フラクタル

小休止

機械との関わり方

第1話 動機

体がキシキシと音を立てる。

関節部分が不備を起こしているのだろうか、両腕の可動域が異常に狭い。

錆びた鉄製の扉を開け、カビ臭い四畳一間の空間から離れる。


電子音がビルとビルの間を駆け巡り、不気味な風の音と一緒になって耳を撫でた。

私はこの音をノイズと認識できないようだ。やはり、体のそこかしこに様々な不備が発生している。アパートから下を見ると、浮遊スクーターや様々な最新鋭の車たちが行き交っている交差点が広がっていた。どこかからパトカーのサイレンが鳴る。

ネオンに光り輝く夜の街はいつ見ても目がくらみそうだ。


電子音に混ざった人の声がビルとビルの間を駆け巡り、嫌気がさすような息苦しい湿気と一緒になって耳を殴る。

脳の処理が間に合わず、視界がチカチカと点滅し、激しい耳鳴りが襲ってくる。


フラつく両脚を心配しながらアパートの階段をゆっくりと降りた。

鉄とアルミで作られた無骨な階段は私たちの脚に悪い影響を及ぼすようだ。

いつから、私はこのような生活になってしまったのだろうか。


交差点を渡り、私は一直線に国が運営するパーツ販売店を目指す。

民営の販売店は質はよいものの値段が非常に高く貧民層には手を出すことができない代物だ。そういう面では国営の販売店はありがたいのだろう。

中古品で溢れているがパーツが買えるだけで十分だ。


見上げても見上げきれない程に増築が繰り返された高層ビル。表示されている立体掲示板からはキラキラとした有名俳優がネオンに負けず劣らずの笑顔を身勝手に振りまいて仕事の宣伝をしていた。

『未経験者歓迎!パーツの支給あります!』

嘘ばかり。どの仕事であれ人と関わりを持つ仕事には経験とある程度の勘が必要とされるのだ。


どうしようもない世界に舌打ちしたいくらいだ。

私は国営パーツ販売店へと脚を早めた。


店につく。高層ビルばかりのこの町に不釣り合いな小さな小屋。

一昔前のコンビニエンスストアの様だとも感じる。

黒ずんだ蛍光板に消えそうな明るさで『パーツ販売店』と記されていた。

鎖の向こうには顔はもちろんのこと、腕から指先にかけてちりちりになった毛を生やした人間がうたた寝していた。


「すいません、パーツの買取をしたいのですが」

ガタガタになった声帯で無理くり声を出す。

椅子でうたた寝していた男はぱちくりと目を瞬かせこちらを睨んだ。

「あいよ、どこのパーツがお望みだい?」酒とたばこの臭いを遠慮なく吐きながらそう言う。毛むくじゃらの腕を組み、足を組み、こちらを選別でもするかのように睨むこの男は何様のつもりなのだろうか。私がその気になればいつでもお前の命などどうとでもできるというのに。


「腕と...あとは脳、それに喉の部分のパーツをください」

またもやガタガタな声を繰り出した。男は見るからに苛々としていて、私への対応もがさつになる。

「はぁ、ちょっと待っとけ。あ、保険証と身分証明書。提出しとけよ」

釘を指すようにそう言い放ち、店の奥へと男は消えていった。これだから自らの機嫌で他者への応対が変わるやつは嫌いなんだ。

私はポケットから暗い青色の紙に書かれた保険証と、黄色の紙に書かれた身分証明書を机に置いた。

机の上には鎖が降ろされており、店の奥へ客たちが行くことができないような設計になっている。と言っても、奥の様子はうかがうことができるのでちらりと覗いてみることにした。


先ほどの男が小さな電子端末を片手にずらりと並んだ棚を総当たりで探していた。

パーツを、それも貴重な脳パーツを要求するとは随分と図太いやつだと思われただろうか。そんなことはどうでもいいのだが。

十五分ほどして男が戻ってきた。

手にはくたびれた金属で作られた箱が抱えられている。

「脳のパーツなんか、あるわけないのはおたくも分かってるんだろう?両腕の関節パーツと、喉の声帯パーツ、あとは見たところ右目の瞳孔を動かすパーツが具合悪そうだから一応修理用油も出しておく。」

見かけによらぬ親切さ。

「ありがとうございます。助かります。値段はいくらでしょうか?」


男はぶふんと鼻を鳴らして身分証明書と保険証を手に取る。

「あー...あんた前科もんか。そうだなぁ、40ポイントだ。声帯パーツは新品だからな」男は至極当然というような顔をする。


前科もん。一生このレッテルを背負って生きていくことになる。

それにしても40ポイントは違法だろう。大方前科持ちだからの加算なのだろうが...

