第6話

 目が覚めたらもう外は明るかった。昨日はそのまま寝落ちしていたことに気づき、非常にお腹が減っているのが、起きた直後に得た感覚だ。


 吸い寄せられるように無意識に窓の外、渚の部屋に目線が勝手に行く。


 カーテンが締め切られており、そこに想像する姿はなかった。


 寝ぼけた脳を無理やり働かせ、スマホをタップし、時間を確認する。


「やばっ」


 いつもならとっくに支度して学校に向かっている頃だ。こんなにちんたらしていたら、遅刻してしまう。


 服を脱ぎ捨て、制服に着替える。リボンをつけている暇なんてなく、首に巻いて急いで玄関は走った。


 扉を開けて出た直後、考えなしにすぐさまエレベーターに足を動かす。それを待っている時、どこかの扉が閉まった音が聞こえた気がした。


 エントランスまで着いたところで、驚きに顔がそこにはあった。


「おはようございます京子さん」


「えっあっ! なんで……」


 美しすぎる笑顔に迎えられた京子は驚愕の色が隠せなかった。 


「会いたくて来ちゃいました。すみません、嫌でしたか……?」


「いや全然っ。驚いただけ。待たせちゃったね。あ、会えてうれしい」


 あー余計なこと言うな! 何が会えてうれしいだよばか!


 朝一番に天使の姿を見てしまい、知能が低下している。こんなんじゃダメだ。いつものあたしを装ってクールにしないと嫌われちゃう。


 すぅー、はぁー。


 深呼吸して心を落ち着かせる。


 よし、もう大丈夫だと顔を上げ、普段通りのクールぶった表情を作る。


「私も会えてとってもうれしいですよ。昨日の夜からずっと京子さんのこと考えてました」


「うごっ! ごほっごほっ! ななな、ななに言っ!」 


 当然の爆弾発言に顔面が崩壊し、咽せたのが原因で大量の唾を彼女の顔に飛ばしてしまった。


「あっごめん! 汚かったね!?」


「……いえいえ、お気になさらず」


 ああほら! 渚ちゃん俯いちゃったよ!


 まずいことをしてしまったと、心臓が跳ね上がる。いや、最初に彼女を見た時にはすでに跳ねていたのだが、今度は違う意味でビクビクしている。


 急いでそれを拭くため、服の袖を摘み、顔を落とす渚の顎をちょんと持ち上げた。


「ぁえ」


「目、とじて」


 漏れ出るように声を溢した彼女に気にすることなく、柔かな肌に袖を滑らせる。マシュマロみたいに触り心地のよいそれに、一生触っていたいなと考えながらも、してしまったことに深く反省する。


 彼女がいくら優しくても、この行為は最低だ。あたしがもしされたら……いやそれはご褒美に他ならないのだが、彼女からすれば汚いだけだろう。


「ごめんねぇ、汚かったよね……。汚しちゃって──」


 ふと、渚の顔をよく見る。なぜだろうか、自分の唾液で汚れたその綺麗な顔を見ていると、胸の奥を蝕むような黒いなにかが徐々に現れるのを感じる。


 不思議と嫌な気持ちにならない。むしろ込み上げるそれは、なんだか心を満たすようで──。


 止まっていた手を再び動かす。


「遅れちゃうね。急ごうか」


「あっ、は、はい!」


 手を取り、渚に少し背を向けて早歩きをする。あたしは今どんな顔をしているだろうか。


 それを確認する術を今はない。だが、なんとなくそれを彼女に見せるべきではないと思った。

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