第一章4 初めてのおしごと! ーー策謀の勇者ジェイソンーー

 社会人生活二日目。


「おはよう二見クン。彼女が今日君と一緒に仕事をしてくれる司書室の先輩、明槻 彩芽さんだ」


「おはようございます、二見君。書界管理課司書室現地調査担当、明槻 彩芽(あかつき あやめ)と申します。以後、よしなに」


 朝、司書室に出社すると早速天守さんから、本日一緒に仕事をする先輩を紹介してくれた。

 先輩の名は明槻 彩芽さんというらしい。昨日も見聞きしたような名前と容貌をしているが俺の気のせいということでよろしいか。


「ああ、いきなり入社初日の子をクライアントの前に出すわけがないじゃないか。昨日の研修は二見クンの為に同じ書界管理課の明槻さんに転生する魂の振りをしてもらっていたのさ。一応付け加えておくと、当然明槻さんはこの世界に生きている人間だよ」


 ぐうの音はぎりぎり出るかなと言ったところである。


 というか明槻さん、昨日は転生する魂の役作りであんな変なことを言っていたということでよろしいか。


「昨日の初研修では少々意地悪をしてしまってすみませんでした。でもトラックに轢かれて死んだこと以外に嘘は言っておりませんので、許してくださいね」


 明槻さんはそう言って俺にウインクを飛ばしてきた。かわいいと思った。


 いや違う、嘘であれよ。



***



「二見クン。それじゃあ今日は明槻さんと組んで転生する魂の対応だ」


 入ってすぐの全員の席がある部屋が事務室だ。ここには各自が使うパソコンも置いてある。

 基本的にはこの部屋で仕事をしつつ、専門的な仕事をする場合は必要な設備のある部屋に移動して対応するらしい。


 ちなみに部屋の名前も教えてもらった。昨日俺が明槻さんと楽しくおしゃべりをした下へ続く螺旋階段があるアンティークな部屋が【転生の間】というらしい。他にも【秤の間】や【湊の間】などいろいろな部屋があるのだとか。

 名前からはどんな部屋なのか見当もつかんな。


 そういえば昨日【転生の間】に向かう道中にいくつか特徴的な扉があったような気がする。そのうちのどれかが【秤の間】や【湊の間】であったのかもしれない。


 司書室自体四人しかいない部署なのでこの事務室を含め部屋の広さは大したことないが、部屋数は結構あるようだ。


***


 朝にいくつか事務連絡を受けた後、俺は昨日も来た奥に螺旋階段があるアンティークな部屋【転生の間】で転生する魂が来るのを今か今かと待っていた。

 明槻さんと二人で。


 天守さんは「あまり人数が多くても相手が萎縮しちゃうからね」なんて言って俺たちのことを送り出してくれたので、ここにはいません。


「二見さん。緊張されてますか?」


 明槻さんが初仕事ですからねと、微笑みながら話しかけてきた。

 まあ当然緊張はしている。しているのだが、それは今から初めて本物の魂を相手にするからというよりは、明槻さんと二人きりという状況そのものに対してですかね。


「そんな時は一度経験してみることが肝要です。経験することで自信もつきますよ」


なんか引っ掛かる言い方だと思うのは偏見があるせいでしょうか。


「それでは読んでみましょう。転生待ちの方、いらしてください」


 あっさりと明槻さんが転生者の魂を呼んだ。

 昨日と同様であれば部屋の真ん中にある魔方陣が光出すのかと思ったのだが、しばらく待っても特に光出すようなことはなかった。

 ……不発だろうか?


 いや、僅かに音が聞こえる。これは何だ? ガシャガシャと金属が擦れるような音が微かに聞こえる。


 さらに十数秒もすると音は微かでもなんでもなくなり、ガシャガシャとした音がはっきりと耳に届くようになった。

 音はさらに大きくなり、ここまで来るとどこから聞こえてくるのかもハッキリと分かる。

 音は奥の螺旋階段から聞こえている。


 一歩また一歩と階段を上る足音と共に、ガシャガシャとした音が近づいて――


 そしてそいつは現れた。


「よろしくお願いします。策謀の勇者・ジェイソンと言います」


 螺旋階段から現れたのは全身に鎧を纏った中世の剣士然とした青少年。

どこか幼い顔つきの彼は、自分は策謀の勇者・ジェイソンであると語ったのであった。


 策謀の勇者・ジェイソン!?



