I LOVE じゃんけん~もっとも原始的な遊びでダンジョンを攻略する~

華厳 秋

じゃんけんと再会

 4年前、日本に突如としてダンジョンが出現した。

 それと同時に、ダンジョンを攻略しうる能力を持つ人々が覚醒し、ダンジョン攻略を開始した。

 その人々は、"冒険者"と呼ばれ、特にダンジョン攻略の最前線で戦う15人の"冒険者"は一躍有名になり"救世主メシア"とまで呼ばれた。

 運がいいのか悪いのか俺も、その中の一人になることになった。


 そんな俺、石紙 鋏いしがみ はさみは"冒険者"として、なったからにはと全力でダンジョンを攻略した。

 俺が覚醒した能力は、【究極の三択じゃんけん】というもので、名前だけなら滅茶苦茶弱そうだが、この能力は普通に強い。


 せっかくだから、実演してみよう。

 ここは、俺の地元である千葉県に出現した"館山ダンジョン"の最下層にあるボス部屋。ボスは、悪魔系統のモンスターだ。

 どうやら、知能がある上位個体らしく、さっきからなんか魔王やらなんやらと騒がしいことこの上ない。

 煩わしい害虫はさっさと駆除するに限る。


「いい加減黙ってくれない?そろそろ、中学校の校長先生の話に記録並んじゃうよ」

「は?なんだと、この人間風情が!」

「おお、羽音が大きくなった。害虫はシッシだぜ」

「この俺様をなめるなぁぁ!!」


 せっかく、帰省で地元に戻ってきたっていうのに、こんな簡単な挑発に乗るような、雑魚害虫に時間をかけるなんてもったいないからな。やはり、さっさと駆除しましょう。


【究極の三択】の権能は、発動と同時に敵を異空間に固定し、強制的に俺とのじゃんけんに挑ませるというもの。簡単だ、だれにでも使える。


(三択領域、発動)


 そう、頭の中で念じれば領域が勝手に相手を飲み込んでくれる。

 あとは、簡単。じゃんけんするだけ。


「なんだこれは!動けないぞ!」


 悪魔が必死に動こうとしているが、そんなことをしても何の意味もない。

 この領域内では、体の自由のほかにも魔法、能力の発動ができなくなる。

 ちなみに、それは俺も同じだ。


「ほら、始めるぞ」

「何をだ!」

「何をって、決まっているだろう。じゃんけんだ」

「じゃんけんだと!?俺様を馬鹿にしているのか!」

「馬鹿にはしてない。ふう、それじゃやるぞ。今回は急ぎたいし普通のでいいか」


 この能力は、領域内で行うじゃんけんの種類も決めることができる。

 例えば、普通のじゃんけんの他にも、3回勝負や負けたら勝ちの逆転じゃんけん。変わり種で言えば、あっち向いてホイなんかもある。

 種類は、気分で変えられるから、じゃんけんの種類に飽きることはほぼない。

 ほんとに気が利く能力だ。


「最初はグー」


 始まりの合言葉を俺が発すると、相手も勝手に手だけが動き始める。

 悪魔は、じゃんけんするしかないと悟ったのか、動かせるようになった手をグーの形にして準備する。

 それが死への合言葉と知らずに。


「じゃんけん……」


 外界と完全に遮断された静かな領域に、2つ目の合言葉が紡がれる。その声は、しずくが滴る音のように領域内に響き渡る。

 合言葉が、終わりに向かうのと比例して、領域内の緊張感も少しづつ膨張していく。そして、膨らみに膨らんだ緊張の泡は一気にはじける。


「「ポンッ!」」


 俺と悪魔の声が重なる。

 決着は一瞬。だが、勝敗は分かりきっている。


「俺の勝ちだ」

「くそぉぉぉぉぉお!!!」


 領域に響き渡るのは、俺の勝利宣言と悪魔の断末魔。

 俺が出したのは、グー。悪魔が出したのがチョキ。


「残念だったなぁ!あの世でなんで負けたか考えておけぇ!」


 勝った後の、煽りムーブもしっかりかましておく。

 勝利の煽りが一番の楽しみといっても過言ではない。 


 領域が解け、ボス部屋に戻ってくる。

 戻った瞬間に悪魔は内側から弾き飛び、消滅した。

 このじゃんけんに負けると、相手がどんだけ強かろうと、無条件に弾き飛ぶ。


 消滅を見届けた俺は、ボス部屋中央に出現した扉を通り、地上へと帰還した。

 

「んー。これで、攻略済みダンジョンは95個目か」


 地上に戻り、さんさんと照り付ける太陽の光を体に浴びて、固まった体を伸ばしてしっかりとほぐす。

 外房の海は、今日も綺麗に青く光っていた。


「あ、いた!鋏、お前どこ行ってたんだよ。もう集合時間だぞ!」


 思考を放棄して海を眺めていると、後ろから男の声が聞こえてきた。


「あー、悪い悪い。今行く」


 後ろから声をかけてきたのは、幼馴染の一人の永田 蓮ながた れんだった。

 今日は、小学校まで帰ってきたのだ。


「約束ほったらかして、何してたの?」

「ん?悪魔とじゃんけんしてた」


 そう言うと、蓮は呆れたかのようにため息をついて言った。


「はぁ、またダンジョン攻略してたのか?」

「そうだぜ。たまたま見つけたから、攻略しといた」

「コンビニ見つけたから寄った。みたいなノリで言わないでくれる?」

「ダンジョンってそんなもんだろ。じゃんけんしに行くだけだし」

「そう言えるのは、君ぐらいだよ」


 そう言った蓮が、俺に缶コーヒーを投げて渡してくる。


「そんなことねーよ。あいつらだってそうだろ」


 今から会う、幼馴染たちの顔を思い浮かべる。

 あいつらも、中々に規格外だからな。勿論、蓮もだが。


「久しぶりだな、これも!」


 蓮に渡された缶コーヒーは、千葉県にしか売っていないご当地の缶コーヒーだった。

 

