第一章6 明槻彩芽の解決法

「策謀の勇者・ジェイソン。あなたのことを愛しましょう」


 明槻さんは全てを聞き終えた後、穏やかにそう言った。


「確かにあなたは褒められないような行為に手を染めました。恋敵を憎み、排除しようとし、そして手法を間違ったがために全てを失ったのです」


 それはもう見事な転落人生だった。


「人を害そうとすることは許されざる行為です。そしてあなたは罰を受け、死に至り、ここへ来た」


 明槻さんはジェイソンのことをじっと見つめている。


「ですが、あなたの人生全てが悪だったとは思いません。少々調べさせてもらいましたが、あなたは勇者として真摯に活動していました。助けられたものもとても多い」


 司書室はよりよい転生をサポートするため、転生する魂のことを調べることができる部屋があるそうだ。


 まあ、新米の俺にはまだ使い方がわからないのですが。


「よって、私はあなたのことを愛しましょう。あなたは罪に対して罰を受けました。ならば功には報いがあって然るべきですからね」


 明槻さんは慈母の如き微笑みでもってジェイソンへと語りかけた。


「愛……ですか」


 悲しみにくれていたジェイソンは明槻さんの言葉を聞いて、おずおずと顔を上げた。


「ええ。愛とは、その幸せを想うこと」


 明槻さんはその白く華奢な手で、ジェイソンの震える両手にそっと触れた。


「私はあなたに幸せになって欲しい。職務ではありますが、折角縁を結んだ方に不幸なままではいて欲しくない」


 明槻さんは真摯に語りかける。


「だから教えてください。何があなたをこの部屋まで連れてきたのか。あなたが常の魂と同様に洗練されることを良しとせず、あなたのままこの部屋に至らしめたその願いを」


 明槻さんの言葉を受けて、ジェイソンはしばらく沈黙した。


 ほとんどの魂と同じように流されるまま消え去らなかったジェイソンの願いとはなんだったのか。

 人は死して何を思うのか、気になった。


「……正直。なんで自分がここに来たのか。何がしたくてこの部屋にたどり着いたのかをうまく言葉に出来ないんです」


 ジェイソンはしばらくして口を開いた。


「荷物持ちの男に恨みはあります。ただ、自分が悪いことはわかっていますし……今さら奴を倒したところで自分が失ったものは帰っ来ないでしょう。そう思うとあまりモチベも高くないのかなと」


 モチベ高くないか。


「あとはまあ……シスターと結婚したかったですね」


 それはそうだろう。というかそれ以外何かあるのか?


「ただこれもなんと言うか全く現実感がなくてですね。結婚したらあれが出来たのに、これが出来たのに、という具体的な後悔みたいなものが全く無いんですよね。所詮は漠然とした夢みたいなものだったんですかね」


 最初から思っていたが、なんと言うか理性的だな。やはり死ぬと悟るとかあるのだろうか。


「となると……困ったことに、わかりやすい心残りみたいものが思いつかないんですよね」


 そんなことあるのか……。

 強い願いと精神を持ったものしかここには来ないような話を聞いていたのだが。


 これは明槻さんも困ったのではないかと思って横顔を盗み見てみるが、なんと余裕の表情を崩していない。

 

 何か業務経験上の当て等があるのだろうか。


「ジェイソンさん。わかりました。あなたの心残りはおそらくシスターに付随知るもので間違いないでしょう」


 明槻さんはそんなことを言った。

 シスターに付随するものってなんだ……? ロザリオとか修道服とか?


「シスターに付随……?」


 ジェイソンもよくわかっていないようだ


「策謀の勇者・ジェイソンさん。あなたはシスターに何を求めていましたか」


「それは……その、お付き合いしてお出掛けしたり、手料理食べたり、嫌なことがあったら慰めてもらったり…………後はあの男女関係的なソレとか……」


 そういやジェイソンはまだ二十歳にもなっていないのだった。そしてどうもそういう経験もなかったらしい。


 …………まさかな。


「そうでしょうとも。つまりあなたはシスターに愛して欲しかった。そういう経験をしたかった。しかしそれはもう叶わない」


 明槻さんが畳み掛ける。


「ちょっと待ってください。それじゃあまるで自分は童貞を卒業したかったから、それが心残りでここへ来たと、そう言いたいんですか!」


 言葉にすると確かにちょっと恥ずかしいかもしれない。


「いえ、それが全てだとは思いません。あなたはシスターからの愛を受けたかった。その中目標のうちの一つとしてチェリーをパージするという願いもあったのだろうと思います」


 ジェイソンは愕然としていた。


 しばらく首をふったり俯いたりしながら葛藤していたようだったが、やがて首を一回縦にふった。


「否定はしません。今心残りとして思いつくのはそれくらいです」


 そこでジェイソンは一息おいて。


「愛を知りたい」


 なるほどチェリーやらなんやら言っていたが結局のところ、女性から愛されるということを知りたいといったところだろうか。


 気持ちはわかるような気もする。独り身のまま死んだらそう思っても不思議じゃない。

 それにジェイソンは若いんだ。尚更だろう。


「よく言ってくれました。シスターではなく私で不満かもしれませんが、私の全力をもってあなたのことを愛しましょう」


 明槻さんはそう言って、ジェイソンの手を取り立ち上がった。


「湊の間という移動に使える部屋があります。そこから移動して策謀の勇者・ジェイソンさんに愛を教えてくるので、すみませんが二見さんはゆっくりしていてください」


 ジェイソンは戸惑いつつも満更でもなさそうな表情で明槻さんに手を引かれている。


「さあ行きましょう。男と女のバト〇ドームへ」


 明槻さんバトル〇ーム好きすぎでは?


 止めるべきかどうか悩んでいたら、あっという間に二人は部屋から出ていってしまった。


 そして夜想曲が奏でられたってわけ。




 ちなみにこれ俺が一人で対処していた場合詰んでいませんか?

 

 いや、明槻さんの話しぶりからすると最初からジェイソンが求めることを知っていたのかもしれない。

 魂の情報を調べることが大切なのかもしれない。段取り八分というやつだろうか。


 さて、これからやることなくなってしまったけれどどうしようか。


 とりあえず、天守さんがいつ来てもいいように仕事をしている振りくらいせねばなるまい。

 今やったことでもパソコンにまとめて、後は適当な雑務でもやっておきますかね……。



***



 三時間後。

 明槻さんだけが帰ってきた。


 心なしか、肌がつやつやとしているような気がしている。


「おつかれ様です。その、ジェイソンさんは?」


「昇天しました」


 いや、どっちの意味ぃぃぃぃぃ。


「彼は昇天して昇天しました」


 ダブルミーニングとはおしゃれですね。

 ジェイソン君は昇天して昇天したそうです。


 なんじゃそりゃ。


「まあ今回は私の得意分野でした。天守さんがそう配慮してくださったのでしょうね」


 今回は明槻さんの得意分野を見せてくれたということだろうか。

 確かに学ぶものは大いにあったように思う……とても真似できるとは思えないが


「明槻さんの得意分野ですか?」


 何となくわかるような気もするが、明槻さんがどう思っているのかを聞いてみたかった。


「私は少し特別な体質をしています。その体質を活かして、多くの人に愛を届けたい。そう思っています」


「どうしてですか」


 明槻さんは“うふふ”と微笑んだ。嫣然な笑みとはこのような状況で使う言葉なんだろうなと場違いな感想が頭をよぎった。


「よく言うじゃないですか。愛は全てを解決するんですよ?」

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俺は幸せになりたい。だから人々を転生させる仕事に就いた @Lifeimk

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