第3話 初めての集会 1
東谷落語研究会の練習場所として、東谷の町内会館が借りられることになり、初めて皆が集まった夜のことでした。
少し遅れて着いた私は、そっと階段を上り二階の部屋に入りました。そして入るといきなり腰を抜かしそうになりました。何故って、仲良しさん達がわざわざヘヤースタイルをお揃いにした訳でもないのでしょうに、そこにはずらりとパンチパーマ頭の男達が、並んで座っているではありませんか。
そっと数えてみると一人二人三人・・・なんと六人もでありますから、ホントに驚いてしまうじゃありませんか。更に広原さんは薄い黒の色の入ったメガネに黒のセーター姿で、隣もその隣も黒ずくめのいで立ちでありますから、そりゃぁもう何だか恐ろしさを感じてしまいました。
でもね、まるでどこかの組のおあにいさん方の集まりのように思える、いかつい人達ばかりの中に、たった一人だけ可愛い女性が座っているのに気が付きました。彼女は黒ずくめの男達の中に、まるで真っ赤なバラの花が咲いたようでありました。この人が武田さんといって、いづれこの会の花形女性落語家さんと相成るのでございますが、それはまだまだ遠い遠い後ほどのお話でありますが・・。
さてこの東谷落語研究会を始めるにあたって、それぞれが自分の職業に因んで芸名を付けて来ることになっておりました。そこで床屋の佐川さんは「浮世床」という落語からとって「浮世亭髪の助(うきよていかみのすけ)」、焼き鳥屋さんの大将である広原さんは、皆で心豊かに楽しくお酒を飲むというところから「酒之家豊楽(さけのやほうらく)」、鍋さんは「写真家げん蔵」で勿論その名のとおり写真屋さんなのであります。
紅一点の武田さんはお蕎麦屋さんの女将さんですから「鶴鶴亭つる子」という名に致しました。この東谷の町内に沢山ある工場などに、OA機器をセールスしている浦辺さんは、東谷の町内の住人ではないんだけれど、いち早く情報をキャッチして入会を希望いたしました。「売り亭王栄(うりていおうえい)」と名付けたこの立派そうな名前は、セールスに余念のない彼でしたから、ぴったりの名前だと皆で感心したものでありました。
こんな具合に皆の職業は芸名からすぐ分かるものばかりでしたけれど、榎木さんのはちょいと説明が入らないと分からないようでありました。でもひょうきんな彼はいつもキャッチフレーズよろしく、自分の出番には必ずこう言うんですよ。
「え~ワタクシの名前はゑの家宝伝(えのやほうでん)。皆さん、くれぐれも宝(ほう)の上には、『あ』をつけないようにお願いしますよ、『あほうでん』になっちゃいますからね」なぁんてね。
私、正直に申し上げましてね、「皆さん、くれぐれも『あ』をお忘れなきように」とご注意申し上げたいものと思っておりますが・・。 あっ、そうそう、宝伝さんの芸名が何の職業から来ているのか分からないですって? これは失礼致しました。彼の所にある放電加工機という機械の名前から来ているのですよ。
この機械の説明はちょっと難しいのですけど簡単にいうとね、製品の形に合わせて高圧の電流を流して、鉄等の金属を溶かしたりする機械なんだそうですが、私の説明も本当に合ってるかどうかはちょいと疑問なんですけどね。
本当にあほうでんさんったら、頭に電流が流れたんじゃぁないかしらって思うようなパンチ頭で、「ワタクシは只今放電中」なんてヘラヘラ笑いながら、何だか訳の分からないことや、ちょっぴりいやらしいことばかり言って喜んでいるお人なんですよ。
ところで、馬さんという名前はどこからきたのかですって?よくぞお尋ね下さいました。私うっかり忘れそうになっておりまして、危ないところでございました。
馬さんの芸名は「酒之家つけ馬」と申します。で、友人などからも馬さんと呼ばれてはいますが、あの「らくだの馬さん」とは違うんですよ念のため。えっ、らくだの馬さんご存知ありません。あぁそうかも知れませんね、早とちりでした。申し訳ございません。
落語に「らくだ」という名作がありましてね、町内の嫌われ者の馬さんがフグの毒にあたって死んじゃうんです。その死んじゃった馬さんに仲間達が「かんかんのう」という踊りを躍らせる、という場面があるんですよ。
でね、私もその「かんかんのう」なるもの、知らないで落語を楽しんでいたんですけどね、いつだったか深夜に「寝ずの番」ってぇ映画を観ていてやっと分かったんですよ。映画評論家で有名だったあの淀川長治先生じゃありませんが、「いやぁ~映画って、本当に勉強になりますねぇ、さよなら・さよなら・さよなら」ですよ。
えぇ、ですからね、うちのはその馬さんじゃぁないんですよ。間違えないで下さいね嫌ですよ、死びとじゃぁないんですからね。こちとらは同じ落語でも「つき馬」というのがありましてね、彼の最も大好きな古今亭志ん朝師匠の持ちネタなんですけどね、そこから付けた名前なんですよ。
それからちょっと、いやちょっとどころか大分気難しくてこうるさい、私にはとっても苦手な東谷町内のご隠居さんである鬼頭さんや、与太郎を地でいくちょいと間抜けな感じの弦巻さん等、まだまだメンバーは沢山いるんですけど、それは又おいおいにご紹介させていただくことに致しましょうか。
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