カタコンベ

伊吹

カタコンベ

神の威光が地上を支配していた頃、ペストと飢饉が流行って街中に死者が溢れた。市政は土葬する土地もなく仕方がないので地下に巨大なカタコンベを掘って、数万体の死体を煉瓦のように積み上げて弔ったという。それから300年余りが経過してから、その上に女学校が建てられた。バルコニーからはマリンブルーの海と背筋が凍るような断崖絶壁を眺めることができた。


辛気臭い寮に入れられおいそれと街へ出ることもできない生徒たちの間で退屈しのぎの噂が囁かれた。カタコンベのいちばん奥、木と鉄でできた扉に閉ざされた部屋は神の国に通じるのだという。神の国、すなわち死だ。不謹慎な人間の何人かが面白がって肝試しをする計画を立てていたが、それが実行に移されたのかどうか私は知らない。その内に長い夏期休暇がやってきて、殆どの生徒が帰省した。


ルームメイトの×××は私と似たり寄ったりな陰気で無口な女で、かれこれ5年寝食を共にしているがまともに会話したことは合わせて4度ほどしかない。私にも多分×××にも帰るべき家がないので、夏期休暇の間互いに一度も帰省しなかった。私たち二人以外はほとんど誰もいない構内で、私たち二人だけが毎日顔を合わせていた。


×××は髪の長い痩せた女だったが、それがどうして、気がついた時には腹だけが張るようになり、今では妊婦のように腹部を抱えて生活していた。×××は男と通じて妊娠したのだと噂されたが、断崖絶壁と森に閉ざされたこの学校ではそれはどうにもありそうにもない話だった。×××は教師から再三病院で診察を受けるよう説得され、夏期休暇が開けた後、教師と連れ立って街の病院に行くことになっていた。


ある朝目覚めると×××が亡霊のように私のベッドの脇に立っており、出し抜けに「神の国はあると思うか」と聞いた。私は腹が立って寝ぼけたまままったく同じ質問をそのまま×××に返した。×××は口ごもって、返事もせずに私に背を向け、窓辺の椅子に座って海と断崖絶壁を眺めた。私が顔を洗い服を着替え朝食を食べ部屋に戻っても、まだまったく同じ姿勢で窓の外を見ていた。私はふとこの女はもうすぐ死んでしまうのではないのかと思った。


そんなに気になるなら神の国があるのか確かめればいい。カタコンベを通じて。私と×××はランプとバールを持って、立ち入り禁止のカタコンベの中に入っていった。少し下るとトンネルがあり、廊がずっと先まで続いていた。両側には等間隔に部屋が並び、壁一面に骸骨が敷き詰められ、部屋の中央に十字架が建てられていた。私たちは壁に手をそえて、進行方向をランプの灯りで照らしながら先へ進んでいった。


時間の感覚が狂う程同じ景色が続いた後、私たちはようやく突き当たりにたどり着いた。硬い岩と骸骨の中に巨大な扉があった。扉の周りには人間の頭蓋骨が敷き詰められ、全員じっと暗い眼窩で私たちを静かに見ていた。×××は扉を開けようとしたが、地重で閉ざされた扉はびくともせず、とうの昔に腐った取っ手がもろもろと崩れた。私は×××をどけてバールを振り下ろし、扉を壊そうとした。木でできた部分は数回打った程度で穴が開いた。


もう少しで扉が壊れそうだと思った時、急に突き飛ばされて尻餅をついた。同時にガラガラと頭蓋骨と岩が落ちてきて、私を突き飛ばした×××は脚以外岩と骨に埋まってしまった。私は岩と骨を掻き分けて×××を助けようとしたが、その間にも無数の骸骨が落ちてきて、×××もろとも埋まりそうになってしまった。私は弱く愚かな女だったので、カタコンベの外に助けを求めなければならなかった。


暗転


私は大目玉を食らったが大した怪我もなく、2ヶ月間の社会奉仕活動の処分で済んだ。×××は岩と大量の骸骨に埋まったせいで内臓を負傷した。街の病院に搬送され、腹を開いてみると×××の体内からは別人の人体が取り出されたという。×××がまだ胎児だった頃、双子の片割れが×××の身体の一部となって、×××から栄養を摂取して成長し続けたのだろうということだった。カタコンベは封鎖され、入り口は鉄の柵で閉ざされた。


ある日ひょっこりと学校に復帰した×××は、あの日と同じように窓から海と断崖絶壁を眺めていた。妊婦のようだった腹はすっかり平になり、血色も良く健康的になっていた。あの時私をかばってくれてありがとうというと、×××は首を横に振って、かばったのは×××ではなく姉で、助けられたのは×××だという。


こんなことを誰も信じはしないだろうけれど、と×××は言う。×××と体内の姉は物心ついた時からずっと一緒に生きてきたが、成長した姉の肉体に×××の身体が耐えられなくなり、あのままでは夏が終わる前に×××は死んでしまっていただろう、姉は×××を守るために自分が犠牲になったのだという。×××


カタコンベの扉の向こうに神の国はあったのかと聞くと、暗くて何も見えなかったという。けれどそうでなければ、命の重みにとても耐えられないのだと言って、ハラハラと泣いた。

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カタコンベ 伊吹 @mori_ibuki

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