第2話 俯瞰
四畳一間のカビ臭い一室。
どうして僕がこんなところにいるかって?そりゃ使いやすいカモを見つけて事を起こさせるためさ。今僕の目の前で混乱しているヒューマノイドは今回の犯人になってもらうやつだ。この爆弾を『経済ターミナル』にて爆発させてもらう。
「これ持ってさ、ビル破壊してよ」目の前のヒューマノイド、仮に彼女と呼ぼうか。
彼女は混乱を隠し切れないようだった。手に部品を抱えていたことから察するに劣化がひどい時期なのだろう。まともな判断もできない。完全なカモだ。
「ビル...破壊。私がですか?」面白いことをヒューマノイドが言うもんだなと思った。これほどまでに状況の飲み込みが遅いやつはめったに見ない。脳のパーツが壊れでもしてるんじゃないだろうか。
「そりゃそうさ。君は人間になりたいんだろう?さっき言っていたじゃないか。」
「私が...?人間になりたいと?」
自分が言ったか言っていないかの判断もできない程劣化が進んでいるのか。少し可哀想だとも思った。人のように自然な衰退は彼女らのような機械に許されていない。
ある一定の周期で体の一部パーツが劣化をはじめ、その劣化は他のパーツにも伝染していく。最近、どこかの国で劣化への耐性が極端に高い素材で作られたパーツが販売され始めたらしいが彼女らには情報さえも回ってこないのだろう。
「そうさ。人に認めてもらうことが人間になるということじゃないかい?」
「それは、一理あるかもしれませんね。しかし、人が私を認めるでしょうか?」
「僕は認めるさ。ビルをぶっ壊してくれたらね。今までの苦虫を嚙み潰すような思いが報われる時が来たんだよ。」
彼女の心は揺れ動いている。違反個体とはまったく扱いやすい物だ。
彼女らのような社会全体の生産性を上げるために作りだされた所謂『生産ヒューマノイド』は薄っぺらいプログラムと社会の構造だけを叩き込まれて動いている。軍用ヒューマノイドや、事務を手伝う専門のヒューマノイドとは違って劣化やバグが生じやすいのだ。
彼女は僕の手からゆっくりと爆弾を受け取る。今僕はどんな顔をしているだろう。教えておくれよ。死ぬほど嬉しそうな顔?それとも真顔?僕にはわからないな。
「経済ターミナル...爆破。」僕はゆっくりと、彼女が聞き取れるように喋る。彼女は僕の発言に呼応して経済ターミナル爆破といった。
「ターミナルについたら、受付ボックス4番の受付嬢に”トモキさんに言われて来た”と言いな。そうしたら47階に連れて行ってくれる。」彼女はトモキさんに言われて来たと呟きながら部屋を出て行った。
さて、あとはじっくり観察するかな。
経済ターミナル周辺を移した定点カメラを携帯で開く。しとしとと雨が降る中で光の屈折を受け非常に美しく輝いている経済ターミナル。
全部で113階建て。47階より上の部分はすべて崩壊。壊れてきた瓦礫で下の階層もぐちゃぐちゃになるだろう。定点カメラを携帯に移しながら、ポケットに忍ばせておいた”デイズガイズ”というおもちゃを顔に取り付ける。
これはハロウィンなどで使用される仮装用マスクなのだがなかなかに完成度が高い。
先ほど爆弾を持って出て行ったヒューマノイドの顔を印刷してある。
顔から深くかぶり、携帯を片手に外へ出た。
ものの20分ほど歩いただろうか。携帯の画面が黒と赤の二色だけになった。どうやら爆弾が起動したようだ。定点カメラには無慈悲に崩れ去っていく経済ターミナルの姿が映し出されていた。国営販売店を通り過ぎ、貧民層のヒューマノイドが暮らす区域へと入った。
そこかしこの家から、通報の音が聞こえてくる。ヒューマノイドの無線通報プログラムは特徴的な音を発するのでよくわかる。虫の羽音と、空襲警報が合わさったような不快な音だ。大方、定点カメラに自動的に接続され通報プログラムが作動したのだろう。生産ヒューマノイドは何か大きな事件が発生した時、近くにいるほかの人間やヒューマノイドに情報を共有、拡散するよう設定されている。その拡散能力で事件への対応を早めるのが狙いなのだろう。
「まったく、うるさいだけだな」雨音の中自然とつぶやいた。
貧民層区域を通る車道の向こう側から大きな軍用トラックがやって来た。
僕の仲間だろう。おーいと手を振るとライトがチカチカと点滅した。乗れと言っているんだ。
車は僕のすぐ目の前に停車した。一度歩道に乗り、車の後ろに回り込んで引き戸を開ける。僕の頼れる仲間たちがこちらを見つめていた。
「早く出してくれ。まず一番に貧民層のヒューマノイドが疑われるからな。なるべく早くここを離れた方がいい。そうだな...ラモスあたりまで飛ばしてくれ」
扉を閉めると、トラックはスピードを上げ始めた。
