第8話「知識の鍵を求めて」
ラヴェリスの街に近づくにつれ、カイたちは遠くからでもその異様な存在感を感じ取っていた。高くそびえる塔が、空と地を結ぶかのように街の中心に立ち、街全体がまるでその塔を守護するかのように広がっていた。その塔こそ「賢者の塔」、大陸中の知識と魔法が集結する象徴的な存在だ。賢者の塔はまるで古代の巨人が腕を伸ばしたように威圧的で、見上げると首が痛くなるほどの高さを誇っている。
街の入り口に足を踏み入れると、ラヴェリスは賑わいに満ちていた。だが、その賑やかさは他の街とは異なるもので、商人や一般の人々の喧騒というよりも、学者や研究者たちの熱気が渦巻いていた。通りの至るところで、学者たちが巻物や魔導書を手に持ち、魔法の実験や議論を繰り広げている。時折、魔法の光が光線のように街並みを照らしていた。
石畳の道を歩くたびに、カイ、リーラ、エリーは周囲の光景に圧倒された。街の建物はどれも豪華で、石造りの重厚な作りだ。特に目を引くのは、賢者の塔の隣にある「叡智の学園」だ。広大な敷地を誇り、数百年以上の歴史を持つその学園は、賢者の塔と並ぶラヴェリスの知識の象徴とされている。学園の敷地内には、大きな石造りの門が堂々と構えられ、その奥には、魔法の研究に没頭する若い学者や魔導士たちが行き交う姿が見える。
エリーは目を輝かせながら学園を見つめ、まるで魔法の世界そのものに足を踏み入れたように感動していた。「すごい……街がキラキラしてる!」
「ここには世界中の知識が集まってるってわけね。」リーラは少し緊張しながらも、街の様子を興味深く見ていた。彼女は本能的に人ごみや大きな建物を警戒する癖があり、周囲を伺いながら歩いていたが、この街の雰囲気には不安よりも知識への興奮を感じているようだった。
カイは無言で街の奥、賢者の塔を目指していた。彼にとって、街の賑わいや知識の雰囲気は関係なく、ただ一つの目的――古代文明に関する情報を得るために、塔に向かうことしか頭になかった。
賢者の塔は街の中心にそびえ立っており、その存在感は圧倒的だった。石造りの巨大な構造物で、壁面には古代文字が刻まれている。まるでその文字が塔を守る結界の一部となっているかのようだ。塔の頂上には、巨大な時計のような装置が取り付けられており、時間や空間に関する研究が進んでいることが感じられる。
塔の入口に近づくと、厚い木製の扉が固く閉ざされており、その前には鋭い目つきの門番が立っていた。彼は鋼の鎧を身に纏い、手には魔法の力を宿した杖を持っている。その門番は、カイたちを一瞥すると、無表情のまま声をかけた。
「賢者の塔に何用だ?」
カイが前に出て、冷静な声で答えた。「古代文明に関する資料を調べに来た。中に入れてくれ。」
門番はカイをじっと見つめたあと、首を軽く振った。「賢者の塔に入るには、研究者としての身分証が必要だ。研究者以外の者は、立ち入ることは許されない。」
カイは少し眉をひそめ、手に持った傭兵の証を門番に見せた。「これで入れないのか?傭兵の身分証しか持ってないが、古代文明について知りたい。」
門番は傭兵の証を一瞥し、再び首を振った。「傭兵の身分証では入れない。研究者としての資格がなければ、この塔に足を踏み入れることはできない。」
カイはリーラを横目で見たが、リーラは少し苦笑しながら、「まあ、私は当然持ってないわね。職業柄」と肩をすくめた。
カイとリーラは一瞬、顔を見合わせ、無言のままその場を離れた。賢者の塔に入るためには研究者の資格が必要だという事実に、カイは少し苛立ちを感じながらも、冷静さを保っていた。
「正直誤算だったわ……まあ世界中の研究書物が集まる場所なんだし、当然と言えば当然ね。どうする?」リーラが問いかけると、カイは少し考えてから答えた。「一旦、街の図書館で調べるしかない。何か手がかりがあるかもしれない。」
ラヴェリスの図書館は、古代から続く知識の殿堂のような場所だった。天井までそびえ立つ本棚には、様々な書物が所狭しと並び、その中には貴重な古代の巻物や、今では絶版となっている貴重な資料も含まれていた。入り口からすぐに広がるのは、光が差し込む大きな窓と、その前に置かれた読書用のテーブル。学者や魔導士が座り込み、静かに研究を進めている。図書館の中は、しんとした静寂が漂い、紙をめくる音だけが響く。
