第2話 田舎の交番と喋る宇宙船
過去の夢から目を覚ます。
どんな悪夢だったかをできるだけ思い出さないようにしながらここがいつもの交番であることを確認する。あまりに暇すぎてついうたた寝をしてしまったらしい。
机の鏡には
だらしなく皺のついた警官制服姿の
だらしなく涎垂らした寝ぼけ顔の
だらしないボサボサイヌミミ頭の
最強などとは程遠いだらしない男が映っていた。
ここ最近散髪にも行ってないので余計にだらしない。
時刻は昼過ぎ。危うく今週の大淀でござるを見逃すところだった。
椅子から立ちあがろうと腰の辺りを探って『今はもう差していない』ことを思い出す。
「……いかんな。まだ寝ぼけているらしい」
テレビの前に眠気覚ましのコーヒーと茶菓子を用意しようなどと考えていると開けっぱなしの入り口の向こう、人通りのないのどかな田舎道にぽつんと建てられた古ぼけた案内地図の前に人影が見えた。
腰ほどまである長く白い髪に、この辺りでは珍しい【キモノ】と呼ばれる衣服、頭には寅人族の特徴であるトラミミが見えた。
共和国で寅人族を見ること自体珍しいが、案内地図を見て唸っているところを見るとどうにも迷子らしい。
……テレビの前に一仕事のようだ。俺は交番から顔を出して声をかけた。
「迷子の迷子のお嬢ちゃん、あなたのおうちは何処ですか?」
「わたし迷子じゃありません」
迷子のお手本のような返事をしながら振り返ったのは紅い瞳の少女だった。
歳は十七、八といったところだろうか。まだ幼くも見えるが凛とした表情が印象的な少女だ。
「自分の家の場所はわかっているので問題ありません。ただちょっと目的地への道順が分からなくなっちゃっただけです。そして宇宙船がトラブル起こして動けなくなっちゃっただけです。あとちゃんと宇宙船のライセンスも持ってます。」
残念ながら道に迷った子供のことを世間一般では迷子と呼ぶのである。しかも宇宙規模の迷子のようだ。
「へー、そーなんだー。でも一応ライセンス持ってるなら見せてくれない?ご家族の方に連絡入れるから」
「いやです」
「なんで」
「だって見つかったら怒られて連れ戻されちゃうじゃない」
「迷子の上に家出娘っと」
「いや家出したわけじゃないわよ?ちゃんと家には帰りますって。探し物見つけたら」
「いいか、子供は晩ごはんの時間までにおうちに帰るもんなんだよ。探し物なら俺が探してやっから親御さんが心配する前に帰んなさい」
「探すならまずわたしの宇宙船動かすのに手貸してくれないかしら。お巡りさん」
…どうやら助けて欲しかったらしい
あまりに刺激のない田舎の交番警官生活だが今日は良い暇つぶしに恵まれたようだ、などと考えながら共和国の端っこの田舎惑星ココノスのさらに田舎の町【ミマタ】の警官サーベラスは交番の入り口に【只今巡回中】の札をかけた。
*
「で、このおもっくそ崖に突き刺さってる墜落船は何?」
村から少し離れた森の中、少女に連れられてたどり着いたのは漫画みたいな状況の墜落現場だった。
少女の瞳と同じ真っ赤な色の宇宙船が地面スレスレの高さで水平に崖に頭から刺さっていた。どんな器用な操縦をすればこんなことになるんだか。
「墜落なんてしてないわよ。ちょっと停めるのに手間取っただけよ」
「いや無理があるって、ここパーキングじゃないもの」
「つべこべ言わないで手伝いなさいよ」
ここまでハードな暇つぶしとは聞いてない。
「ちょっと鍋の火消し忘れてたから帰りたいんだけど」
「絶対嘘でしょ」
「じゃああれだ、そろそろ大淀でござる二期の放送の時間なんだよ」
「なら問題ないわね、この宇宙船テレビ見れるわ」
「………」
どうやら帰してくれるつもりは無いらしい。まぁ今帰っても大淀でござるの放送時間ギリギリ間に合わないんだけど。
少女に引っ張られて宇宙船に入る。
最近の流行はよくわからんが見たことのないタイプの宇宙船だった。もう五年も操縦をしてないペーパードライバーの俺ではどれが何の計器なのか判別すらつかない。
『おかえりなさいませシキ様、解析は完了しております。左のムゲンジェネレーターの復旧には一六〇〇ミリシリンダーの交換が必要です』
「やっぱ交換必要かー。お巡りさん。この辺に宇宙船の修理できるお店とかある?」
「一つ山越えたところに知り合いがやってる工場があるからそこならなんとかなるだろ。ところでテレビ何処だ?そろそろ大淀でござる始まるんだけど」
「ジャジャ、テレビ付けて。この惑星の番組ね」
『承りました』
コックピットと思わしき席の側のモニターに「デデーン」といういつもの珍妙な効果音と共に大淀でござるのタイトルと主人公コマさんが映った。
「お、ちょうど始まったとこだな」
『シキ様、こちらはどなたでしょうか?戌人族の男性と見受けられますが』
「その辺の交番にいたお巡りさんよ。……そういえば名前聞いてなかったわね?」
