第6話 サキさんとお風呂
今はミャタさんの部屋に2人だけでいる。サキさんには廊下で待ってもらっている。アキミとモナミも自由行動だ。
「で、サキさんを僕の護衛にしたい事情はなんでしょうか」
「若い者はせっかちでいかんな」
「せっかちと呼ばれるのは本意ではないですね。サキさんに何か事情があるのでしょう?」
「そうだな……。カオル殿。サキを見てどう思った?」
「見た目はキレイなお姉さんといった感じはしますが、生気を感じないというか、感情に乏しいですよね」
「昔、サキには婚約者がおって2人でパーティーを組んでいたのじゃ。ゴールドクラス2人なら簡単な依頼を請け負ったのだ。しかし、依頼から戻ってきたのはサキ1人で、婚約者のことを尋ねたら『死んだ』の1言でだけだったのじゃ。何があったのかはわからん。それ以上サキが話さないからな。1人で何もしないでいたから、メイドとして雇うことにしたのじゃ。それ以来、サキはめったに感情を表すことがなくなった」
「サキさん、『マーブル』と名乗りましたよね。ミャタさんと血縁関係があるのですが」
「サキは儂の姪じゃ」
「サキさんが感情を無くした事件のことはわかりました。でも大切な姪っ子さんを僕の護衛にする理由にはなっていませんよね」
「最近は少しづつ感情を取り戻してきておるのじゃ。時間が薬になっているのじゃな。時にカオル殿、『もっと美しいもの』という言葉をご存じかな?」
「いいえ、わからないです」
「迷信のようなものと言ったほうが正しいだろうか。サキにとっての『もっと美しいもの』が見つかればいいなと思い、カオル殿と一緒に行動させようと思ったのじゃ。そうすればサキも昔のように笑ってくれるのではないかと」
「僕にそんな能力はないですよ」
「カオル殿は伝説の『魔法使い』じゃ。良くも悪くも人をひきつける。そしてその気になれば、この国を乗っ取る戦力もある。そんな環境におれば、サキも何か見つけるじゃろうて」
どうやらミャタさんからの話はこれで終わりのようだった。
僕が退出しようと扉へ向かった時に余計な1言をミャタさんが放った。
「ちなみに手を出しても構わんぞ。儂に新しい
僕は何も返答せずに部屋を出た。
サキさんは廊下で待っていてくれた。
「カオル様。次は、お風呂の時間です」
サキさんにもあんな過去があったのか。婚約中ではなく、結婚して子どもがいたら、こんな状態にまでならなかったのかな。
「あの、カオル様?」
「あ、お風呂だったね。1人で入れるのかい?」
「いいえ。そういうわけにはいきません。カオル様には最大限のおもてなしをしろとミャタ様から言い遣っております。お着替えも手伝わせていただきますし。お背中もお流しします」
「はい駄目。着替えは前もやられたので諦めます。でもお風呂の中くらい1人でリラックスして入らせてくれないかな」
「ですがそれでは、カオル様に対し失礼になってしまいます。そういえばカオル様はこの国に着いて日が浅いのですよね。お風呂でお背中を流さなかったとなれば、パープル商会の評判が落ちます。『命の恩人に何をしているのか』とそういうの、カオル様はお嫌ですよね?」
サキさんはメンタリストの才能もあるようだ。
ものは言いようとはよくいったものだ。
短時間の間に僕の性格も見抜かれているようだった。
「わかりました。僕の負けです。ただし、背中を流してくれるのは1人だけで十分です。あと背中を流してくれる人には申し訳ないけど、お風呂の中でも絶対に服を着たままで」
「それでは、効率が良くないのですが……。分かりました。
ええ、サキさん自らが。それはうれし……いやいや、良くないって。
でもサキさんも譲歩してくれたしな。これ以上困らせるのは本意ではない。
「分かりました。それでお願いします」
「かしこまりました。お風呂へご案内します」
現在、僕はサキさんに背中を洗われている。
「サキさんには婚約者がいた」「サキさんには婚約者がいた」「サキさんには婚約者がいた……」
ずっと目をつぶり念仏のように唱えている。
ふと魔が差すと、「手を出しても構わんぞ」というミャタさんの幻聴が聞こえてくる。
「お背中気持ちいいですか?」
「は、はい。気持ちいいです」
思わず裏声が声がでてしまった。
「ふふっ。それは良かったです」
サキさんは楽しそうな雰囲気であった。ここで気を許したのかと勘違いし、「婚約者」のことを聞くほど僕は愚かではない。沈黙は金である。
何事もなく、お風呂は終了した。
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