第一章5 ジェイソン君の生涯

「自分は周到に作戦を練りました。荷物持ち(男)が役に立たないような依頼ばかりを受けて仲間たちの荷物持ちへの評価を下げ、ダンジョン内ではわざとピンチになる等、荷物持ちの男を見捨てても仕方がないという空気を一生懸命作りだして追放したんです」


 ワンアウトですね。


「追放はうまくいきました。こっそり荷物を沢山収納できる魔道具も購入していたので、実際荷物持ちを失った不便はなかったと思います」


 仲間を追放した勇者といえば、手痛いしっぺ返しをくらうと相場が決まっているものだ。

 いや、それはあくまで創作物の中の話で実際はそんなことはないのかもしれないじゃないか。諦めるのはまだ早いのでは。


 でもコイツこの若さで……


「ただシスターの落胆は結構なものでしたね。自分だけでも見捨てるべきじゃなかったと」


 まあ幼馴染みを見殺しにしたと考えると、そのシスターさんのショックは控えめに言っても相当大きかったことだろう。


「それを見てしめしめと思いました。後はうまく慰めればこっちのものだと」


 カスではないか。


 ふと気になって明槻さんのことを横目で伺ってみると、穏やかな表情のまま“うんうん”と相槌を打っていた。

 とりあえず話を全部聞いてみる構えのようだ。


「ただ、いくつか誤算がありました。まず、女性を慰める経験が自分に全くなかったこと。自分はシスターの心をがっちりと掴むことができませんでした。そうですね“やったハーレムパーティだ!”とか思って浮ついた気持ちだったのが良くなかったのかもしれません」


 まあ、悲しいけれど十五、六の男なんてそんなものなのかもしれない。


「次の誤算は、自分が荷物持ちの男を邪魔に思っていたと仲間達に察されてしまったことです」


 淡々と話すジェイソン君から哀愁を感じる。

 鎧がカチャリと音を立てた。


「正直に言えば、恋敵を消した上にハーレムパーティになって舞い上がっていました」


 正直だ。悲しいくらい正直。


「だから気づかなかったんですよね。いや、気づかない振りをしていたのかもしれません。仲間、そしてシスターが自分を疑っていたことに」


 まあ流石に怪しかったか。


「最後の誤算は、荷物持ちの男がダンジョンの奥で生き延びていたことです」


 オイオイオイこいつ死んだわ。


「奴は絶対に助からないはずでした。もともと戦闘力はほとんど無かった上に、迷宮の地奥底へと落ちる落とし穴トラップを踏んでもらったわけですから」


 なのに……と、ジェイソンは手を握りしめた。


「しかし荷物持ちの男は帰ってきました。迷宮の地下深くに落ちた後、持っていた荷物の中に入っていた道具で水源の近くにキャンプを作り、周囲を罠で固めて機を伺っていたようです。そして強力な魔物を罠で弱らせた後に倒して力をつけていった」


 凄いなそれは。荷物持ちの男さん視点の話を物語にしたら人気が出るんじゃないか。

 “勇者に嵌められたので迷宮内でサバイバルしていたら強くなりすぎた件について”みたいな。


「荷物持ちの男、いや“元”荷物持ちの男はそのまま迷宮を踏破。迷宮で手に入れた魔法や技術をもとに尋常ではない強さを手にして帰ってきたのです」


 ジェイソンは大きな……とても大きなため息をつき、しばらく黙り込んでしまった。


 何だろう。思い出したくないのかな。何か言葉をかけてあげた方がいいのか。

 明槻さんは何も言わないし……。


「ええと……まだわからないんじゃないか。ジェイソン君が荷物持ちの男を罠に嵌めたって気づいてないかもしれないし」


「いえ、自分が罠に嵌めたことを荷物持ちの男は知っていました。なぜなら、奴が落とし穴に落ちるときに『馬鹿め、荷物持ちの分際でシスターに近づくからだ。身の程知らずの荷物持ちが!』と奴にだけ聞こえる声で勝ち誇ったからです」


「勝ち誇っちゃったか……」


 ツーアウトですね。


「勝ち誇らずにはいられませんでした」


 哀れ。


「自分たちのパーティが実績を積み、国からの依頼をこなすような大物になったころ、元荷物持ちの男はある日突然現れました」


 あんまり自分のことを大物とか言わない方がいいのではないかなと、老婆心ながら思います。


「元荷物持ちの男は自分のことを糾弾しました。お前は俺のことを邪魔だから消そうとしたと。まあその通りだったのですが、自分も認めるわけにはいきませんから必死に弁明しました。幸いどちらも証拠はなかったので、その場では勝負無しといった形で収まりました。一応自分も優等生でとおってましたからね」


 おっ、かなり形勢は悪いがまだ何とかなるか?


