こんな寄席風景です 2


皆で楽しみにしていた寄席を開いてのことでありました。


 金ちゃんの初舞台は小噺をちょいとアレンジしただけのものでしたから、あれからたくさん稽古を致しまして、今回は少々ステップアップをしようと張り切って、金ちゃんは自分で創作した落語を披露することになりました。行きつけのお店「トロピカル奄美」の宣伝をするからぜひ皆で見に来てよ、とそりゃぁもうしつこく強制的招待をし、お店の人達を前にそのネタを得意気に披露したのでありました。


「お奉行さま、それは全くの濡れぎぬというもので、へい。 アッシは代金をちょろまかすような、そんな悪いことは決して致してはおりません」


「それならばそのほうに聞くぞ。スナックはえーっと何と言う名だったかな、そうだ、そのほうの行きつけの店の名は確か『ツル・ピカリ尼の南無』と申したか」


「いいえわたくしは、『トロピカル奄美のなみ』という者でござい・・」


「なに、『トロ・ヒカリ・アナゴの並』か。なにっ違うとな。はっはっは、いやいや許せ、わかっておる、ちょっとかまってみただけじゃ・・・」


「して、でくの坊、いや違った金の坊。その方あくまでも白を切るというのならば・・ええい、この桜吹雪が目に入らねぇか・・」


 と言いながら金ちゃんは片肌を脱いで、前日の夜に奥さんからマジックで描いてもらったという、沢山の桜の花びらの描かれた腕を見せびらかしました。オーバーな動作で立てた膝からチラッと見える太ももが、ちょっぴりセクシーでもあり、前の席の中年女性には大いに受けたようでありました。


 やたらお店の名前をアピール致しましたから、もちろんご祝儀はしっかりと頂戴しましたので、この方法で皆の行きつけのお店の宣伝をして、会の収入にしようかなどと、せこい考えが皆の頭に浮かんだりも致しました。



 さて、金ちゃんの次に登場しました、人気女性噺家であるわれ等がつる子姐さんでありますが、この方もまた金ちゃんに負けず劣らず、この日すごいことを考えて来ておりました。相変わらずいつまでたっても小噺「桃太郎」から先に進まないのが気になって仕方のない彼女「いつも同じ話を真剣に聞いていただいて申し訳ございません」と、しきりに誤るので不思議な予感も致しておりました。が、その後の言葉がこうでして


「え~、みなさま、毎度つたない私の噺にお付き合い下さいまして、誠にありがとうございます。いつもでございますれば、私が皆様に噺を聞いていただいて、私の噺の出来を皆様が評価して、お点を付けて下さるというところでございますが、本日はその反対でございまして、私が皆様の噺の聞きっぷりを採点させて頂こうと思っております」


「どうぞ私の話を最後までしっかりと聞いて下さいませ、お願い致します。・・え~、あのぉ、もう始まっておりますよ、お点が付きますからね、そのおつもりで宜しく」


「では、むかぁし昔あるところぉに、お爺さんとお婆さんがぁ・・。お婆さんが川へ洗濯に・・・お爺さんのおふん・ど・し・と、お婆さんの真っ赤な大きな大きな都腰巻を洗っておりますと・・どんぶらこっこ、すっこっこ、あ、皆さんただ今もワタクシ採点致しておりますよ、それっどんぶらこっこ、すっこっこ・・」


 と、強力な予備校の指導者のごとく、採点だ得点だとやたらうるさいつる子姐さんでありましたが、オチまでたどり着きますってぇと


「え~そこでお爺さん、柴を刈らずにくさかった」で終わるやいなや、金屏風の後ろへスススッと走って行って、小さな箱を持ってやって来ました。そして


「皆さま、本日は私の下手な噺にお付き合い下さいまして、誠に誠にありがとうございました。皆さまは大変お上手に私の噺を聞いて下さいましたので、私から差し上げるお点は満点でございま~す」


「そこで皆様へのご褒美と致しまして、こちらをお撒き致しますのでお受け取り下さいまぁせぇ・・そぉれっ・・そぉれっ・・」


 と叫ぶや、会場のあちらこちらに万遍なく、箱に手を入れ掴み取ったものを花咲か爺さんの如く、まるで雨が降るように撒いたのでありました。皆は突然百円玉や五十円、十円などの小銭が、目の前にバラバラと降ってきたものですからもうビックリしてしまい、慌てて拾うやら呆れて笑いころげるやらで、それはとても賑やかでありました。



 そしてこの奇妙な落語というか変な出し物が、あげくの果てに鬼頭さんにまでも伝染してしまい、


「この頃の若い者の乱暴な言葉には弱ったもんですなぁ。うぜえ、とか、ざっけんな、なんて、全くもって何てぇ言い草であろうか、ねぇそうでしょうが。小さな子どもまでもがいっちょ前に、自分の母親に向かってクソばばぁ、なんて平気で言うんですからもう呆れてものが言えない、ったく。何てぇことだ本当に、よくもよくもクソばばぁなんて・・」


 すると鬼頭さんの怒りの言葉に、弦巻さんが加勢したつもりなのでしょうか


「そうだ、そうだ。冗談じゃねぇやガキのくせに、クソばばぁなんて言うんじゃねぇ、クソしねえばばぁがいたら連れて来いってんだ、ったく・・」


 そのヤジに鬼頭さんが烈火のごとく怒ったのは言うまでもありません。


「きみぃ、何を調子に乗って言ってるんだ、ばかものが! そういうことを言う奴が一番悪いということが全くわかっちゃいないのかね、愚者め! と言っても君には愚者というその意味すらわからんだろう、全くもって愚か者めが・・」

 と、なかなか怒りが収まりません。


 憮然とした鬼頭さんはいつものつまらない落語が更につまらなくなって、つる子姐さんの賑やかな舞台から急に暗くつまらない舞台に変わって、それもどうにか終わると皆が揃ってほっと息を吐いた程でありました。


 鬼頭さんの喧嘩ごし落語、銭形平次のようなつる子姐さんの銭撒き小噺、金ちゃんのくどいCM落語など等で、どうなることかと心配された舞台も、馬さんの落研時代の親友で木場の旦那が本職に弟子入りし、セミプロとして活躍している橘百圓(たちばなのひゃくえん)師匠がトリでしめてくれて、どうにかそれらしくまとまり終演となりました。


 「私の名は橘百圓でありますが、消費税が付きますってぇと百五圓(当時の消費税は五%でした)ということになりまして・・」と自己紹介しました彼でありますが、いやはや皆の芸を見せ付けられた後の本物の芸は、やはり消費税以上にすごい! としか言いようがありませんでした。


 

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