第18話 シャムロック
渚は帰りの新幹線に乗ってぼうっと窓の外を眺めていた。自分の隣の席で小説を読んでいる幸村の横顔が硝子越しに見えると軽く目を細めた。今日は作ってやった灰色のシャツに黒のノースリーブベストを着ている。
「聞いても良いか?」
「はい?」
幸村が小説から目を離すと、渚が振り向きもしないで言った。
「……やっぱりいい」
「え、気になります」
「大したことじゃない」
渚がそう呟くと、幸村は困った様な顔をした。それで渚はまた聞いてみようかと思った。
「思ったんだけど」
渚が幸村へ視線を移すと、幸村は前のめりになった。
「どの辺にオレに惚れる要素があったの?」
「え?」
思ってもみない質問に幸村は口籠った。それを見てやっぱり自分を引き止めるための嘘だったのだと思った。
「最初に会った時から、可愛らしい子だと思っていました」
幸村の言葉に渚はきょとんとした。
「最初?」
渚は口元に手を当てて思い返した。上下中学のジャージに、スニーカー……とても可愛い要素があったとは思えない。否、人の感じ方は夫々だろう……作業着着てても襲って来るアホも居るくらいだからな。いやでも……と頭を悩ませる。
「解せん」
「真面目で真っ直ぐで、少し危なっかしいけど優しい所に惹かれました」
何かすごい勘違いをさせてしまっているのではないだろうかと不安になった。暴力的だし、口悪いし、ノアみたいに可愛くないし……ああ、あれか。
「変な性癖持ってるんだな」
「心の声駄々洩れですよ」
「……で? 連れて行きたい所って何処だよ?」
渚がそう言うと、幸村がきょとんとした表情をする。
「……えと……」
幸村は少し考える素振りをした。
「……すみません、勢いで言ってしまった事で……」
「なんだそれ」
「あ! でも今、思いつきました!」
幸村がにっこりと笑うと渚は首を傾げた。
「はあ?」
駅を出ると、繁華街の方へと幸村は歩を進めた。渚は何処へ行くのかと聞いたが、着いてからのお楽しみだと言われ頭を悩ませる。幸村が活気のある表参道から路地裏に入ると、黒猫の看板が掛けられた小さな店を指差した。
「来たことあります?」
「いや……」
渚は見たことの無い店に困惑した。ノアと行くのはいつも喫茶店か、大きなショッピングモールだ。繁華街の方は表参道の方へしか行ったことが無い。裏路地の向こうは所謂大人向けの店が並んでいると聞いた事があるので、そっちの方へは行ったことが無かった。
ドアを開けると、ドアベルが甲高い音を立てた。入って直ぐに壁に掛けられたいくつもの小さな硝子玉が目に入る。渚は首を傾げながら薄暗い店内を見回した。どうやらアクセサリーショップらしい。硝子玉の中に小さな花や金魚なんかが閉じ込められた様な綺麗な首飾りが並んでいる。
「気に入ったのありますか?」
幸村にそう言われるが、渚は正直アクセサリーとかに興味が無いものだから悩んだ。それともう一つ、悩みの種が値段だ。どれも三千円以上するものばかりなので、渚は安そうな物をとキーホルダーの棚へ視線を泳がせる。それに気付いた幸村も困っていた。
「値段は気にしなくて大丈夫ですよ?」
「あのな、オレは貢いでほしくて付いてきたわけじゃねーの」
本人の気に入った物をと思って連れてきたのに、そう言われてしまうと幸村は困っていた。花火や猫の絵があしらわれた物もある中から幸村はそっと一つの首飾りを手に取った。
「これなんかどうですか?」
渚は幸村の掌に乗った小さな硝子玉を見つめた。薄っすら紫がかった硝子玉の中に四つ葉のクローバーを閉じ込めた様なデザインに渚は幸村の顔を見上げた。ぼんやりと神座池で『じゃあ僕に下さい!』と言われた事が思い起こされて頬が赤くなる。
「え、お前、意味知ってんの?」
「四つ葉のクローバーは、見つけると幸せになれるんですよ?」
