第2話 童貞の『魔法使い』

 次に目を覚ました時には森の中だった。木漏れ日がまぶしい。どうやら天気が良いみたいだ。澄んだ空気の匂いがする。

 僕は大きく深呼吸をした。気持ちが良い。身体が若返ったせいか、熟睡してから目が覚めたようなすっきりとした感じがする。こんな気分は久しぶりだ。

 周りを見渡したが、どうやら危険はなさそうだ。


 ノルンの最後の1言を考えると、僕の『魔法使い』というものは、『童貞』を捨てれば無くなってしまうのだろう。

 現世では都市伝説だったアレが、異世界でまさか現実になっているとは。


 こちらの住人でも30歳を超えて『童貞』なら『魔法使い』になれるのだろうか。

 ノルンの話だと、まれには存在したらしいから、なれるのかもしれない。

 しかし、なれた理由は理解できなかったのだろうな。


 僕は『魔法使い』としてハーレムは作れるかもしれないが、『童貞』を守らなければいけないから、据え膳を我慢しなければならない。

 

 服装はスーツのままだったが、十代後半に戻った身体には大きすぎた。特にお腹周りが。ベルトをきっちり締めて何とか誤魔化す。

 背負っていたリュックは持っていなかった。唯1持っていたのはスマートウォッチのみであった。スマホも持っていなかった。


 時間は夜を示していた。今は日が出ているため、現世とは時差があるみたいだ。

 これだと時計としては役に立たないな。

 スマートウォッチを操作していると、ステータスという見慣れない項目があったので、表示させてみる。


穂村薫

職業:魔法使い

魔力:無限大

回復力:0

能力:童貞(暫定)


「魔力が無限大ってことは、魔法が使い放題なのかな。しかし、回復力は0か。で、『童貞』って能力なんだな……。暫定の意味は、失う可能性があるということだろうな」

 考えることは止めにした。現世で終電まで仕事をしたり、婚活で涙を流しているより、ここアザレアで『魔法使い』として無双した方が楽しく生きれるはずだ。

 まずは異世界といったらハーレムとスローライフだな。ハーレムは『童貞』との兼ね合いがあるから難しいかもしれないが。スローライフを送るにはやっぱりお金と土地が欲しいな。


「とりあえず『魔法』を使えるようにしておきたいな。どうやって使うのだろう」

 僕は右手に水をイメージしてみた。火は木が燃えてしまう可能性があるし、風もむやみに木が切れるかもしれなかったから。

 その点、水なら安心だろうと。


 すると右手から水があふれてきた。どうやら声に出さなくても『魔法』は使えそうだ。

「なるほど。手は冷たくならないんだな」


 次は水の玉をイメージした。

 右手に、水の玉が出来た。

 僕はその水の玉を近くの大岩に投げてみた。

 水の玉は大岩にぶつかり、水の玉は消滅した。


「ウォーターボールレベル1を習得しました」

 突然、スマートウォッチからノルンの声がした。どうやら、魔法は1度使うと習得したことになるようだ。しかし何故ノルンの声がするんだろう。声がするとしたら、人工音声で聞こえる気がするのですが。僕はスマートウォッチに話しかけてみる。

「ノルン?」

「……」

 返答はない。1方的にノルンがしゃべるだけなのだろうか。

 

