第28話 こんな寄席風景です 1
皆の気持ちがぐっと盛り上がると、盛んに寄席を企画したりお祭りなどに呼んでもらおうと努力したりしましたが、芸が全く未熟でありますから、付け焼刃と言いますか何と言いましょうか、いやはや本当に、自己満足の塊を無理やり人さまに押し付けているようなものでありました。
ある時念願が叶って、町内のお祭りに呼んで頂くことになりました。皆は張り切ってその日に備えました。備えるといっても我らのことですから知れたもので、一所懸命に練習に励んだという訳ではありません。打ち合わせとか対策とか称して何度か集合がかかり、飲みながら大喜利をやろうとか、その為の練習として二三の題を出して出来具合をみてみました。どれほどのものが披露されるかなど、言わずもがなというところでありまして。
さて、当日のその大喜利ではどんなふうだったでしょうか。
豊楽さんは沢山のお客に向かって得意気に「さて~っと、どなたかにお題を頂戴いたしたいのですが、え~っと誰かぁ~いませんかぁ~」などと言って、会場中を見渡しております。中には我らの腕前を知っている人が何人もいて「え~、お題を貰ってすぐに出来んのぉ」とか「台本なくっていいのかな?」なんて言う声がちらほら聞こえてきました。そんな中で誰かが「お祭りで」とお題を出してくれました。
会場の不安げな声をものともせずに、余裕綽々の態で「はい、只今お祭りとかけて、というお題を頂戴いたしました。さぁそれではやってみましょう」と、自信満々の顔で舞台の前に進み出ました豊楽さん。そして大きな声で皆の注目をいっぱい受けながら、今お題提供したお客に向かって妙に微笑んで言いました。
「お客さん、えっ、あ、そうですかぁ、はいはい、わかりました。そのお題、確かにワタクシ頂戴致しました。梅雨ですね、はい、では梅雨とかけまして、え~もうすぐ結婚式を迎える娘とときます」
あれあれ、ちょっと違うぞという変な感じがする人達には全くお構いなしで、すぐさま他の仲間が「そのこころは」なんぞと合いの手を入れますと、白々しくも
「晴れの日が待ち遠しい」と平然とした顔で答えるのでありました。
更にはどこでも使おうと用意してある、切り札となった例の言葉を出してきて、
「お祭りに集まった本日のお客様とかけまして」
などとまた勝手に自分都合の題を出してきて
「産婦人科の待合室ととく」
とこれまた勝手に回答しております。するともう手の内の分かっている他の仲間が
「そのこころは」と合いの手を打つと
「太っ腹の人が多く来ています」
と言って、仲間うちでゲラゲラ笑って大喜びしております。
またある時、近所の福祉施設のお祭りに参加した時のことでありました。
町内の婦人部の踊りや中年のジャズバンド、手品、サンバのダンスチーム等々、沢山いる出演者の中で、どうしようもなく未熟なわれ等の出演に対して、舞台の一番前で座っていた数人が、何故か大きな拍手と声援で迎えてくれたのでありました。そこで豊楽さんはすっかり気をよくしまして、会場に響き渡る大きな声でご挨拶を
「え~、皆さまこんにちは、東谷の加山雄三でございます」と言いますと、そのお客達は「アハハハハ加山雄三だってぇ」とゲラゲラ笑い出し、何故か暫くの間その笑いは止まりませんでした。豊楽さんはこのキャッチフレーズが気に入ってもらえたのかと思って嬉しくなり、更に話にテンションが上がりました。
「ねぇ、大家さん、どうしてマグロはマグロっていうんですかぁ」
「そりゃぁ海ん中を大群で泳いでいると真っ黒い塊になるだろぅ、それを見た人がまっくろだぁ、まっくろだ、でマグロってなったんだよ」
「それじゃぁ、イワシってどうしてイワシってんですかぁ」
「いいかいお前、海ん中にトイレがあると思うかい、ないだろぉ困ったもんだぁな。ああぁ用を足したいなぁと思ってもしようがない。ヨシっそんじゃぁ仕方ない、ちょいと岩のかげでもってシーッと。なっ、岩でシー、岩でシーでイワシとなったなぁ・・・」
会場中がどっと大笑いしました。するとその前の数人のお客達がまた妙に喜んで
「サンマがシーだってアハハハハ面白いね。あのさサンマ、私大好き。あんたは? サンマっておいしいよね。ふふふ、サンマがシーだなんてホント、いやだぁ、おかシー・・」
と大笑いです。こちとらとしましては、何故だかイワシがサンマに代わったことがおかしかったのに、これが又いつまでもいつまでも笑いころげているので、その笑いに他のお客がみんなつられて、ついには会場中大爆笑となり、誰も噺などはそっちのけのような状態になってしまったので、もう噺の続きはどうでもいいや、という感じになった豊楽さんはすごすご舞台を降りてしまいました。
このようにお祭りやお座敷などの余興の席で、落語を聞いてもらうのはとにかく大変なことでありまして、こんな話術でぶつかっていくのは無謀なことに違いありません。ではゆっくり聞いてやろうじゃないの、という協力的なお客の前ではどうかといっても、やはりこの連中の技ではまだまだ無理のようでありまして。
それでもなおかつ、無理を承知で寄席をやろうと張り切るのが、性懲りのない我ら東谷落語研究会のメンバーなのでありました。
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