今更か。まぁこっちも彼女がシキという名前であることを今知ったのだが
「交番のお巡りさんのサーベラスだ。よろしく」
「そう、よろしくね。お巡りさん」
名前で呼んでくれる気はないらしい。
まぁいきなり距離詰められても困るから別にいいけど
「…というかさっきから聞こえるの誰の声だ?」
船内を見渡してみても自分と少女以外に人影はない。船内にはコックピット席と後のスペースには後部座席二つとその左右にメンテナンス用と思われるハッチが付いてるだけである。しかしどうにも声はすぐ近くからしている。
『申し遅れました。当機はシキ様の宇宙船【トムボーイ号】に搭載されたアーティフィシャル・インテリジェンスです。個別名称はジャジャと申します。以後宜しくお願い致します』
「あーち…なんて?」
『アーティフィシャル・インテリジェンスです』
「あーちひさるいんてりぜんす?」
「早い話が人工知能よ」
「へー人工知能。最近の宇宙船はすげーなぁ」
そんなことを話していると大淀でござるのオープニングが終わりに差し掛かっていた。前回気になるところで終わったから続きが楽しみだったんだ。
向き直るとモニターにはニュース画面になっていた。
『番組の途中ですが臨時ニュースをお伝えします』
「おいおいおい嘘だろ?地獄のリサイタルに巻き込まれたコマさんはどうなったんだよ?」
俺の文句も虚しくニュースは流れてくる。誰だこんな時に臨時ニュースになるようなことしやがったのは。
『オニガシマ王国第一王女シキ殿下が突然失踪しました』
『王国政府からの発表によれば今日未明、個人宇宙船で惑星オニガシマのトラジマ・キャッスルを飛び出しそのまま王国宙域から離脱、その後消息不明となっているとの事です』
『最後に確認されたのは共和国宙域との国境付近であったとのことから共和国への捜索協力が出されました』
『シキ殿下は身長一五〇センチ程、白い髪が腰ほどまである十七歳の女性とのことで、見かけた方は速やかに共和国警察の方まで御一報下さい』
『またシキ殿下は先月、崩御となったオニガシマ王国のキセツ女王の後継者として指名されており、明日新女王として戴冠式が予定されていましたがシキ殿下の身の安全が確認されるまで延期するとの情報も入っています』
後ろを振り向くとそこには今テレビに映っていた顔そっくりの身長一五〇センチ程の寅人族の少女が腰程まである白い髪を旋毛の辺りで結んでいた。
「ジャジャ、とりあえずこのくらい髪纏めとけば騙せないかしら」
『シキ様、流石にこの国の警察を舐め過ぎです。それでは後ろのサーべラス様も騙せないと断言します』
「いやいや騙せるでしょ。騙されてくれますよねお巡りさん?」
「………そっかー……あれか…そっくりさんってやつか。そっかそっかなるほどねー。いやーほんとにいるんだなそっくりさんって、あーそっかそっか全宇宙探せば三人はいるっていうもんなーそっくりさん」
「あっはっはっはっは面白いこと言うわね」
少女が笑い出す。俺も一緒に笑い出す。
「こんな超絶可愛い絶世の美少女三人もいたら銀河三大美少女全員おんなじ顔になっちゃうわよ。
――――――――――――――――――――――────大ごとになったわね」
迷子のお嬢ちゃん改めシキ殿下はまるで他人事みたいな顔で宣うのだった。
「おいマジかマジなのか!?迷子で家出娘で密入国でお姫様で明日から女王様って何!?情報量多すぎんだろ!?何テラあんだよ処理仕切れるか!?」
「今時テラバイト程度で処理落ちとか低スペック過ぎない?脳みそファミコン並みなんです?」
「ファミコン様舐めてんじゃねーぞお前!八ビットあればギリ宇宙船動かせんだぞ!」
『サーベラス様、低スペックであることの否定ができていません』
「だいたい赤の他人が家庭内の問題に首突っ込むのはどうかと思いますよ?」
「いや家庭内の問題どころか国家間の大問題になってますけどお姫様?!」
「あーうん。それはちょっと予想外だったわね。もう少し秘密裏に捜索されると思ってたわ」
『シキ様、やはり戴冠式直前というタイミングがまずかったのではないでしょうか』
「なんにしても悠長にしてられなくなったわ。お巡りさん、さっさとその工場に案内してくれる?」
「その前に一回帰って通報してくるから出入り口開けてもらっていいかな?いつの間にか閉まってて開かないんだが?故障かな?」
『昇降口のシステムに故障はありません。当機の権限でロックさせていただきました』
「お客人をここまで招いておいて手ぶらで帰すなんて無作法をお姫様にさせるつもりかしら?」
「いやマジでそういうのいいんで帰してもらっていいですかねお姫様」
「あんまり聞き分け悪いと一国のお姫様を誘拐した罪をでっち上げて死罪にするわよ?」
……俺は最悪に厄介な迷子に声をかけてしまったらしい。
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