 僕は少し大きな水の玉をイメージした。

 右手には、さっきより大きな水の玉が出てきた。

 それを大岩に投げた。そして「ウォーターボールレベル2」を習得することができた。


 『魔法』の覚え方は分かった。

 次は自分の身の安全を考えないといけない。今は森の中だ。

 舗装されていない荒地で革靴は辛い。

 その時、悲鳴が聞こえてきた。

 僕は声のした方へ急いだ。


 森の中でも開けた場所へ出た。

 少女2人が、ゴブリン数体と対峙していた。

 僕は迷わず火の玉をイメージして、ゴブリンに投げた。


 水の玉だと威力が弱そうだったので、ここは火の玉をイメージした。

「ファイアボール2を習得しました」と聞こえたが、今はそれどころではない。

 少女2人を助けるのが先決だ。


 僕には魔力無限大がある。

 外れても気にせずにどんどんファイアボールを投げまくった。

 数体のゴブリンを倒すと、残りのゴブリンは去っていった。

 とりあえず、危機は回避できたようだった。


 よく見ると2人とも美少女であった。

 1人はロングな黒髪でお嬢様風で、もう1人は褐色でボーイッシュな感じであった。

 目鼻立ちが似ているから多分双子であろう。

 日本でなら中学生くらいであろうか。


 さて、少女達と言葉が通じるのかな。

 僕はおそるおそる声をかけてみた。


「大丈夫だったかい。僕は薫というんだ。どうしてこんな森の中に?」

「助けてくれてありがとうございます。わたくしはアキミと申します、こちらは妹のモナミといいます」

「僕はモナミだぜ。助けてくれてありがとうなんだのぜ」


 そう言うと2人は僕に握手を求めてきた。どうやら挨拶は西洋風らしい。僕は2人と握手を交わした。

 どうやら話は通じるみたいだ。良かった。


「どうして、モンスターの出るような森の中へ?」

「おばあさまの薬草を採りに来ました」

「ばばあの体調が悪いんだぜ」


「それなら僕も手伝うよ。ゴブリンは逃げて行ったけど、いつ戻って来るかわからないしね」

「それよりさっきの火の玉は何なのだ?」

 モナミが質問してきた。うん。そうだよね。気になるよね。


「あれは『魔法』だよ。僕は『魔法使い』なんだ」

「ええ! 伝説の『魔法使い』様なんですか?」

「おおーー。カオルはすごいんだな」


「やっぱり『魔法使い』は珍しいのかい。僕は遠い異国から旅をしてきたから、ここ辺りの事情にはくわしくないんだ。服装も変わっているだろう?」

「言われてみれば、見たことのない格好をしていますわ。『魔法使い』が最後に確認できたのは、約30年前ですね」

「『魔法使い』は見たことがないんだぜ」


 なるほど。どうやらノルンの言った通り、『魔法使い』は珍しいらしい。

 しかし、この子たちが『魔法使い』を怖がらないのは幸いだった。

 とりあえず薬草取りを手伝うことにしよう。


「それで、薬草はここ辺りで取れるのかい?」

「本当はもっと、森の入り口付近でも取れるのですが、今日は取られてしまったので、ちょっと奥まで入ってきました」

「本当はもっと安全なんだのぜ」


 その後、僕たちは薬草採取を始めた。

 僕自身は、目的の薬草がどんなものかわからなかったから、2人を見守るだけだったが。

 その間、『魔法使い』についての話を聞いた。


「伝説によれば30年ほど昔、この国に危機が迫ったのです。その時『魔法使い』は、突如この国に現れました。そして『魔法』を使い、危機を乗り越えました。この国の王様は大変感謝をし、その男性を英雄として優遇したのですが……」


「その後、『魔法使い』はどうなったんだい?」

「それがわからないのです」

「突然、いなくなったと言われているんだぜ」


「嫉妬されて殺されたとか、別の国に旅立ったとか、色々言われていますが、国は沈黙を保ったままでしたので、真相はわからないのです」

「なるほど。突如として『魔法使い』が消えたのか」


 会話をしているうちに、採取は終わったようだった。

 アキミのかごの中には、薬草が沢山入っていた。

「ありがとうございます。こんなに薬草を採取することができましたわ」


「トオルーー。助かったのぜ」

 薬草を1つもらって、確認してみた。

 何か魔力みたいなものを感じる。

 どうやら薬草には魔力が含まれている様だった。


「これには魔力が含まれているのかい?」

「はい。魔力が含まれています。健康な身体だと、魔力は自力でまかなえるのですが、何からの原因で魔力が切れると体調を崩すので、薬草で魔力を補充する必要があるのです」


「『魔法』なんて使えないのに、魔力はみんながもってるんだぜー」

 なるほど。誰でも魔力を持っているのか。それでも『魔法使い』は1人もいないと。


 だとするとやはり、『魔法使い』の条件を満たしていないからだろう。。

 しかし、女性はどうなのだろうか。同じ条件で『魔法使い』になれるのだろうか。


「とりあえず、君たちの住んでいる所へ連れて行ってくれないかな。僕は森の中で道に迷って困っていたんだ」

「わかりましたわ。薬草採取を手伝ってくれましたし、何より命の恩人ですしね」

「町に行こうのぜーー」

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