第2話

 一限目は英語だ。教科書に沿ったなんの変哲もない授業だが、今日に限って言えばその普通は破られる。


 真っ直ぐとした瞳で京子を見つめる渚はその行為をやめる気配を見せない。それが気恥ずかしくて、こっちを見ないで黒板を見てくれと思っているが、その願いは叶わずにいる。


 しかし初めて彼女を見た衝撃と、焦がれるような気持ちは時間が緩和してくれたようで、段々と落ち着きを取り戻しつつあった。


「オケーイみなさーん、それじゃあペアーを組んで友だちに英語でクエスチョンしてみましょう!」


 いつものことながら、妙にテンションが高く、エセ外国人みたいに振る舞う先生。彼の授業はペアワークをよく行う。


 先生の指示なら仕方ないなと意を決して彼女に顔を向けた。


「えっと、白沢さん。やろっか?」


「はい、ここに書いてる質問をすればいいんですよね」


 指さす英文に首肯する。あたしだけを見ていたと思っていたのだが、案外そうでもなく意外と授業を聞いていたようだ。


 長いこと見られていたなんて自意識過剰だったかと疑ってしまうが、そんなはずはなかったと思う。


「じゃ、じゃああたしから言うね? ワットホビーズ ドゥーユーハブ?」


「umm I like looking at people who I’m curious about, like you」


「えっごめ、なんて?」


 自分のカスみたいな英語と比べて洗練された彼女のそれは、あたしの耳では理解できなくて、どうにか聞き取れた "ライクユー"が脳を反復した。


(え? なにあたしのこと好きって言った?!)


 再燃する気持ちが脳をパンクさせる。


「気になる人を見ているのが好きなんです」


「へっ? あーなるほど、なるほどね」


 あたしを好きな訳ではなくて、人間観察が好きだと。バカな勘違いをした自分が恥ずかしい。


「てか発音めっちゃ綺麗だね、ネイティブかと思っちゃった」


 恥ずかしさを隠すように慌てて話題を強引に変えた。


「留学帰りですので。それでこの学校に来たんです」


「すごっ、でもなんでこんな辺境に来たん?」


「ふふっそんな辺境だなんて……いい街ですよここは」


 彼女は上品に微笑みそう言ったが、正直言ってこの街にいいところなんてないと思う。あたしが納得していないのを察したのか、さらに補足するように言葉が続いた。


「ほんとですよ? 綺麗な場所も多いし遊べるとこも多いです。海も山だって近いじゃないですか」


「まぁ、そういうのがあるのは事実だけどさぁ」


「それに京子さんもいますしね」


「うんそりゃ、京子さんはいる、ね……え?」


 京子? キョーコ? この街にそんなものあったか?


 変わらず、まるでこちらの全てを見透かすようなじっとりとした視線が、逃げ場なく注がれる。


 わかっているんだ。彼女が言ったキョーコは自分を示すことを。だめだ、頭が上手く働かない。聞き間違いだと疑いたくなるが、確かにこの耳でそれを聞いた。


 なんであたしの名前を知ってるのとか、自分が言った意味をわかっているのかとか、次々と湧き出る疑問が頭ん中を埋め尽くす。


「私、友だちいないんです。だから私と友だちになってくれませんか……?」


「ぁえ……あ、はいっよろしくお願いします」


「フフフっ、こちらこそ」


 加虐心をくすぐるような上目遣いのせいで、考えることを妨害され、つい反射的にその提案を受け入れてしまう。


 未だ解決しない疑問を、無理やり自分と友だちになるために言ったのだと言い聞かせた。狩人のようであり、ねっとりとした目があたしをじっと見ていたとは知らずに。

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