第14話  持ちネタ決まる

 何回か練習を重ねていくうちに、各々の持ち味がよく出てくるようになって、誰にどの噺が合いそうかも分かってきました。中でも広原さんが一番熱心に「柿と栗」の小噺をするようになり、わずか数行の会話の中に身近な出来事をおり混ぜて、ちょっぴり話を面白くしています。「うーっ、寒いっ!」という台詞だって、本当に寒そうに感じられるようになって来ました。


 因みにこの広原さんの選んだ「柿と栗」ですが、これ、柿と栗が喧嘩をしたという単純な話なんですけどね、広原さんが選んだ訳はどこにあったのでしょうか。


柿「うーっ、寒い!」

 寒さに震えながら柿が栗に向かって言いました。


柿「おぉい、栗ぃ。寒いなぁ。」


栗「ああ、ホントに寒いなぁ」


柿「だけどもお前なんざぁ三枚重ねだから、そんな寒いことなんざねぇだろうよ」

「渋皮に皮にイガも着てるだろう。俺を見ねぇや、たった葉っぱ一枚っきりだ。すまねえが、どれでもいいから一枚貸してくれねぇか」


栗「冗談言うなよ。三枚重ねだからといったって、どれを一枚貸すってぇ訳にもいかねえよ」


柿「なんでだ・・」


栗「だって、どれを脱いだって困らぁな」


柿「なんだよ、それじゃぁ友達甲斐がねぇっていうもんだぜ」


栗「何言ってやんだ。おめえはもともと貧乏性で柿衣一枚でいるんだ、先祖を恨むがいいやな」


柿「べらぼうめ、貸さなきゃ貸さないでいいけどよ、貧乏性だの先祖だのまで言うこたぁねぇや。生意気なことを言いやがって、このぉ・・」


 柿は真赤になって飛びついたが栗には敵わない。イガで突っつかれてゴロゴロと転がると、下に生えてた松茸の上にポトリと落ちちゃった。


松茸「痛えぇ!」


柿「ああ~っ、す、すまねえ、勘忍してくんねえ・・柿が・・柿がな」


松茸「何?柿がどうした? 喧嘩しただと、何でだ。」


柿「わからねえヤツだあの野郎。着物を一枚貸せというと、貧乏性だの先祖がどうのとぬかしやがるから、飛びついてやったらイガで突っつきやがって・・そんでおめぇんとこへ落ちちまったのよ」


松茸「そうか、でもそりゃぁおめえの言うこたぁ、ちと無理があるぜ」


柿「なぜだ?」


松茸「だって俺を見てみねぇ、まだフンドシも締めてねぇ」



 落語の中には人情話、滑稽噺、怪談話など色々ありますが、バレばなし、といったこの手の話は、どうやら広原さんや榎ちゃんなどが、とてもお気に入りのようであります。

ところで、榎ちゃんの持ちネタとなった「疝気の虫」なんですけどね、そもそも疝気ってなんぞや、と思いませんき?なんて下手に洒落てみましたがどうでしょう。これって江戸時代に泌尿器の病を総称した名前なんだそうですよ。知りませんでした。


 で、その虫はお腹のずっと下の方に住み着いていて、蕎麦が大好物なんだけれど、唐辛子が苦手で触れると死んじゃうんですって。で、この虫が寄生してる人間が唐辛子を食べたらさあ大変、と必死で陰嚢に逃げ込みます。あらすじは割愛しますが、唐辛子をいっぱいかけた蕎麦を食べさせる場面の、会話のほんの一部をご紹介しますと


「宜しいですか、それではいきますよ。まずお蕎麦にはこの七味をかけてぇ・・っとっと、何だいこりゃぁ十二味じゃないか、おい」


「えぇっ、十二味?そりゃ何のことだよ」


「ゴミがへぇってんだよ、ゴミが。七味にゴミで十二味ってんだ。まあいい、しょうがない、これをかけてと、さあいきますよ」

虫は蕎麦が来たぞと大喜びしてお腹の上の方へと上って来た、が、唐辛子もやってきたのでヒャァーと叫んで、サッとお宝ハウスへと逃げ込んでしまった。

 

 ねっ、このお宝ハウスのことを言いたいばかりに、榎ちゃんったらも~う、と思いませんか。それともただ単純に、凄くいい話だ面白い、胸が震えるほど感動した、という理由から自分でも演じたいと、切に思ったのでしょうか、謎ですねぇ。



