第3話 バイオレンスと貧乏
故障していても大気圏内なら問題ないらしいお姫様の宇宙船は崖を粉砕しながら上昇していた。確かに不法駐車しているだけで墜落しているわけではなかった。最近の宇宙船はすこぶる頑丈な素材を使ってるらしい。
「言っとくけど俺は脅迫されて手伝わされてるだけだからな?一切の責任は取らないからな?」
「手伝ってくれるなら悪いようにはしないわ」
「………わかった。その間は俺も通報はしない」
まぁそんな取り決めをして俺とお姫様と宇宙船は山一つ越えた先の隣町シイバの郊外にあるライラプスメカニック工場へ来たのだった。
「話つけてくるからお姫様はガレージに宇宙船入れて待っててくれ。くれぐれも顔出すなよ」
「なんでよ」
「テレビで顔割れてんだろ。ややこしくなるから大人しくしてなさい」
お姫様は可愛い頬を膨らませていたが宇宙船と共にガレージへと向かった。
それを見送って工場の入り口の重いドアを開ける。毎度のことながら看板の一つも出さない、稼ぐ気あんのか無いのかわからん殿様商売である。
ガラクタまみれの工場を奥に進むと何だか分からん機械の配線をいじっている腰に牙刀を差した白髪混じりのイヌミミ生やした後頭が見えた。もう結構な歳だというのに相変わらず元気な老婆だ。
「おーい今大丈夫か、ライラさん」
「なんじゃサーベラス、自転車ならまだ修理終わっとらんぞ」
「あーそれとは別件で仕事頼みに来たんだ」
「あん?まーた録画機壊したのか、それともファミコンか」
「宇宙船」
ライラさんはゆっくりこっちを振り向いた後、徐ろにイヌミミの穴を掻いていた。
「………すまん。なんだって?」
「宇宙船直してくれ」
ライラさんはしばらくじっと俺の目を見た後、大袈裟に天を仰いだ。天見えねーのに。
「………すまん。もうわしも長くないらしいな。お前さんの財布事情からは絶対有り得ねぇ名前が聞こえた気がしたんだがこれはわしの耳が遠くなったんだよな。万年金欠野郎が宇宙船買ったとか天地がひっくり返ってもねーもんな。そうだろう貧乏警察」
「そのイヌミミぶった斬って物理的に遠くしてやろうかババア。俺が買ったもんじゃねーよ」
「……そうか。お前は前々から危なっかしい野郎だと思ってたけどまさかここまでとは思ってはなかった。
―――――――――――――まさかよそ様の宇宙船を撃ち落として盗んじまいやがるとは」
「どんだけバイオレンス野郎だ俺は?!いくら俺がヤンチャでも宇宙船撃ち落としたりはしねーよ?!」
「なんだそうかそうか普通に停泊してた宇宙船を盗んだんだな。ちゃんと出頭しろよ」
「そもそも盗んでねーから!俺のじゃねーから!お姫様のだから!」
「あのーすいませんそろそろいいですか」
俺の後ろから白いトラミミ頭がひょっこり顔を出した。
………いや、なんで来てんの。このお姫様。
「………」
ライラさんはお姫様の顔をしばらく凝視して、無言でリモコンを操作し始めた。壁に掛けてあるモニターがニュースを映し始める。
画面にはお姫様が写っていた。
どうやら今日は銀河中が王国のお姫様失踪事件で持ちきりらしい。ニュースに映った顔と俺の横の顔を比べるように交互に見ている。
「あー似てるだろ、そっくりさんだ」
「いやお前流石にそっくりすぎじゃ
「そっくりさんだ」
「……いくらなん
「そっくりさんだ」
「あ
「そっくりさんだ」
「…………」
「おい、黙って通報しようとするんじゃねぇ。そっくりさんだっつってんだろ。そうだよな!…えーっと、田舎から出てきたばっかで迷子になった寅人族のお嬢ちゃん?」
「いやよそんな見窄らしい肩書き。某国の絶賛家出中の某お姫様よ」
「隠す気ねーの?!つかなんで出てきたの?!」
「遅かれ早かれバレるでしょ。さっきお姫様のって言っちゃってたし」
「………」
……言った。俺、確かに言ったけども。
「いやいやいやまだ誤魔化せる段階だったって?!今からでも遅くねーから宇宙船の中戻って!そしてライラさんは今見た事忘れて!俺ちょっと工場入ってくるあたりからやり直してくるから!」
「わたし居なくてジャジャの故障箇所の説明できるんですか?どのシリンダーか説明できるんですか?というかシリンダーってなんなのかわかってるんですか?」
「……えーっと、シリンダーはあれだよ。なんか上下にガシャガシャ動くやつ」
「想像以上に絶望的な知識量ね。よく今まで生きてこれたわねお巡りさん」
「生存能力を疑われるレベルだったかな?!」
*
結局、お姫様が説明しライラさんがガラクタだらけのガレージで修理を始めた。そしてやることのなくなった俺は宇宙船の近くでだらけているのであった。
『ところでサーベラス様、一応確認しておきたいことがあるのですが』
宇宙船から声がかかる。確かアーチなんとかのジャジャとかいうんだったか。
いや、何にせよ言いたいことはもう検討が付いている。
ので先手を打つことにした。
「――――残念ながらさっきライラさんの言った貧乏警察というのは事実だ」
『はい?』
「なのでお前の修理代とか燃料代とかはすぐには払えません。ローンか何かでお願いします。」
『そもそも払ってもらおうとか考えてませんが』
「マジで?!いいの?!」
『そもそも何故そのような発想になったんでしょうか』
「金持ちって自分で財布持たずにお付きの人とかが出すもんじゃないの?!」
『金持ちにどんなイメージを抱いているのですかサーベラス様は。通貨なら問題ありません当機に電子払いのシステムを搭載していますし、シキ様も御自分のクレジットタグをお持ちです」
「あークレジットタグってアレか、ピッてして預金とかから引き出せるやつか。なんだそっかそっかよかったー」
俺の検討は早とちりだったようだ。俺の財布のピンチは免れたらしい。
「んじゃ聞きたいことってのは?」
『戌人族は牙刀と呼ばれる刃物を常に持ち歩くとデータにあります。しかしサーベラス様は持っておられないようだったので』
…………そっちかーそーだよなー気になるよなー。
「あー……まぁ、なんというか訳ありってやつだよ」
「俺、牙刀無くしちまったんだ」
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