第21話 デートとか
渚は家のドアを開けた。時間は朝五時。いつもなら兄貴はまだ寝ている時間だ。両親は夜勤だったはずなので家に居ないだろう。いい加減飯を作ってやらねば、あの兄貴の事だ、ずっと外食かカップ麺で済ました事だろう。
渚は家に入ると、リビングから出て来た兄と目が合った。
こいつ、もしや徹夜でゲームしてたな。
と、思いつつ、昨日の事もあってなんと声をかけるか悩んだ。とりあえず気にしないふりをしよう。いつも通りにしよう。
「今、朝ご飯作るから」
そう言ってリビングへ向かった。葵と廊下ですれ違った時、葵に身体を押し倒されて驚いた。完全に不意を突かれていた。Tシャツとタンクトップを脱がされそうになると、思わず葵の腹を蹴り上げていた。
「何すんだこのクズ!」
一瞬、何をされたのか分からなかった。腹を抱えて蹲る葵に目をやりながら、脱がされかけた服を整える。
「寝ぼけんなこのっ……」
言いかけて、戸惑った。
もしかして寝ぼけてノアと間違えた?
「……お前、何でここにいんだよ?」
葵はゆっくりと顔を上げると、渚を睨んだ。
絶対そうじゃんか。ノアを襲ったつもりなのにオレだったからって逆ギレしてんじゃねーよ。
「なんでここにいんだよ?!」
葵が怒鳴ると、渚は目を細めた。
帰って来んなってか?
「居ちゃ駄目か?」
葵が慌てた様子で階段を駆け上がり、部屋に入る音がした。荒々しくドアが閉まる音がして、渚は溜め息を吐いた。
「発情期の犬かよバーカ」
渚は呟くとゆっくりと立ち上がった。
ノアは授業が終わると、一目散に部室へ来た。今日は次の公演に向けての演目を決める日だ。次は何をするのかとワクワクする。部室に行くと、既に幸村が来ていた。
「あ! 幸村さん!」
「こんにちは。ノアさん。渚さんは……」
「再テスト!」
ノアはそう話すと、幸村は驚いて目を見張った。
あの渚さんが、再テスト?
「葵さん、69点だったんだって! それで渚に分身の術? だっけ? それで渚が再テスト受けてるの!」
変わり身の術じゃないかなぁと思いつつ、幸村は言わなかった。
「葵さんってちょっと狡いですよね。渚に再テストさせて、点が悪かったら渚のせいにするつもりですよ。でもどうせ90とか取るんだろうな。渚……頭良いから……」
ノアがそう話すと、幸村は少し目を伏せた。
「渚さんは、それで良いんですかね?」
「渚は寧ろ再テストなんかしたこと無いからやってみたい! って言って行っちゃったんですよ。なんか凄く羨ましがってました。テスト好きなんですよね。あれは才能だと思います。私なんかテストって聞いただけで泣きそうになるのに……違うか。丸付けしてもらえるから嬉しいんだろうな。答え合わせ好きだし……」
ノアはそう話すと幸村の隣に腰掛けた。幸村は
近っ
と思って少し座り直す。幸村は今一、ノアの事が分からなかった。天真爛漫で可愛らしい子だが、昨日の様に空気が読めない天然な所がある。
「あのね! 幸村さんに聞きたいことがあるの!」
ノアが真剣な表情で言うと、幸村は首を傾げた。
「渚、幸村さんのこと怖いって言ってました!」
ノアに言われ、更に首を傾げた。
怖がらせる様なことをした覚えは……ないつもりなのだが……と今までのことを回想する。
「渚を泣かせるようなことしたら、私が許しません! 金と権力で捻じ伏せます!」
何処かの財閥のお嬢様だとか、兎に角金持ちの家の娘という噂は聞いていたが、凄いことを言うなぁ……
「は……はあ……」
「それから、渚、ほんとに凄い良い子なんです! すごい真面目で、正義感強すぎで、私の一番のファンで居てくれて……」
ノアが目をキラキラさせて熱弁すると、幸村は気圧された。
「最近思ったんです。こんなに良い子なのに、このままで良いのかなって。私が、渚ちゃんを男の子にしちゃってるんじゃないかってずっと思ってて……それで、その……なんだったっけ?」
ノアは言いたいことが纏まらなかった。
「えっとね、えっと……私が言いたいのは、その……幸村さん、悪い人じゃないと思うんです。幸村さんが来てくれて良かったです。渚がこのままだったらなんか悲しいし……その……」
ノアの話を幸村は根気よく聞いていた。
「渚、なんか悩みがあるみたいだけど、私じゃ駄目みたいだから……その……渚の力になってあげてください!」
幸村は少し言葉を詰まらせると軽く頷いた。
「……わかりました」
ノアはそれを聞くとぱっと明るく笑った。
「じゃあ、今度の土曜日、公園に集合です!」
「ええ?!」
急に何を言いだしたのかと幸村は困惑する。
「来なかったら、クレープ三つ奢ってもらいます!」
幸村はノアの天真爛漫ぶりに振り回されていた。
土曜日
幸村は約束の公園に来た。集合時間は九時だが、公園の時計はまだ八時半だ。噴水の前のベンチに腰掛けると、ケータイを開いた。ケータイに付けたキーホルダーが目に入って少し頬を赤くした。今日はウミウシがひっくり返って干からびている絵が描かれたシャツを着るつもりだったのだが、渚が作ってくれたストライプの襟付きシャツにした。何だかんだで貰ってばかりになってしまっていると思った。ふと、ケータイの日付を見て目を細めた。
まだ、五月なのか……
ノアにメールを送ろうとすると、誰かが隣に座った気配で顔を上げた。エスニック柄の青いワンピースが目を引く。左耳の大き目の金のイヤリングが陽の光を反射させていた。抜けるような白い肌に、唇には薄く桃色の口紅を塗っているようだった。一瞬、何処のお嬢さんかと幸村は思ったが、胸元の四葉のクローバーのネックレスが目についた。
「渚さん?」
「仮装させられた」
「お洒落ですね。よく似合っています」
幸村がそう言うと、渚が恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「煽てたって何も出ないからな」
「言葉遣いさえ直せば、どこからどう見てもお姫様ですよ?」
こいつっ……と思ったが、その通りだろう。
「今日はどうしたんですか?」
「ゲームで負けた」
「はい?」
幸村は首を傾げた。渚は爪に塗った桃色のネイルを眺めながら話を続ける。
「ノアに誘われて昨日、ゲーセンに行った。そこで勝ったら何でも言うことを聞くって決めてサーキットやった。二回まで勝ってたけどノアが泣き出すから負けてやったらショッピングモールに連れて行かれて、この服着て公園に来るように言われた」
ノアさんに弱いよなぁ……
幸村は微笑ましかった。
「で、お前とデートして来いって言われてる」
「はあ……それはお気の毒に……」
幸村はそう言って首を傾げた。渚の言葉の意味がやっと脳に伝わり、顔を赤くする。
「え?!」
「は? 聞いてないのか?」
「ここに来いとしか……」
渚はそれを聞くと、幸村の腕を掴んだ。
「あ〜もう、面倒くせぇ」
渚が手を引っ張ると、幸村は恥ずかしそうについて行った。
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