前のエピソード――第１話　　　まずはごあいさつ

　この連中が雁くび揃えて考えたこと、それはこの東谷の町内で、落語研究会を作ろうということでありました。その言い出しべえがヤングさんこと床屋の佐川さんで、直ちに同調したのが焼き鳥屋の大将である広原さん。そのことがすぐに町内中に知らされると俺も私もと、あっという間に十人以上の仲間が集まりました。

　いったい何故、落語研究会を作ろうということになったのでしょうか。

それにはちょいとした訳があったようでありまして。馬さんこと藤戸さんの話す口調が、何だか噺家さんみたいだと囁かれておりまして、それが皆にはとても羨ましく思えることのようでありました。

　何といっても目立ちたがり屋で、その上めっぽう煽てに弱い馬さんのこと。皆によいしょで担ぎあげられまして、この東谷落語研究会の師匠として迎えられることになりました。

　勿論、大喜びでございます。「ええぇ、俺なんかでいいのぉ・・」なんて、いちおう白々しくも謙虚なところを見せる振りをして、内心わくわく眠れない夜を過ごしておりました、ようですよ。

　この東谷の町には大小沢山の工場が立ち並んでおります。以前には科学立国日本といわれていた我が国でしたが、その一端を担っているという大きな自負を持って、仕事に精を出す人々の町でありました。そんな職人さん達の生きのいい話し言葉が、いつでも町の中を飛び交っておりました。そんな中で大学生時代に落研（落語研究会のことです）にいた馬さんは、時おり噺家さん達の使う符丁を交えて話して、得意気になっておりました。

「するってぇと、ごちになれるってんですかい。残念ですなぁ、いえね、こちとらあいにく、今ちょいとわきでのせてきちまったもんですからね・・・」

　などと言って、佐川さんの食事の誘いを断ったり致します。

一言「もう済んだから残念だったなぁ」で済むところを、ですよ。ですからこんな言い方をされたんでは、皆にとってはちょっぴり珍しい言い回しでありましょう。

その上やつは、ちょっと歯切れもいい方なので小粋な感じがしないでもない、らしいのです。

　で、皆のいいなぁっていう気持ちがちょいと分かると尚のこと、「扇子の事はかぜ、手拭いの事はまんだらといってね、一二三・・は、へい、びき、やま・・なんてぇ数えるし、そんでもってね、あっしなんざぁ・・」　などと得意そうに話すんですからホント、嫌味な馬さんなのでありました。