第24話 キャッチボール
渚はTシャツとGパンに着替え、髪を手櫛で整えた。
「先に行くぞ」
葵に言われて渚は外へ出た。葵はチェックの襟付きシャツにGパンを履いている。そのうち河原に着いて、渚はグローブを持たされた。
「は?」
渚が困惑している間に葵が少し離れた所で振り返り、ソフトボールを投げる。
「深森とのデートどうだったんだよ?」
渚がボールをキャッチすると、またあいつが余計な事を言ったんだなと思った。
「デートじゃねぇよ!」
渚がボールを投げ返すと、渚のボールがグローブの真ん中に入って葵は少し驚いていた。
こんなに上手だっけ……? 否、もう何年もこいつとキャッチボールなんかして無かったから、どうせこいつ、一人で練習してたんだと思う。
「は? デートだろ? 気合い入ってた」
そう言いながらまたボールを投げた。
「無言でバラ園に行って靴擦れ起こしただけだ」
「ぶふぉ! 何だそれ、ギャグかよ!」
渚は取ったボールを再び投げた。
「それからあいつの家に行って……」
渚が言葉を詰まらせた。それから言葉が出て来なかったので、葵が口を開いた。
「なんか忘れ物してたから、どうしたら良いかってメール来てたぞ? 今度取りに行かせるから置いとけって送っといたけど……」
葵がそう言うと、渚が一瞬頬を赤らめて、怒った様な顔をした。
「あいつが全然オレのこと見ないから!」
渚がボールを高く投げると、葵はグローブを空に向けた。茜色の雲が綺麗だった。
「脱いだパンツ置いていってやった!」
「はあ?!」
思わず、ボールをキャッチしそびれて顔面にボールが当たった。
「何やってんだよ!」
「ムカつくんだよあいつ! ずっと目、そらすくせにオレのことを思ってるとかいい加減なことばっかり言って……」
葵がボールを投げると、渚はボールをキャッチして直ぐ投げ返した。
「バドミントンとかゲームとかして遊びたかっただけなのに……出来ないって……何なんだよあいつ」
渚が切なそうに目を伏せて言うと、葵はボールを取って頭をかいた。
「良いんじゃねーの?」
葵はそう言ってボールを投げた。渚が少し意外そうな顔をしている。
「お前がパンツ置いてくるくらいの男だったら、良いんじゃねーの?」
「からかってやっただけだ」
「お前、女兄弟居なかったら、女子の下着って相当ショックだぞ」
「今日のデートの方がショックだったんだよ」
渚の話が面白かった。幸村の事だから、相当精神的に打撃を受けただろうことが安易に想像出来る。
「取り敢えず、後でパンツ取りに行ってやれよ」
「あ? 洗濯したってもう履かねえよ。捨てとけキモい」
「お前が腹いせに置いていったんだろ……」
葵は幸村にこいつを紹介した事を半ば後悔していた。
何度かそうやってキャッチボールをしながら話した。日が暮れ始めると、葵はそろそろ切り上げようかと思った。
「お前はさ、将来何になんの?」
聞くと、渚が少し驚いた様な顔をした。
「やっぱ親の後継いで医者か? 爺さんに言って、農家継ぐって手も有るけど……」
渚は少し考える素振りを見せた。
「考えてない」
『意外』の二文字が葵の脳内に浮かんだ。あれだけ勉強していて、将来の事を考えていないなんて、一体何の為に勉強しているのかと訝しく思う。
あれか? もう死んで幽霊だから将来とか考えられないっていう意味か?
「あ〜……じゃあさ、お前ずっとここに居ろよ」
幽霊でもいいかと思った。
渚は驚いた様に葵を見つめた。
「そしたらまたさ、偶にこうやってキャッチボールしてやるよ」
「本当?」
渚が確認すると、葵は頷いた。気が済んだら、勝手に成仏するんだろうと思う。
「本当だって」
「ははっ良かった……これでやっと……」
渚が嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。渚が最後に何か言った様な気がしたが、葵には聞き取れなかった。葵は渚のあんなに嬉しそうな顔を見るのは初めてだった。心の底から本当に嬉しそうに笑っていたーー。
翌日、ノアはいつものカフェテラスでフルーツパフェを食べていた。今日は少し暑い。チェックの赤いワンピースは今日の気分だった。渚は青いシャツに白いカーディガンを羽織っている。最近、渚の服装が前に比べて少しお洒落になったような気がしていた。そんな渚が、何だかいつもと違っている。参考書を捲りながら鼻歌を歌っていた。昨日のデート大作戦が上手く行ったのだとノアは思っていた。
「幸村さんと何かあった?」
「別れた」
「そっか」
ノアはそう言って咳き込んだ。
「ええ?!」
「そんなに驚く事かよ……」
「だって渚、なんか……今日はご機嫌っていうか……その……」
ノアは何から聞けば良いのか分からなかった。
「え? え? 何で? デートで喧嘩しちゃった?」
「まあ……そんなとこかな」
「それで何でご機嫌なの?」
「ん〜……やっと別れられてスッキリした? ってことかな?」
「え〜……」
ノアには意味が分からなかった。
葵は幸村に呼び出されて近くの公園に来ていた。緑のシャツに、柄のネクタイをしている。動きやすさを考えて黒のジョガーパンツを履いていた。
あれか? 俺、妹のパンツ渡されるのか? すげぇ気不味いんだけど……
と考えながら待っていると、幸村が手ぶらで来たのでそれはそれで複雑だった。ネイビーの襟付きシャツに白のTシャツを合わせている。灰色のイージーパンツが、初めて見た時の私服に比べて大分お洒落になったと思う。
まさか渚のパンツ、額に入れて飾ったりしてないよな?
と変な妄想をしてしまう。
「聞きたいことが有るんですけど……」
「え、何? スリーサイズなら知らな……」
「渚さんに何を言ったんですか?」
幸村の質問に葵は目を瞬かせた。
そういえば、渚が幸村と別れるって言っていたか……それを、俺が入れ知恵したって思ってるのか?
「悪いけど……カラオケとか映画館とかプラネタリウムとか、行くとこいくらでもあるのにあのチョイスでふられたのを俺のせいにされても困る」
葵がそう言うと、幸村は眉根を寄せた。
「すみません、僕が勘違いしていました。葵さんと渚さんが、すれ違いで仲が悪かったのを、仲直りさせればそれで良いんだと思っていました」
幸村の話に葵は首を傾げた。
「は?」
「葵さん、僕に言いましたよね? あんな妹で良ければ何時でもやるよって。それを聞いた時、言い方は悪いですけど、妹思いの良いお兄さんだと思ったんです」
葵はそれを聞いて目を丸くした。
そりゃあ、そう言ったが、渚にも相手を選ぶ権利はある。
「そりゃ、言ったけど……」
「本当に良いんですか?」
「結局は当事者同士の問題だろ?」
「このままだったら本当に渚さん死んでしまいますよ?」
幸村の言葉で、池の底に沈む渚の後ろ姿が脳裏を過った。葵は幸村の言葉の意味が分からなかった。
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