なんだか無性に腹が立ってきた。

私は黙って手のひらを男に見せた。男は私の手のひらにポイント移送用の針金を刺し、40ポイント取った。


「はい、確かに。また何かあったら来るんだぞ」

自分の業務を果たしたように男は再び椅子に座り、目を閉じる。

保険証と身分証明書、各種パーツを持って私は家への道を歩き始めた。

無性に腹が立った。すべて台無しにしたい気持ちだった。


アパートの前までふくれっ面、といってもそんな顔できていないのだろうが。まぁ、不機嫌な顔で歩く。すると若い男性の声がどこからかしてきた。

「あんたさ、この世界。好き?」ド直球の質問。意図がわからない。

国の役人?いや違う。どうせお偉いさんは老人ばっかりだ。じゃあ何?違反個体?通報せねば...

「まぁ、お待ちよ。僕は違反個体でも何でもないからさ。ね?」

声の主を探す。ここだよ、とアパートの上から声がかかった。そこにはころころと人当たりのいい笑顔で笑う青年が立っていた。

私は慌てて彼の元に向かい、私の部屋に入るように促す。彼はにこにこしながらそれを了承した。


「君こそ違反個体じゃないの。僕みたいなのを匿っちゃって、バレたらどうすんのさ」青年はやはり笑みを浮かべている。まるで私が通報しないことを確信しているようだった。

「私は、違反個体ではありません。あなたは、人間ですか?」あくまでも機械的に。

青年はこくりと頷いた。流れているはずのない血の気が引いていく気がした。

脳がショートしそうだ。ただでさえ壊れているというのに。

「普通の個体なら、迷わずここで無線通報プログラムを作動してたね。まぁこれで君が違反個体なのも分かったし本題に移ろうか」ついていけない。

「少し待ってください、あなたは何者なんですか?国の関係者でしょうか?それとも脱走者?」

「国の関係者...まぁ、一応?腐れ縁だけど。まぁ良いから本題に...」

「国の関係者が私などに何の様でしょう?」内心すごく焦っている。通報されるのではないかと。いつでもこの青年の首を折ることができるよう準備を....

「君さ、この世界嫌いだよね。僕も嫌いなんだけど。」

「それでね、大義のために働く気はない?」

意味の分からないことを言ってきた。私の脳はとっくにキャパオーバーだろう。


「それはどういう意味でしょう?」

「これ。」青年は淡々と言葉をつづけた。

「この爆弾。この町の高層ビル一個を丸々破壊するくらいの威力を持ってる。」

私は目の前に広がっている光景が信じられなかった。青年は手に戦術ランチャーなどで使用される爆発物を持っていたのだ。度重なる研究の末、とてつもない威力を獲得した破壊兵器。スイッチのようなものがついているためこの青年が改造でもしたのだろう。なんと恐ろしいことをするんだ...。

「これ持ってさ、ビル破壊してよ」青年は笑っていた。目は死人のように暗かったが。


気付いたら私は、爆弾を胸部にある格納スペースに入れて、大通りを歩いていた。

先ほどの販売店と逆の方向に行くとこの町のすべてが集まる大通りに出る。

四畳一間のあの部屋であった会話は何一つ覚えていない。ただ、今わかるのは私は人になろうとしているということだ。

迷わずこの町の経済の中心である、『経済ターミナル』へと足を進めていた。

目の前に広がる光景は私の晴れ舞台を彩る美しい小道具。

いつのまにか、私の脚が地面を蹴るスピードは速くなり一直線にターミナルに走っている。


ターミナルの前までついた。たくさんの出入りがあり、やはりこの町の心臓となる建物なのだと感じさせる。私は迷いなく受付まで歩いていき、青年に言われた文言を受付嬢に放った。受付嬢はにこりともせずに、エレベーターに案内してくれた。


47階。地上60mの高さにもなるこの場所はまだまだ高層ビルよりも低い位置にあった。と言っても私たちが住んでいる区域よりも圧倒的に高い。より決意が固まった気がした。笑いがこぼれそうになるのを必死に抑えている。


「私は人になります」私自身が驚くほどに冷淡な声でそう言い放ち、胸部から爆弾を取り出した。周囲にいた数人の人間たちは...いや同胞たちは恐怖の色を顔に浮かべ私から離れようと走り出す。私は爆弾を高らかに掲げ、起動した。

一瞬の閃光の次、意識は途絶えた。

続く...

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