「一旦その元荷物持ちの男とは分かれたものの、自分はこのままではマズいと思いました。自分の目的のために奴はあまりにも邪魔だと」


 ああなんかダメそう。悪役っぽいもん、考えることが。


「自分はあらゆる手を使って、元荷物持ちの男の排除に動きました。奴が受けた依頼を把握してその近くに魔物の大群を用意したり、宿屋に暗殺者を派遣したり、親密になった貴族に一芝居打ってもらって犯罪者として処刑しようとしたりしました」


 行動力あるな。人輪にはもとるが。

 ちなみにスリーアウトね。


「しかし、そこまでやっても奴の排除に失敗しました」


 そんなに強かったのか。その元荷物持ちの男は。


「魔物の大群はあっさりと全滅させられました。奴は町を救った英雄として一躍名の知れる存在となりました」


 あらら。


「派遣した暗殺者はなぜか奴の仲間になりました」


 何でだよ。


「貴族を使って奴を処刑しようとしたら、なぜか王女が出てきて貴族ごと自分の暗躍までつまびらかにされました。ジエンドです」


 きっと元荷物持ちの男君は裏で偶然王女のピンチを救ったりなんなりしていたんだろう。


「ちなみに奴を倒すために計画立案力を磨いた結果、勇者業でもそのスキルが遺憾なく発揮されたみたいでして、いつの頃からかから策謀の勇者と呼ばれるようになりました」


 なんか勇者にしては変な二つ名だと思ったんだよ。性格悪そう二つ名だなって。


「そういうわけで荷物持ちの男を排除しようとしていた事実が世間にバレた自分は罪人として牢に入れられました。当然仲間達もシスターも自分のことを軽蔑し去っていきました」


 ジェイソン君の目が、死んだ魚みたいになっている。


「その後、なんやかんやあって元荷物持ちの男はシスターに告白。シスターも涙を流して喜んだそうです。そして二人は当然結婚することに」


 良かったのかな、うん。


「牢の中でその知らせを聞いた俺……自分は、最後の力を振り絞って自分の武器を召喚し脱獄しました」


 ああ、生まれつき使えた特別な力ってやつか。


「ちなみにあなたが生まれつき使えたというその武器は、どのようなものだったのですか?」


 これまで黙って聞いていた明槻さんが、あまりにもバッドな話の流れを変えようとしてかそんな質問をした。


「チェーンソーという回転する巨大なノコギリのような武器です。自慢ではないですが完全に一体化して戦うことも出来ましたよ。当然脱獄でも役に立ちました」


 ジェイソンってそのジェイソンかよ!


 襲名制なのかな。

 最もチェーンソーに愛されたものがジェイソンの名を襲名する、みたいな。


 そう言えば書界は物語の世界からはみ出してきた者の受け皿みたいな話をしていたな。

 ほなそういうこともあるか……。


「脱獄した自分は、元荷物持ちの男とシスターの結婚式場に乗り込みました。固く閉ざされた扉をチェーンソーでぶち破り“その結婚ちょっと待った!”と言ってやったわけです」


 やるなあジェイソン君。可哀想に。


「元、仲間達にボコボコにされました」


 可哀想に。仕方ないと思うけど。


「最終的に奴との一対一の勝負に破れ、なんかいい感じの愛の障害的な扱いでまとめられそうになった自分は、覚悟を決めました」


 ん?


「覚悟?」


 なんの?


「盛大に自爆して結婚式を物理的に破壊する覚悟です」


 キマリ過ぎな、覚悟。


「結婚式場のど真ん中で力を暴走させて盛大に自爆してやりましたよぉ! 最高でしたね!!」


 急にハイになるな! 怖いから!


「…………まあ仲間には結界術の達人がいたので嫌がらせくらいにしかなってないと思いますが……………………え、自分の人生嫌がらせで終わり……?」


 急に正気に戻るな! 悲しいから……


「まあ、一石は投じたんじゃない? その……結婚式に」


 俺は何を言っているのだろうか。


「え……自分の人生、一石…………?」


 その、すまん。


「……そういうわけで、嫌がらせの一石だった自分の人生は爆発したわけです」


 ジェイソン君は“ははっ”と乾いた笑いを浮かべた。


「まあ、それから塔で目が覚めて、必死に登り詰めてここに来たというわけですよ」


 塔? 急に知らない単語が出てきた。


「誰か……その…………こんな自分を、救ってください……」


 ジェイソン君は籠手を嵌めたまま両手で顔を覆うと、さめざめと泣き出した。塔について聞ける空気じゃないですねこれ。


 まあ……なんと言うか…………強く生きろよジェイソン。

 いや、彼は既に死んでいるのであった。


……これから、あの……どうするんですかね。

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