***



「策謀の勇者・ジェイソンさん。よくここまでたどり着きましたね。どうぞ、お座りになって」


 明槻さんは策謀の勇者・ジェイソンの登場にも怯むことなく自然体でジェイソンに席を勧めた。


 確かにこちらの世界から書界に転生する魂ばかりではないとは聞いていた。書界からこちらの世界に転生する魂の管理も業務だと。


 にしても格好が異世界過ぎてちょっと心が追い付いていない。


 ひょっとしてこれくらい普通のことなのだろうか。だとしたら早く慣れなければならないが……策謀の勇者・ジェイソンは予想外と言うか……。


 しかも本人は鎧は着ているものの、どちらかと言えばかわいい系の顔立ちだ。ジェイソンと言われてもやはりしっくり来ないと言うか。


「ジェイソンさん」


「あ、策謀の勇者・ジェイソンでお願いします」


 明槻さんが何か話そうとしたが、早速出鼻をくじかれた。どうもフルネームで読んで欲しいらしい。


「ああ、すみません。自分の国では名字がなくて、その人の活躍や経歴を名前の前につけて区別をつけるんです。ほら、ジェイソンなんていっぱいいるじゃないですか」


 あはは、と笑いながらジェイソンはそう言った。

 とりあえずわかったことは、どうやら彼の国ではジェイソンという名前はあり触れているらしいということかな。


「……では策謀の勇者・ジェイソンさん。ようこそ転生の間へ。あなたの執着を解放し次の生へ繋ぐことがこの部屋の意義です」


 明槻さんはジェイソンのことをその両目で見つめ、聖母のような微笑みと共にこう言った。


「あなたが思い残したことを教えて下さい」



***



 ジェイソンは明槻さんの言葉に少し悩んでいたようだったが、少しして「少し長い話になります」と思いきったように切り出した。


「……自分は悔しいんです。自分の努力がなにも実らなかったことが」


 彼はソファに腰かけたまま小手に包まれた両手を上半身の前で握りしめて、ゆっくりと話し始めた。


「自分は書界のとある王国の小さな村の出身です」


 懐かしむような口調だ。

 こうしてはっきり見えると忘れがちになってしまうが、ここに来ているということは目の前のジェイソン君はすでに死んでいるということになる。

 それは自分の過去に思うこともあるだろう。


「ご存じかもしれませんが書界は物語の世界からはみ出してきた“語人”(かたりびと)を中心とする世界です。当然語人は自分の物語に沿った力を使うことが出来ます。自分はそんな語人の血を強く受け継いだ子孫だった自分は生まれつき特別な力を使うことが出来ました」


 特別な力とはファンタジーだな。


「当然周りの人よりも強かった自分は、王国を苦しめている魔王を倒す勇者となるべく生まれた小さな村から王都へと旅立ちました」


 魔王とかいたんだ。ファンタジーが過ぎないか?


「行く先々で依頼をこなし、仲間を集ってさらに依頼をこなし、王都につく頃には自分と自分の仲間たちの名前も有名になってきました。その頃は“伐採職人・ジェイソン”なんて呼ばれていましたね」


 庭師かな?


「仲間、パーティメンバーは五人いました。勇者ジェイソン、女戦士、シスター、女盗賊、荷物持ち(男)」


 ん?


「王都で依頼をこなすうちにパーティの実力はさらに磨かれました。魔王の手下程度には苦戦しないくらいには強くなったんです」


 ジェイソンは一つため息をついた。


「そしてその頃、仲間の人間関係にも変化が出てきました。具体的には自分がシスターのことを好きになっていたんです」


 なんか急に話が変わったな。


「ただシスターは荷物持ち(男)と幼馴染でした。そして明らかにシスターと荷物持ち(男)は両想いぽかったのです。なので……」


 なので?


「シスターと付き合いたかった自分は、ダンジョンの奥で荷物持ちの男を無能だとパーティから追放し、置き去りにしました」


 やっちゃったねえ!!

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