田舎惑星で迷子のトラ娘を拾った宇宙警察のイヌの話

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第1話 トラ姫家出事件と遠い過去の剣士

 日も沈み切った王国城下町シャンゼリゼに警報が鳴り響く。発信源はシャンゼリゼの中心にして王国の中心たる金と黒のド派手な王城『トラジマ・キャッスル』。

 歴代の女王の肖像画が立ち並ぶ廊下をメイドたちの慌ただしいスリッパの足音がパタパタと駆けていく。

【ホシの現在地は依然不明、一時間前の巡回の時はまだ起きているのを確認しているのでそう遠くへは行っていないはずです】

「わかりました。では天守からの外への通路を全て封鎖、それからベンガル隊とアムール隊を召集、順次各階ごとの捜索を開始します」

 無線で指示を受けたメイドたちが各通路で防護壁シャッターを作動させる。

「隊長殿!通路の封鎖完了しました!」

「私はもう隊長ではない」

 もう何度目かも分からない訂正を管制室に入ってきたメイドに告げる。

「あ、はい!すいません隊長!」

「……………通路は封鎖したのだったな。換気ダクトは?」

「はい!ダクト内部センサーは問題ありません。一度目の時のようにダクトに侵入からの外への脱出は不可能です!」

「各所監視カメラは?」

「はい!全て最新サーモグラフ搭載の広角カメラタイプへの換装は完了済みです。二度目の時のようにカメラの前に同じ角度から撮った写真をぶら下げて無力化もされません!」

「ここ一ヶ月の郵便物は?」

「はい!食料品、消耗品ともに問題は見られませんでした。個人宛の郵便物もジェンガが一つ、新作ゲームソフトが四つ、豊胸パッドが一つでした。全て依頼人の照合と中身の検閲は済んでいます!三度目の時のように密輸したシャンゼリゼオオガエルを城内に放つ生物テロも起こさせません!」

「引き続き警戒を怠るな」

「了解です!」

モニターの一つから通話が入る。

「ベンガル隊、到着いたしました。あと二分ほどでアムール隊も到着予定とのことです」

「わかりました。では一階から順次そ――??!!

『あはははは!!、あはははは!!、あはははは!!、あはははは!!』

 鳴り響く笑い声とともにモニターに映っていた部下の顔が突如ラクガキに変わった。

 いや通信用のものだけではない。管制室の全てのモニターが同じラクガキを映しながら機能と停止させていく。

 笑い声とそれに合わせて上下に動くラクガキに見覚えがあった。

 白く美しい御髪に大きなトラミミ、可愛らしいトラ牙を覗かせた天真爛漫な笑顔。

 そのラクガキは先日彼女の描いた自画像だった。

 間違いなく彼女による内部からのハッキング、しかもこちらの発見を妨害する細工付き。

「た、隊長殿?!どうしましょう?!」

「狼狽えるな!アンチハッキングシステムはどうした!?」

「システムごとクラックされています!」

「くそっ!各部隊長との連絡を!」

「駄目です!通信用の極秘回線をジャックされています!」

 完璧にこちらの動きを読まれていた。彼女の得意げな表情が目に浮かぶ。

「天守へいくぞ。直接確保する!」

「りょ、了解です!」

 部下と共に管制室を飛び出す。

 しかし女は彼女の評価がまだ甘かったことを思い知ることになった。

 管制室から通路を挟んで向こう側、地上十階の鉄壁であるはずの天守の頂点から今まさに飛び立たんとする彼女の愛機・宇宙航空機トムボーイ号から声が響き渡った。

「じゃ、ちょっと行ってくるわねクレハ。よろしくね」

 いつもの可憐な声で高らかに勝利を宣言した彼女はトムボーイ号と共に紅い軌跡を残して満天の星空へすっ飛んでいった。

「シキお嬢様ぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 夜中のトラジマ・キャッスルのど真ん中で王室メイド長クレハの叫びと警報が響き渡っていた。

 後に十二支銀河に一大珍事件として刻まれる「オニガシマ王国第一王女シキ殿下失踪事件」の始まりであった。


                   *


 この十二支銀河は【人類】に分類される十二の種族と三つの勢力に分かれている。

 寅人族と丑人族を中心にしたオニガシマ王国。

 戌人族、申人族、酉人族を中心にしたキビ共和国。

 午人族を中心に七種族のそれぞれの小国からなる連合国。

 十二の人類種は有史以来この銀河で衝突と和解、同盟を繰り返してきた。

 しかしいくつかの大戦を経て人類歴四〇〇〇年代には先述の三つの勢力にまとまることになった。

 以来十二支銀河では政治的ないがみ合いはあれど国家間での大規模な武力衝突は確認されておらず平和と言える時代を一〇〇〇年以上守り続けているのである。


―――PeopleLightBooks刊「よくわかる十二支銀河の歴史」より抜粋



 俺は最強だった。

 向かってくるアホウ共の腕をへし折り、脚の骨を撃ち砕き、頭を地面に叩きつける。

 先に生まれたってだけで偉そうな先輩も威勢と強面だけは立派なヤクザ者も耳障りのいい甘言やら精神論ばかりの先公も俺の剣の前では等しく雑魚野郎だった。

 毎日毎日喧嘩をふっかけ喧嘩を買い、道場とヤクザからぶん取った看板と擦り寄ってくる莫迦ばかりが増えていった。

 そんなどうしようもない日々にその女は現れた。

美しい女だった。

長い艶のある黒髪の戌人族だったがこの辺りではまず見かけたことが無いと断言出来る、それほどに美しい女だった。

しかし退屈そうな眼をした女だった。

「この辺りで最強って噂の【サーベラス軍団】っても大したこと無いんだねぇ」

 そいつはあっという間にうちの莫迦共を叩き潰して欠伸をしながらそうほざいた。

「こいつらが勝手に名乗って勝手に付いてきてるだけだ。サーベラスは俺の名だし、最強なのは俺だけだ」

「おや、そうだったのかい。それは楽しみだ」

 それだけ言うと女はゆらりと牙刀を構えた。

 俺が使っているような刃にテープを巻いた喧嘩用でも道場で使われる刃の付いていない試合用でもない、刃を削り潰した妙な牙刀だった。

 一瞬の間をおいて突きを叩き込む。並大抵のやつはこの一撃で終わるはずだった。

 ―しかしこの女は違った。

 俺の一撃に牙刀を添わせて軌道を逸らした上に返し技を撃ってきた。

なんとか身を屈めて右側頭部を狙った一閃を躱し横薙ぎを放つがもうそこに女はいなかった。

「こっちだよ」頭上から声がした。

俺に見えたのは宙を舞う女と俺の額目掛けて振り下ろされた一刀だった。

女は華麗に着地し、俺は無様にも倒れて大の字になった。

「所詮俺も井の中のカワズってことか。………世の中強い奴がいるもんだな」

 あまりにも派手にやられたせいか、可笑しなテンションでそんな事を口にした俺を女はコロコロと笑った。

「ワタシもそう思って田舎から飛び出して来たんだけどね。ワタシより強いやつにはまだ会った事無いんだ。まぁ心配しなくても君は宇宙で二番目くらいには強いぜ。ワタシのカウンターを初見で躱した奴は初めてだからな。リベンジならいつでも受け付けるよ。何せワタシは銀河最強だからな」

 俺の顔を覗き込んできた眼にはもう退屈さなど微塵も無かった。

 好奇心と期待に満ちた星空の様な眼が俺を覗き込んでいた。

 そうだ、コレは遠い過去の光景だ。

 この女が惑星キョウから来た噂の天才剣士であるというのを知るのはもっと後のことだった。

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