第3話 渚と幸村

 夜中の零時を過ぎると幸村は夜道を歩いた。昔は夜中の零時とか二時、三時と言うと魑魅魍魎とかが出て危ないとか言われていたが、そんな時代はとっくに化石となってしまったらしい。

「いらっしゃいませ」

 コンビニに入ると、アルバイトの声が幸村の耳に届いた。店内を覗くと誰も居ない様に見えたが、陳列棚の影で動く人の気配を察する。その気配に幸村は少し眉を顰めていた。別にコンビニは二十四時間営業なので、夜中の十二時過ぎにお客が来ようと不思議な事では無いのだが、幸村はその気配に妙な違和感を覚えた。少し首を傾げながら店内の様子を伺う。すると陳列棚の影からすごく綺麗な女の人が顔を出した。

「……」

 えっと……

 声を出しかけて思いとどまった。髪は肩にかかるくらいの長さだった。切れ長な目が憂いを帯びている。血色の無い真っ白な肌は、死人のそれだった。白い病院の入院服を着ている。まだあどけなさの残る顔は、中学から高校生と言った所だろう。あまりに綺麗なので、入水か、服毒死辺りでは無いだろうか?

 まだ、若そうなのに……

 幸村がそう考えていると、その幽霊がレジに向かう。

「二百十五円になります。」

「え?」

 レジの店員が少女に向かってそう言うのを聞いて幸村は自分の耳を疑った。

 もしかして、ちゃんと生きている人?

 少女は普通にお金を払って袋を取るとコンビニを出ようとしている。幸村は咄嗟に彼女を追いかけて外へ出ると腕を掴んだ。

「君、まだ子供だよね? こんな時間に一人で買い物だなんて危ないよ!」

 少女は驚いた様な顔をして幸村を見つめていたが、次の瞬間、少女の姿は霞の様に消えてしまった。

「は?」

 幸村の瞳に、さっきまでの少女とは違う、短髪で上下ジャージ姿の中学生の姿が映っていた。ジャージの胸元に『双海』と書かれている。双海が幸村の腕を振り解くと、幸村も驚いた様に目を丸くした。

 あれ?

「いつ買い物に行こうとオレの勝手だろ」

 ごもっともな意見だ。双海はそのまま暗い路地へ歩を進める。幸村は困惑しながらも後を追った。

「待って下さいよっ家まで送りますから!」

「はぁ?」

「そんな格好で一人でうろちょろしていたら危ないですよ。家族の人と喧嘩でもしたんですか?」

「何で赤の他人にそこまで言われなきゃなんねーんだよ」

「深森 幸村です」

「名前なんか聞いてねーよっ」

 双海は幸村を相手にするのに疲れたのか再び歩き始めた。幸村も後をついて歩く。すると再びさっきの少女の影と重なった。

 あれ? この子……

 「ついて来るなよ」

 「何時もこんな時間に買い物に来てるんですか?」

 幸村が言葉を遮るように言うと、双海が舌打ちする音が暗闇に響いた。

 「悪いか?」

 「最近中学生が巻き込まれる事件とか多いんですよ? ご家族の方が心配します」

 「うぜぇ」

 双海がそう言って足を止めると幸村は首を傾げて双海の様子を伺った。

 「ココだよオレの家。着いたんだからさっさと帰れアホ」

 幸村はそれを聞いて一軒家の表札を見た。『双海』と書かれているのを見ると、確かにジャージに書かれた名前と同じだと瞳を泳がせる。

 あれ? どっかで聞いた様な苗字だな?

 幸村がそう考えている間に双海は家へ入って行った。



 寒い日が続いたせいなのか、受験が一段落付いてみんなホッとしたのか、殆どの生徒がインフルエンザに罹って休むとノアは部室に座り込んでぼうっとしていた。偶にセーラー服についた糸屑を見つけて払っている。台詞は全部覚えてしまった。一人で脇役のメイドの台詞まで言える。けれども一人では到底練習にならない。部員の半数が休んでしまうと全く練習が進まないのだ。

「お姫様、ぼうっとしてないで練習して下さい」

 同じ部員の渚が片言に言うとノアは大きな瞳で渚を見上げた。ノアの隣に置かれた机に裁縫道具を置き、その向こう側に椅子を持って来て渚が腰掛ける。今は作業をしているからか、ネクタイを緩めて制服を少し着崩している。

「でも王子様役の榎本君休みだし……それに台本覚えちゃった……」

「じゃぁ、この仕付け糸取って。」

 ぽんとノアの膝に衣装を投げるとノアは隣の机に置かれたリッパーを取って糸を取り始める。

「指刺さない様に気を付けて」

「刺さないよ。これ、なっちゃんが全部一人で作ったの? 相変わらず手先が器用だよね」

「なっちゃんはやめて」

 渚の言葉にノアは口篭った。不機嫌そうな顔をしたまま、渚はノアの隣でミシンをかけた糸の始末をしている。

「今日、機嫌悪いの?」

「夜中に散歩に出てたら変な男に声かけられたせいかな」

「夜中に散歩に出る渚も悪いよ。補導されなかっただけましだと思わないと……」

 ノアがそう諭すが渚の目は明らかに怒りに燃えていた。きっと渚に声をかけた人は可哀想な事に回し蹴りでも食らって病院送りにでもされてしまったのだろう。とノアは想像していた。

 衣装担当の子が全員インフルエンザで休んでも、一日あれば全員の衣装を作り上げてしまう渚にノアは感心していたし尊敬していた。

「これ、あと頼んで良い?」

 渚は段ボールいっぱいに積み上がった衣装を指差してノアに聞いた。

「え? 渚は?」

「大道具がまだ進んでないからそっちに行って来る。仕付け糸が終わったらアイロンかけてハンガーにかけるだけだから簡単だろ?」

 渚の言葉にノアは少し冷や汗を流した。渚程自分は手際が良くないし、速くは出来ない。部活が終わるまでに後三十分あるが、それまでに全部終わらせる事が出来るかどうかなどノアには解からなかった。

「お願い、一緒にやろう」

「セットが本番に間に合わなかったら大変だろ?」

「大丈夫! 渚になら出来る!」

 その人任せな発言に渚は少し頭を悩ませていたが軽く溜息を吐いてノアの隣に再び座り込んだ。衣装を取って手早く仕付け糸を取る。ノアもそんな渚を見て同じ様に仕付け糸を取った。

「ノアは将来、何になるの?」

 渚の唐突な質問にノアは目を丸くして渚の横顔を見つめた。ノアの明るい茶髪とは違い、混じりっけの無い真っ黒な短髪が目を引く。

「ん~やっぱりお嫁さんかな。大きなステンドグラスがある白い教会で、綺麗なウェディングドレスを着て、素敵な人と結婚式を挙げたいな」

ノアが頬を赤らめながらニコニコと語ると、渚はふ~んと鼻を鳴らす。

「渚は?」

 ノアの問いかけに、渚は少し戸惑っている様だった。

「……このままの時間がずっと続けば良いと思ってる」

 ノアは渚が何のことを言っているのか分からなかった。

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