第4話

「誰もいませんね、二人っきりだ」


 まるでその状況をむしろ歓迎するように、嬉しそうに笑う彼女にドキドキする。

 

「う、うん。ここ、いつもあたしだけだし」


 だが同時にちょっとした罪悪感もあった。なぜなら、渚と二人だけの場になることをわかっていたからだ。


「あたしだけ? お友だちと食べないんですか?」


「うっ」


 痛いところを突かれるな。これじゃあ友だちがいないことを自白しなければならないじゃないか。


「い、いやっ? たまにね、たまに。ほんとは友だちとここで食べてるよ」


 多少裏返った声が、変なプライドが勝手に口から溢れた。好意を向ける渚に、実はぼっちだと思われたくなかったからだろう。好きな人には自分の悪い部分を見せなくないものだ。


 目が泳いでいた京子だったが、続く彼女の言葉がないことを不審に思い、視線を向ける。


 渚の顔に笑顔はなかった。何一つ声を発することもない。瞬きせずにその真っ黒な両目は、京子を吸い込むように離すことはなく、授業中に向けられていたものとは大きくかけ離れていた。


「学校なら話す人、いたんですか。そんな京子さん、私知らない」


 抑揚なく話す渚がぐんと距離を詰めた。


「はぇっ、ちょっ近いっ」


 罪悪感とかプライドとか、不自然な彼女の様子が全く頭に入らなくなった。


 やばいかわいすぎる。肌めっちゃきれいだし、まつ毛ながっ。それになんかいい匂いする……。てかこの距離、あとちょっとでキスできんじゃん! なんならもう間接空気キスしてる!?


 脳みそがピンクに侵されたあたしは、訳のわからないことを考え始めていた。


「京子さん、今の話は本当ですか? 浮気ですよこれわかってる?」


 反応のない京子に渚はその首を掴み、そのまま床に押し倒した。


「うわっ」


 急激に現実へと引き戻されたあたしはこの状況に一瞬だけ疑問を呈す。


 なんであたし渚ちゃんに押し倒されて馬乗りになられてるの?! 顔近いよほんとにキスするつもり!? てか押し倒した時頭ぶつけないように手で後ろ押さえてくれてたな……やばいすき。


「ねぇどこ見てるのちゃんと目ぇ見て」


 だかやはり、近すぎる想い人のせいで思考の制御が追いつかず、京子の全神経は彼女の至る所へと注がれている。


「ちゃんと答えて、なんで反応しないの? やっぱりやましいことでもあったんだ。……ああもうダメだお仕置きが必要なんだ。ちゃんと京子は私のものなんだって脳にわからせないといけないなぁ。誰が運命で結ばれたお嫁さんなのかちゃんと教えてあげないと私のかっこいい京子はまた浮気しちゃうかもな。私浮気だけは絶対許せないのこれは監禁しなきゃいけないね、あっでも大丈夫安心して? ご飯も排泄もえっちなこともぜーんぶ責任持ってやるからね。ああもっと早くやるべきだったな」


 愛する渚が何を言っているのか全く頭に入ってこない。もうあたしは彼女の顔が近くて可愛いということで占め尽くされているのだ。

 

「京子、もう一度聞くね」

 

 バカになった京子に構うことなく、暗く低い声で、確認するように口を開いた。


「さっきの話に嘘はない?」


「あぇ…ごめんなしゃいうそつきました……」


 その圧に呆気なく自白してしまったら、渚の瞳に光が宿ったのが見えた。


「……」


「……」


「そうですよね、やだなぁ脅かさないでくださいよぉ」


「ご、ごめんなんか恥ずくてつい」


「じゃあ私は京子さんのハジメテの友だち、ですね」


 小悪魔っぽく笑みを浮かべて、馬乗りになっている彼女はその長く細い指をあたしの両手と蛇みたいに絡めた。まるでもう逃さないぞと言っているように感じる。


「私たち、友だちなんですからそんな嘘ついちゃダメですよ? もし次こんなことがあったら──」


 絡まる手の圧が増し、鬱血しそうなほど緊縛された。


「……あはは、京子さんどうなっちゃうんでしょうね?」


 再び闇が宿るその瞳に、あたしの心臓は妙にドギマギしていた。

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