第26話 夢
叢から小さな子供が二人、頭を出した。男の子は白い鍋を頭に被っている。手に持っている銃は、ピンポン玉が出て来る玩具だ。もう一人の女の子の方は、頭に三角巾を付け、エプロンをしている。
「前線に出ると危ない。渚は後方を頼む!」
「はいっそーとー! こーほーからテキが来ました!」
女の子が後ろの森を指し示すと、男の子は振り返り、女の子の頭を掴んでしゃがんだ。熊蜂が一匹大きな音を立てて飛んでいく。
「よくやった! あれはB29だ! けど下手に攻撃するなよ。こちらから攻撃しなければ何もして来ないからな! 敏雄は敵兵の巣に○○○○○をかけたら○○○○をやられたらしい」
「はあ……それはタイヘンですね!」
女の子は話の半分くらい意味が分からなかったが、兄に話を合わせた。
「渚隊員、俺は今からあの宝を取りに行く!」
男の子は高い木の上にぶら下がる紫色のアケビを指し示した。女の子は見上げると、首を傾げる。
「そーとー。手がとどかないよー」
「何を言う。金がないなら知恵を出せ。道具がなければ道具を作れは前線での鉄則だ」
「う〜……渚、よくわかんないよ……」
「あ〜もうっ仕方ない、あの宝は諦め、今度はアフリカへ向かう」
男の子はそう言って手製の地図を出した。地図と言っても、模造紙にクレヨンで適当に書かれたものだ。
「今が、オーストラリアだろ? アフリカは……」
「にーちゃん、ガイコク行くの?」
「渚も行くんだよ」
兄の話しに、妹はきょとんとした。
「将来は冒険家になって、色んな国を旅するんだ。行く先々で病気になったり、怪我とかしたら困るから、渚は医者になって、俺のサポートを頼む!」
何を言っているのか半分くらい分からなかったが、兄が自分と遊んでくれる事が嬉しかった。
「わかった。渚、おいしゃさんになって、にーちゃんとせかいをたびする!」
妹がそう言うと、兄は誇らしげに妹の頭を撫でた。
「その意気だ! それではこれより南方へ突き進む!」
わーと声を上げて坂を駆け下りた。兄に早く追いつこうと走るが、妹は中々追いつけない。
「待って! 待ってにーちゃ……」
妹が転ぶと、急に周りが真っ暗になり、妹は周りを見回した。
「にーちゃん、どこ?」
何処までも続く暗い空間は子供を不安にさせる。
「にーちゃ……」
「渚!!」
葵の声で渚は目を覚ました。息を切らせた葵が目の前に居る。渚はさっきまで居たノアの姿を探したが、見当たらなかった。
「何だよ」
渚はテーブルに置いた参考書を開いた。
「ごめん……俺……」
渚は冷めた珈琲を飲んだ。葵に座るように促すと、店員に珈琲を注文する。
「俺、すっかり忘れてた」
「何を?」
「お前が可愛かった事」
思わず、口に含んでいた珈琲を吐き出した。咳き込むと、葵を睨む。
「はあ?」
「俺、ガキだったんだよ。それでその……なんていうか……意地悪しちまって……正孝の事も、お前のせいじゃないのに酷いこと言って、悪かった」
葵が頭を下げると、渚は幸村がまた何か要らんことを言ったのだと察する。
「気持ち悪」
「はあ? おまっ俺が謝ってんのに!」
「それが気持ち悪いってんだよ。どうせ幸村に何か言われたんだろ? ほっとけあんなの」
渚がそう言うと、葵は困った様な顔をした。
「あのさ……」
葵は神妙な顔をして呟くように言った。
「頼むから深森の家に置いていったパンツ取ってこいよ。気不味いんだよ俺が」
「なんでお前が気不味いんだよ」
「今日だって妹のパンツを俺が受け取らなきゃならないのかとか色々考えちまったじゃねーか! 変な気を使わせんじゃねーよ!」
「ああ?! 勝手に変な妄想してんじゃねぇ!」
二人が喧嘩していると、店員がそっと珈琲を二つ置いて下がった。それで二人がお互いに怒鳴るのを辞めると、葵は珈琲に砂糖とミルクを入れて飲み干した。
「俺さ、お前との夢、忘れてた」
葵が呟くと、渚は素知らぬ顔で呟く。
「だろうな」
「小学校入ったらサッカー選手に憧れて、高学年になったらプロ野球選手になりたくて、中学になったら自分にそんな実力が無いことに気付いて、なんか夢とかどうでもよくなっちまって、取り敢えず今が楽しければそれでいいかと思ってて……」
葵はそう話しながら渚を見つめた。
「お前が羨ましかった。勉強も出来て、運動も出来て、演劇も上手で……何より、出来るようになるまで努力出来る所が一番妬ましかった」
渚はそれを聞いて溜め息を吐いた。
「俺は兄貴が羨ましいけど」
葵は首を傾げた。
「何よりノアの彼氏でいられるのが一番妬ましい」
渚から負のオーラが立ち昇ると、葵は冷や汗を流した。
「まあ……なんだ、その……俺が忘れちまうくらいどーでもいい夢なんだからさ、これからはお前の好きなこととか、したいことしたら良いと思うんだ」
渚は眉根を寄せた。
「はあ?」
「だから……その……」
頑張れよって言うつもりだった。けれどもずっと渚が頑張っていた事を俺が一番知っている。頑張って努力したのに、それが報われなくて、やけになっているだけだと思う。けれども、渚のあんな辛そうな姿をもう見たく無いとも思った。
「もう、頑張らなくていいよ」
葵は思わず口走ってしまった。
「お前、充分頑張ったよ。お前、腹に穴空いてたのにずっと俺の手当てしてたろ? 馬鹿な奴」
渚はゆっくりと瞬きした。
「俺と一緒に来いよ。俺も、お前がいないとつまんねーし」
渚は嬉しそうに笑うと、頷いた。
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