ケーブルテレビに出演しちゃった 2

 さて、ここで最近仲間入りした、二人の議員さんの芸名についてお話しておきましょうか。まず楽扇(がくせん)さんなんですがこの方はね、入会当時は衆院選出馬候補でありまして、毎日せっせと選挙区を走り回っておりました。どこかでこの東谷落語研究会の評判を聞いたのでしょうか、仲間に入りたいと広原さんに頼まれたんだそうです。


 でも実は私、この会の崇高なるモットーを「会には政治も宗教も、貧富の差も肩書きも、己の借金も持ち込まない」としたいものと心から望んでいましたので、政治家さんにはご遠慮願いたいものと思いました。しかし師匠ったら来るものは拒まず、会費さえくれればけっこーけっこーと、にわとりならぬ金とり第一主義から、心より歓迎したのであります。


 大体において、師匠がかっこ付けからか作成した規約なるものには、その最初に「俺より上手くなったら破門になるぞ」と書き記し、末尾に「この会に入門した者には、町内の噺家さんと気軽に楽しく酒が飲める特典あり」等と、どうでもいいことが列記されておりましたが、厳しい掟や崇高なる理念なんて皆無でありますから、けっこーけっこーと鳴く鶏さん達の集まりとなるのであります。


 そしてその彼への命名なのですが、何とまぁこれがおぞましい!!「楽扇(らくせん)」っていうのですからギョギョギョッ、お~こわっ! これって政治家が忌み嫌う魔の言葉ではございませんか。大胆にも不敵にも、未来の総理大臣になるやも知れぬ原石に、師匠は何ということをしてくれるんでしょう。


 あ~、見える見える、この石に手をかざせば貴方の将来の姿が~ぁ・・なに、何も見えぬと? ならば改名しよう、と師匠はもったいぶって言いました。


「いやぁ改名するには惜しいかなこの名前・・おぉそうだそうだ名案が!よし、それならば楽扇(がくせん)ではどうだ。いい名だろう」


 などとからかって喜ぶ師匠なのでありました。でも私は陰ながらこの名前に、楽に選ばれて当選し、日の丸の図柄にアッパレと書かれた扇子を持って、大いに喜ぶ彼の姿を想像しておりました。


 すると彼は満面の笑みでこう言いました。


「はい、お師匠様、ありがたく頂戴致します。誠に良い名で・・・」


 とありがたがる彼に、職業に因んだ名であるからには日頃は「らくせん」と呼ぶぞと、意地悪なことを言って喜ぶ師匠でありましたが、たとえ師匠だからと言ってもホント、悪趣味だとは思いませんか。


 因みにこの名前が良かったのでしょうか、甚だ疑問ではありますが楽扇(らくせん)さんは落選どころか、彼の選挙区で見事トップ当選したのでありますから、誠に持って不思議ですよねぇ。


 さてこの楽扇さんを師匠が余りにも「らくせん、らくせん」とからかうので、日頃のお詫びを兼ねてこの日、私は一計を案じて来ておりました。芸名を書いた紙、これは「めくり」と言うのですが、「酒之家楽扇」の他に「十」と一文字だけ書いた四角い紙を用意し、こっそり「楽」の文字の上に重ねて貼っておきました。


 そしてさあ、彼の出番となりました。出囃子にのって、すんなり出て来ますってぇと・・。


「え~、皆さま、いつも多大なるご支援を頂いております大森一善でございます。私のモットーである一日一善!と言ったって大盛りのご飯をたった一膳、という訳ではありませんよ、一日一回、善いことをしましょうと、名前にたがわず行動しようと頑張っております。」


「本日は一生懸命に練習してきました落語を一席。え~、こちらの横に書いてございますがぁ、私の芸名は酒之家楽扇・・」


 と言ったところで何故か会場がざわつきだしました。彼はあれっ、というような顔をして続けようとすると


「字が違うんじゃぁないの」


 と方々から声がかかりました。めくりを見ると確かに違っているではありませんか。「酒之家十扇」となっていて、おまけに名前の上の方に真っ赤な造花のバラの花までついています。まさかこんなことになっているとはつゆ知らずの彼は、不思議そうな顔でとまどっております。

