至近距離で観察できる彼女の姿は、この身を幸福がまとうような感覚に襲う。
ただ真面目に板書を取っているだけなのに、どうしてこうも絵になるのだろうか。
ノートに書き写すための手が自然と止まる。
「どうしましたか?」
それに気づいて綺麗なその目が京子を中心に捉えた。
「い、いやっ?」
何で見ていたなんて言えるはずもなく、慌てて目線を外した。シャーペンを握る手が強くなり、焦る脳がどこまでノートを写していたか黒板の文字列を探す。
「ここ、ですよ」
トントンと人差し指で軽く叩き、探していた部分をその指で指し示した。
耳が熱くなるのをはっきりと感じて、それを隠すために掛けていた髪を下ろして、可視化された羞恥心がバレないよう努めた。
「あり、がと」
非常に整った見やすい彼女の自筆。先生の字よりも写しやすくて観察する。
"り"の字を繋げて書いているとか、濁点をめんどくさがってからなのか、一つしか点をつけないんだとか。
渚、結構癖のある書き方するんだなと思いながら、自然とそれを真似するみたいにペンが運ばれる。
「京子さん、私のこと見過ぎですよ? ……ふふ」
「っ」
シャー芯がパキンと折れて、勢いよくそれが飛んでいった。
「ご、ごめ──!」
強張る右手が温かい何かに包まれた。
「手、ひんやりしてて気持ちいです」
その輪郭を覚えるかのように撫で回してくる彼女のそれは、とても柔らかかった。
授業中にも関わらず、頭がおかしくなりそうだった。見ているのがバレたのかと思ったら、間髪入れずに愛くるしい渚の手が自分を覆ったからだ。
いや、もうすでにおかしくなっているのだろう。言語能力がオーバーヒートして、もはや意味を成す音が出ない。
キーンコーン──。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。それを皮切りに脳が一気に働き出して、固まる右手を素早く引いた。
「お昼食べに行きましょ?」
「う、うんっ」
凝視していた京子を咎めることはなくて、何事もなかったかのように先を歩く後ろ姿は、凛としている。
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