第4話 3人目の団長


「さっさと帰ろうか。もう、設定は終わっているから、後は通るだけだからね」


 文字通り俺の手を先生は取り、装置の上を通過すると、景色は移り変わり、似たような部屋に移動した。


 本当に移動したよ……。本当にどうなっているのさ……。


「着いた着いた。私の家はこの支部を出たらすぐだから行くよ、って言いたいんだけど、面倒だからね」


 先生が俺の方に手を乗せた次の瞬間、周りの景色が変わった。周りを見回すと、草木の生い茂る林の前に建つ一軒家の前に立っていた。さっきまであった機材の数々といった物は見る影もなく、夜風が吹き抜ける。


 は……?え……?


 今、自分が体験した事実に放心している俺をよそに先生は一軒家の方へ歩いていく。振り返り、玄関の扉に手をかけながら、当たりまえの事をいうように言葉を発する。


「ほら、遠慮しないで入ってきなよ。今日から君の家なんだからさ」


 さっきまで放心していた事が頭から抜け、先生に言われた通り先生の家へ向けて歩みを進めると先生が玄関の扉を開け、中へ促され、中へ入る。


「お帰り、募。初めて家に帰ったのにお帰りっていうのは、いささか変に感じるけど、そこは気分の問題だろう気にしないように」


 その最後の一言がなかったら完璧なのになこの人は。


 そんな事を思いながら玄関に靴が置いてあるの見て靴を脱ぎ玄関へ上がる。


「募に紹介した人がいるからそっちを先に済ませてから風呂に入ってもらうから」


 紹介って誰かと一緒に住んでいるのか?先生の同僚とかか?いや、ここ宿舎のようにも見えないが。


 そんな事を言いながら、先生は居間と思われる部屋の扉を開ける。居間の中には、台所で料理している男性が一人いた。後ろ姿を見た瞬間、全身に鳥肌が立つ。先生や黒田さんとは、また異なったこの場所を支配するかのような雰囲気。正しくまな板の上の鯛と呼べる心臓を握られているような感覚。


「ッ!」


「師匠、それ、引っ込めて」


 先生のその一言で、全身を包んでいた生殺与奪を握られた感覚がなくなっていく。呆れたかのように先生はため息をつく。


 この人が先生の師匠?黒田さんより1回り若いぐらいか?


「はぁ、何?お爺ちゃん達って初対面の子供を威嚇しないと気が済まないわけ?家にいんのにいつまでも戦場にいるような雰囲気だしちゃってさ。ボケてきてんじゃない?」


「飛鳥その言い方はないだろう。儂とて、知らない奴が家に入ってきたら誰だって警戒するもんだ」


 そういいながら、先生の師匠はこちらへ振り返る。


「どうせお爺ちゃんから話は来てるんだろう?それなのにこんな幼気な子供へ敵意向けちゃうなんて、大人げないじゃないかい師匠?」


「それもそうだ。確かに、大人げなかったな。で、こいつが例の?」


「そうだとも。まあ、そっちは追々話すとするさ。今は、早く自己紹介をしてくれないかい師匠。募君をさっさと休ませたいんだからさ」


「あん?そうかい。なら、ちゃっちゃっと済まさねぇとな。儂の名は、猜疑 徹さいぎ とおるだ。そこにいる弟子の飛鳥の師匠兼フォルダー第2隊団長をしている。お主がどうなりたいと思ってコヤツに弟子入りしたのかは知らんが、強くなりたかったコヤツの言う事は素直に聞く事だな」


 この見た目で儂?俺が思っているよりも年齢は高いのか?


「はいはい。そこにいる老害になりかけているおっさんは無視して風呂入りに行こうか」


「誰が老害のおっさんだって?!」


 先生に背中を押され、猜疑さんの抗議の声を背に風呂へ向かう事となった。


「あの人、堅物けどいい人だからあまり邪見にしないようにね」


 邪見にしてるのは先生では?


「それはさておき、ここが家の脱衣所ね。洗濯物は、ここに入れといてくれればいいから。じゃ、私はお邪魔だろうしね、君の部屋でも準備させてもらうからゆっくり湯舟に使っていてくれたまえ」


 そう言い残し先生は脱衣所の外へと出ていった。出ていったのを確認して服を脱ぎ、体を洗う。全身についた擦り傷がお湯に触れ痛みをうったえる。痛みで一瞬体が強張ったが、すぐに全身から力を抜き、体を預け、今日一日の出来事へ思考を回す。


 今日は色々とあったな。化け物に家族を殺されて、村の人達に見捨てられて、先生に助けられて。今はこうして無事に風呂に入れてる。俺だけが、俺を逃がす為に俺だけが……いや、今は良い。今は、二度とこんな事が起きないように力をつけないと。その為にも今は体を休めるんだ。


 ――――――


 俺が風呂に入っていた一方、先生と猜疑さんは、居間で俺について話していた。


「師匠~募ってどう思う?」

 

「あ?あの小僧か?儂に聞くな。お前の弟子やろうが」


 猜疑さんは、先生の言葉をぶっきらぼうに返す。


「そんな邪見にするなんて酷いじゃないか。募君は師匠の孫弟子なんだよ?初見の印象ぐらいあってもいいんじゃないかい?」


 先生の瞳が猜疑さんの事を見据える。その圧に負けたように話始める。


「……はぁ、わーった、話せばいいんだな。最初の印象は、『強い』だった。一方で、もう壊れているとも感じた。そこは儂には知った事じゃないしな。どちらにせよ、あいつは強くなるぞ」


 先生は猜疑さんの言葉に口角を上げる。

 

「師匠もそう思うかい?やっぱり私の勘は当たってたみたいだね。あの子を強くするも、弱くするも私しだいってことだねぇ、どう鍛え上げたものか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る