 こちら武田さんは「桃太郎」が大好きでいつもそれをやって、ドンブラコッコ、スッコッコという台詞が妙に皆に受けました。この「桃太郎」なんですが、これもお馴染のお婆さんが川で洗濯してますと・・というお話なんですが、これが小噺にするってぇとこうなります。


 流れて来た大きな桃を持ち上げようと力を入れますってぇと、このところお芋ばかり食べていたお婆さんですから、思わずブブイーっと出ちゃいましてさあ大変! 何が出たかって? それはそのう、何がでたか? ナニがでがすよ(この洒落、お分かりでがすか? この、がすか?も洒落なんでがすが・・ねっ)


香しいその凄い臭いが風に乗って、山で柴刈していたお爺さんのもとへ飛んでっちゃいました。お爺さんはあまりの酷さに、柴を刈らずに臭かった(刈った)というオチでしてね、それを武田さんが演じますと・・


「誠にびろうなお話で申し訳ございませんが、ここでお婆さん下っ腹に力を入れたものですから、思わずブブブ・ブイイーッと出ちゃいまして・・」


 と、お尻を少し浮かしぎみで言うと、女性が人前で澄ましてオナラの話をするおかしさと、何だか異様に臭って来そうな程の上手な演技が大うけで、この噺は武田さんの持ちネタとなりました。


 年を取って物覚えが悪くなったから、噺を覚えるのは大変なのだと嘆く彼女に、だったらこの小噺に身の回りの出来事をアレンジして、話してみるのもいいだろうと皆の意見は一致しました。一字一句間違えないように言うことは大変なことであっても、身近にあることをサッと取り入れて、アドリブでこなすのは得意な武田さんでありました。



 佐川さんはいつも皆が集まってだいぶ盛り上がった頃、やっと仕事が終了し大急ぎでかけつけて来ます。広原さんや武田さんの話に大いに沸いている所に着いて、いきなり次はお前の番だと言われると何かおどおどしたように


「いやぁ、今来たばっかだから一服させてよ。パーマが多くてさ、今日ずっと飯もろくに食えなかったんだよ」


 と言い訳をして、お茶をおいしそうに飲むのでありました。


 弦巻さんは発会式の日から緊張の連続で、未だに紙を見ながら棒読みで話します。

「栗に向かって柿が言いました。お前はいいよな、そんな立派なイガにくるまって・・」


 全く面白くも何ともありません。これが本職さんだったらどんなに叱られることでしょう。でもあまりのしらけ加減にも皆は、自分の下手さをわきまえていますから、決してすごく下手な彼の話っぷりに笑ったりは致しません。

 

 人のことを笑うのは失礼だと思って笑わないのは当然のことでも、おかしくなくて笑わないのも目的が笑って欲しいことなだけに、それもまた失礼なもののようでもありますよねぇ。



 浦辺さんはといえば、毎回無難にサッと話し終えるのですが、これが可もなく不可もなしでそれほど面白くもありません。鍋さんは最初だけこれらの小噺をやりましたが、それ以後は自作の小噺に挑戦しております。しかし毎回よくオチを考えて筋を練っている割には、正直言って笑う人は??なんですけどねぇ。


 

 鬼頭さんは自分の小噺全集から、毎回幾つか選んで披露していますが、例の理屈っぽさで折角の楽しい話も台無しで「この帽子どいつんだ? オランダ」なんていう超オーソドックスな洒落だって、にこやかにやればいいものを、怒ったように言うのですからねぇ。


「俺の帽子だ、そんなこと聞かなくったって分かってるだろうが、ばか者!」と言わんばかりであります。全くふんぞり返って、誰のかと尋ねた人が気の毒で仕方ない、と思われそうな「大威張り落語」であります。



 自動車修理の大埜さんこと「俥家車倹」さんの「桃太郎」や「柿と栗」は、彼の性格がそのまま表れていて、ほのぼのと楽しいものですが、何だか落語ではなくて皆がよい子になって、懐かしい昔話を聞いているような気分になるのであります。

 


 佐川さんは確かに来るのも遅いのですが、ちょっと一服とか、お茶くらい飲ませてよとか言いながら待つうちに、一つも話さずに練習は終了となってしまいます。


「次回の練習日にもまた、皆さんぜひ出席をお願いしまぁす~」

 皆で片づけを始める頃になると、急に佐川さんは元気になりこう言うのであります。

 その声を聞く度に私は「佐川さん、今日もうまく逃げましたね」と心の中で囁くのでありました。

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