渚はそれを聞いて自分の勘違いに気付いた。
あ〜そっちか……まあ、そういうとこだよな。もてないの……なんか期待した自分がバカみたい。恥ずかしい。
「そんなに不幸そうに見えるか?」
「そういう意味じゃないです」
幸村が会計に向かうと、渚は眉根を寄せた。まだ良いとも悪いとも言ってない……と思いつつ、四葉のクローバーが閉じ込められた硝子玉が目に入ると、そのキーホルダーを一つ取った。
お店を出ると、幸村は渚に今買ったばかりのネックレスを差し出した。
「欲しいのがあったのなら、お金出すのに……」
「はあ? ちげぇよ」
渚は幸村からネックレスを受け取ると、さっき自分が買ったキーホルダーを幸村の掌に乗せた。
「交換」
「えっ……」
「これなら貢いだ事にならないだろ? それとも何か? オレが買ったものは受け取れないか?」
幸村は渚の顔と、掌に乗せられたキーホルダーとを交互に見た。
「……違います。こんなの貰ったら……」
幸村が恥ずかしそうに両手で顔を覆うと、渚は首を傾げた。
「嬉しすぎて……」
「女々しい奴だな」
「女の子とプレゼントの交換なんてした事なくて……」
幸村が顔を真っ赤にして言うと、渚までなんだか恥ずかしくなってきた。
「変な奴」
渚はネックレスを付けると、幸村の手を取った。
「ほら、疲れただろ? 帰るぞ」
幸村は照れたように笑った。
帰宅途中、映画館の前で葵とノアに出くわしてしまった。葵の方は渚を見るなりよそよそしくしている。ノアは渚と幸村を認めると、嬉しそうに手を振った。
「渚〜!! おかえり〜!!」
「何でノアがここに……」
渚が詰め寄ると、ノアは嬉々として渚の両腕を掴んだ。
「ピアノの発表会が終わった後、葵さんに誘われて映画観てたの!」
そう言われ、まあ、発表をサボったわけではないなら良いか……ノアの気晴らしにもなったなら良かったと思った。
「それでね。葵さんとキスしちゃった!」
「は?」
女子会トークのノリでノアが口走ると、渚は葵を睨んだ。葵は逃げようとしたが、直ぐに襟首掴まれて顔面に頭突きを食らわされる。
「てめぇ! このド変態! 今直ぐ今日の記憶抹消しろ!」
「待て! 待て待て待て! 俺とノアは付き合ってんの! キスくらい普通だろ?」
「ふざけんなこのタコ!! てめえには百年早えよ!」
渚が一方的に殴り、怒鳴りあっているとノアが幸村の隣に立った。
「幸村さん、渚の実家どうでした?」
「とても充実していて楽しかったですよ」
幸村がそう話すと、何を勘違いしたのか、言い方が悪かったのか、ノアが頬を赤くした。
「そう……だよね。ひとつ屋根の下に居て何も無いわけ無いもんね。後で渚を問い詰めなくちゃ!」
何かものすごい勘違いをさせてしまったと後悔するも、下手な事を言ったらもっと誤解が生まれそうだった。
ノアが変な誤解をしている間も、葵と渚は喧嘩している。
不意に葵は渚がネックレスをしている事に気付いた。
「てめぇこそブスのくせに色めきやがって! この雌豚が!」
渚の振り上げた拳がぴたりと止まった。ノアもそれに気付いて二人に駆け寄る。
「葵さん! 今のは酷いですよ!」
ノアが口を開くと、渚は逃げる様に走り出した。
「待って!」
ノアの声が人混みに掻き消されて行く。渚は誰もいない公園に着くとやっと足を止めた。
やっぱり、明日なんか来なければ良かったのに……
真っ赤な茜雲を眺めながらそう思った。あのまま池の底まで行ったなら、どんなに幸せだったろう……。
「なーぎーさ!」
ノアに呼ばれて振り返ると、ノアはにっと笑った。
「女子会しよう!」
唐突に言われたその言葉に困惑しかなかった。
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