僕たちが暮らす、ここ『フラクタル』は名前の通り均一で幾何学的な構造を持った巨大都市だ。大きく5つの地区に分かれており今いるのが、貧民と富民の差が激しい『カスタス地区』。今目指しているのが悪逆非道なクズどもが地方自治を乗っ取っている『ラモス地区』だ。ラモスは国の連中がめったに近寄らないため絶好の隠れ家なのだ。
カスタスの経済ターミナル爆破は既にフラクタル中を取り巻く一大ニュースとなっていた。おそらくはヘリコプターだろう。かなりの上空から映像が映し出されており、発展の跡形も見えない程に崩れ去った経済ターミナルと、その崩壊に巻き込まれたいくつかの中型ビルがあった。
全身を武装に包んだ『フラクティッド』と呼ばれるヒューマノイドの特殊部隊まで出動していた。消防が一生懸命消火活動を行っているようだが周囲への火炎伝播は止まらない。砂煙がカスタスの大通りを覆っていた。
車を2時間ほど走らせただろうか。僕の仲間の一人であるミハイルがこう言った。
「今回のターミナル爆破を皮切りにラモサーや、タクテクスも活発になるんだろうか」ミハイルはさらさらとした美しい髪質とこの巨大都市には似つかわしくない美しい澄んだ蒼い目が特徴の好青年だ。
彼が言ったラモサーやタクテクスというのはテロ集団のことで、僕たちの爆破に感化され各地区での破壊活動が目立つようになるのは時間の問題だと僕は踏んでいる。
「まぁ、タクテクスはどうかわからないがラモサーは確実に破壊にし来るな。運が良ければ、フラクタルの中央部に襲撃を仕掛けるかもしれないぜ。なんてったってあいつらは目立ちたがり屋の集団だからな」僕はあくまでも個人の見解だがと付け加えてそう答えた。
ミハイルとの会話から五分後くらいだろうか。ラモスの入り口が見えてきた。
カスタスと比べても明らかな寂れ具合だ。トラックが「ラモスへようこそ」と書かれた門を潜り抜けた直後、トラックの制御が失われ道を外れて草むらへ突っ込んだ。
僕の仲間は自然と武器を手に取り、戦闘態勢に入っている。聞いたところトラックの運転手は日雇いのドライバーだという。
「おそらく、ラモスのクズの襲撃だ。脅威ではないと思うが気を抜くなよ」僕はミハイルを含めた仲間たち4人に素早く伝えた。
トラックの扉がガタガタと揺れる。輸送用トラックとでも勘違いしたのだろうな。
扉が開かれた直後、仲間の一人であるシュヴァンが発砲した。額から血があふれ出し、その場に倒れた男はまだ二十とない青年だった。ラモスにはヒューマノイドもほとんどいない。いてもただの部品と化すだろう。
それほどまでに自治が破壊された混沌地区なのだ。
「おめぇらよ...自分が何したか分かってんのか?ア゛?」柄の悪いデブがドスの効いた声を張り上げる。
「うるさい。」ミハイルは小さく述べて彼の耳を打ち抜いた。
「ふんぐッ...」デブは血だらけになった耳を抑え、ミハイルを睨んだ。
「オメェ!!!!ぶっ殺してやる!」デブはミハイルに向かって怒鳴り声をあげた。すると、トラックの側面に隠れていたおそらくデブの子分と思わしき人物たちがミハイルに飛び掛かっていく。仲間の一人である、ミーシャが指をパチッと鳴らした。
すると、子分たち四人の両耳がはじけ飛んだ。痛みに耐えきれず叫び声を各々があげる。ミハイルとシュヴァンが順番に射殺していった。
「あと、任せられるか?デゴ。」仲間の一人、大男のデゴにデブを任せる。
「当たり前だろ。舐めんなよ」デゴは顎をがこがこ鳴らしてデブに向き直った。
デブはどこからかナイフを取り出し、飛び掛かっていく。見かけによらぬ素早さでデゴの後ろに回り込んだ。一瞬、ヒヤッとしたがデゴは持ち前の大きな手でデブの顔を掴み、そのまま地面にたたきつけた。僅かな砂ぼこりの中、手中に収められた男は暴れだす。
デゴが手に力を入れると、手の内側から一瞬明かりが漏れ、やがて男は静かになる。男の顔は酷い有様だった。顔の皮膚をはじめとしたありとあらゆる場所が焼けただれていた。僅かに香る人が焼けた臭い。額から黒い煙が上がっていた。おそらく、いや確実にこいつは死んだだろう。デゴが扱っている機械の威力を物語るには十分だった。頼りになるやつだ。
ゆっくりと僕たちはラモス中心部へと歩き始める。
後ろから待ってくださ~い!と半泣きの日雇いドライバーが追いかけてきた。
さて、どうしたものか。
続く...
次の更新予定
毎週 木曜日 22:00 予定は変更される可能性があります
フラクタル 小休止 @Kuguru_8754
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