 

 そこで一番前の席に陣取っていた私めが、スルスルと這いつくばるように前に進み出て、彼にだけ聞こえるような小声で「とうせん」と囁きました。十を「とう」と読まない彼は「じゅっせん?」「えっ?なになに、じゅっせん?」と何度も聞き返して来ましたので、こりゃぁ洒落が通じてないなと感じた私は、客席に向かって喉を振るわせ大きな声で申し上げました。


「見事とうせんでぇ~ございますぅぅ・・」

 

 その声に会場の皆が一斉に笑うと、彼は顔をほころばせて言いました。


「お師匠様の奥様に粋な計らいをして頂き、本日、私は当選だそうでございます」


 すると会場の後ろの方に固まって座っていた、後援会婦人部のおばさま達ご一連は、やんやの拍手で喜びあったのであります。

 


 次にご紹介致します一歩さんでありますが、なにせこの人は名前が神聖で恐れ多いんです、神森さんというのですからね。神様のいる森に住み、神森と書いてまじめと読ませてもいいと思うくらい真面目な方なのであります。その神森さんもやはり師匠につけてもらった名前が、政治家に相応しい「酒之家一歩」なんですが、これもまた師匠のきつい洒落からきているんですよ。

   

 図々しい仲間達でしたら、たった一歩だなんて小さな歩数はけちくせぇ、もっと百歩も千歩もなんて言いたいところでしょうけれど、なぜ一歩になったかといいますとね、選挙カーで聞こえるあの声あの台詞、「あと一歩でございます、只今大変に苦戦しております、あと一歩であります。どうぞ宜しくお願い致します、あと一歩なのであります・・」のあれ、ご存知ですよね。でね、日頃は一歩さんでも選挙期間中は「あと一歩」さんと、「あと」を付けて呼ばれることになりました。


 その一歩さんがなんとまぁ、今日の為に創作落語を考えて来ていたんですから、大したものじゃぁありませんか。彼は区議会議員さんでありますから、選挙区のお客様に「区役所見学」という落語を披露致します。さあ、どんなお話を作って来たのでしょうかと、皆は真剣に聞いております。


 それは区議のお父さんが息子を連れて、区役所を見せて歩いているところから始まります。「♪今日は楽しい区役所見学っ・・♪」なんて作詞作曲?もしていますから、立派なにわかミュージシャンとの二刀流でもあります。


「ほらシゲ坊、ここが頭のピカピカ光った偉~い区長さんの部屋だぞ」


「こっちは食堂だ、何か食うか、ここは安くてうまいんだからな・・」と快調に飛ばしていくうちに、そろそろ終わりに近づいてきました。


「ねぇねぇ父ちゃん、さっきから何そわそわしてんだよぉ。」


「なに俺がか?」


「そうだよ父ちゃん。ああそっかぁ、そろそろ終わりだもんな。落語は終わりにオチが必要なのに、父ちゃんったらどうやって終わるか困ってんでしょ。オチがないからオチつかない。オチがなくておちない、ということで・・お粗末でした」

 

 と、さすがでありました。落語の出来は兎も角としても、人前で堂々と話し終える様子は誠に見事でありました。話しっぷりはあと一歩どころか、当選確実でありましたよ。こちらも生真面目な性格が皆様に受けまして見事に当選し、区議会議員から都議会議員へと昇格したのであります。

 

 勿論、選挙期間中は芸名ではなく、心の底から「あと一歩です、あと一歩であります」と声を限りに苦戦を訴え続けておりました。「そうか、あと一歩か。よし、それならば一押ししてやろうじゃないか」と思わせた、誠に良き芸名でありました。


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