「これ、東京じゃ売ってないからな。ほんとに久しぶりに見たわ」

「でしょ?最近飲んでないじゃないかって思ったから買っておいたんだよ」

「サンキュー」


 蓮と缶コーヒーで乾杯をして、集合場所へと向かって歩いていく。


 乾杯からは無言が続き、海の波が打ち付ける音がよく聞こえる。

 人によっては、無言は気まずいと感じるだろう。

 でも、俺はこれがいい。

 変に話題を探したり、気を遣わずに自然体でいられる。そんな、気軽な幼馴染たちとの関係が俺は好きなのだ。


 もし、この無言の先にいるのが幼馴染じゃなかったら、もしかしたら気まずくなっていたかもしれない。

 いや、それはないか。他人の気なんて一々気にしていられる自信ないわ。


 大学にも同じような奴はいるが、こいつらほどに気は許せていない。

 勿論、そいつのことも信頼している。でも、やはり昔からずっと一緒にいる幼馴染の方が気が許せてしまうのは仕方がないと思う。


 そんなことを考えながら歩き、体感約10分。もしかしたら、もっと経っていたかもしれない。

 まあ、時間なんてどうでもいいことだ。こいつらに、会えたことに比べたらな。

 俺は、幼馴染の残り二人との再会を果たした。


「あー、やっと来たー!遅いよ、はさみん!」

「すまん、遅れた」


 最初に、俺に気づいたのは幼馴染4人衆の唯一の女性要員こと桜木 菜乃花さくらぎなのは

 愛称はナノ。めっちゃ美人。


「遅刻だぞ、鋏。理由は、聞かなくても想像できるから敢えて追及はしないが」

「理由はお前の想像通りだぞ。颯太」


 次に気づいたのは、だれもが認める最強のイケメンこと神谷 颯太かみや そうた

 愛称は、普通に颯太。


「こうして、全員集まるのは颯太君たちの結婚式以来かな?」

「そうだな。やっぱり、美男美女の良きカップリングですよ」

「拗ねるなって、鋏。お前もイケメンだから自信持てよ」


 今の会話からわかる通り、颯太とナノは結婚している。

 高校生の時は颯太と、ナノとどっちが付き合うのかよく喧嘩していたもんだ。

 結果的に結婚したのは颯太だったが、それもそれで今ではいい思い出だ。


「颯太に言われると嫌味にしか聞こえないんだが?」


 肘で俺の脇腹を突っついてくる颯太に、俺も同じことしながらそう返す。


「それは、すまんね。俺は最強のイケメンなもんで」

「この、ナルシスト野郎が!」

「事実を言っているだけだ」


 俺と颯太が、じゃれあいみたいな口論をしている横では、ナノと蓮が微笑ましく俺たちを見ている。

 

 あぁ、懐かしい。いつもこうだった。

 俺と颯太が口論しているのをナノと蓮がそれを離れて見守っている。

 今この瞬間、学生の頃に戻っているような、そんな気になってしまう。

 

 あぁ、本当に……


 「懐かしいな」


 そんなことをずっと考えていたら、思わずそうこぼれてしまった。

 その言葉に、颯太が俺に肩を組んで笑いながら言った。


「何が『懐かしいな』だ。今もなんも変わってねーだろ」

「そうだよ、はさみん。私たちは何も変わってないんだから」

「立場はだいぶ変わったけど、友情はなに一つ変わらないよ」


 颯太に続いて、口々にみんなもそういった。


 あー、こいつら、なんも変わってねーじゃん。

 くそ良い奴ら過ぎるんだよ、おまえらは!


「なんだよお前ら…俺を泣かそう…ってのか?……10年……早いん……だよ」

「ほら、鋏も何も変わってない。強気に見えて、意外と涙もろい所とかね」

「うっせ……仕方ねーだろ。泣かせてくるお前らが悪いんだ」


 涙を流したのはほんの一瞬だけだった。

 でも、どんなに一瞬でも、泣いたのは高校の卒業式に同じようにこいつ等に泣かされた時以来だった。

 俺を泣かすことができたのは、こいつ等だけだ。やっぱ、俺はこいつらに弱い。

 

「ほら、辛気臭いのはもうやめだやめ!さっさと行こうぜ!」

「あー、露骨に話題そらしたー。恥ずかしいんでしょ」

「うるせー!恥ずかしくねーよ」

「いや、ナノの言う通りだろ。耳真っ赤だもん」

「だから、ちげーって言ってんだろ!夕日だ夕日!」


 俺は思った。

 やっぱ、俺もこいつらもなんも変わってねーし、変わりたくもねーな、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

I LOVE じゃんけん~もっとも原始的な遊びでダンジョンを攻略する~ 華厳 秋 @nanashi634

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画