カイ、リーラ、そしてエリーの三人は、館内を歩きながら古代文明に関する手がかりを探していた。
「ここには色々な知識が詰まってるけど、肝心なことが見つかるかどうか……」リーラは棚を見回しながら呟く。
カイは無言のまま、古い巻物が並んだ棚に手を伸ばし、一つ一つの書物の背表紙に目を通していた。そこには『古代遺跡の探索記録』『魔法大陸の生成』『賢者たちの予言集』といった書名が見えたが、求めている古代文明に関する明確な情報はなかなか見つからない。
一方、エリーは興味深そうに『アルス英雄伝』という分厚い本を手に取っていた。その表紙には、堂々たる騎士が巨大な黒龍に立ち向かう姿が描かれており、見るからに壮大な冒険譚だとわかる。
「ねえ、カイ、この本すごいよ!『アルス英雄伝』って言うんだって!アルスって人、すごく強かったみたいだね!」エリーは目を輝かせながら、本の中に描かれたイラストを見せた。そこには、剣を振るう英雄アルスと、仲間たちが描かれていた。
「アルス英雄伝か……懐かしいわね」リーラがふとエリーの隣に歩み寄り、その本を覗き込んだ。「それは、アルスと彼の仲間たちが大陸に現れた黒龍『ルグナス』を討伐した話よ。」
「ルグナス……?」エリーが少し首をかしげる。
リーラは懐かしむように微笑みながら話を続けた。「そう、ルグナスは数百年前、この大陸に突如現れた黒龍で、無数の国々を焼き払い、多くの人々を滅ぼした存在。伝説によれば、アルスは自らを中心に勇敢な仲間たちを集め、そのルグナスと激闘を繰り広げたの。そして、ルグナスを討伐した年が、ちょうど今の『アルス歴』の始まりの日なのよ。」
「え!じゃあ、アルスってすごい英雄なんだね!」エリーは本に書かれた英雄譚に目を輝かせながら、さらにページをめくった。
『アルス英雄伝』の中には、黒龍ルグナスの恐ろしい姿が描かれている。巨大な翼と鋭い牙、そして全身を覆う黒い鱗は、まるで夜の闇そのもののようだった。その龍を前に、アルスと仲間たちは力を合わせ、時には犠牲を払いながらも最終的に討伐に成功する。エリーはその物語に夢中になりながら、リーラの言葉を心の中で反芻していた。
「だから、今の年号はアルスの偉業を称えて『アルス歴』と呼ばれてるのよ。」リーラが優しく説明する。
「すごいなあ……私も、何か特別なことができるかな?」エリーはぼんやりと呟き、手元の本を見つめながらふと考え込んだ。
カイはそんな二人のやり取りを聞きながら、本棚に並ぶ古い書物を次々と調べていた。『古代の神々と遺物の起源』『失われた遺跡の謎』『賢者アルファスの予言』など、興味深いタイトルはあったが、具体的に古代文明についての手がかりになるものはなかった。
カイはラヴェリスの図書館の中を歩きながら、何気なく本棚の一角に目をやった。そこで、ふと「剣の極意について」というタイトルが目に留まった。その背表紙は他の書物と比べてひときわ古びており、使い込まれた様子が感じられる。カイは、半ば興味本位でその本を手に取った。背表紙を指でなぞり、静かにページをめくると、内容は剣技や戦士の心得に関するものだった。
ページを進めていくうちに、ある一節がカイの目に留まった。
「かつて剣聖『ルシフェル』は言った。『剣の強さは技術でなく、心の強さで決まるものだ。剣士を、そして戦士を真に強くするのは、揺るがない信念とその魂に宿る覚悟である』」
カイはしばらくその文章をじっと見つめた後、軽く鼻で笑った。「……くだらん。」
その一言は、あまりに無感情で、冷たく響いた。剣聖の教えを即座に否定するかのように、カイはすぐにその本を閉じた。
「何がくだらないの?」不意にリーラが近づいてきて、カイのつぶやきを聞いていたようだ。彼女は興味深そうにカイの持っていた本を覗き込んだ。
「……剣聖によると『心の強さが剣士を強くする』らしい。」カイは軽蔑するような声で、再びその文章を読み上げた。「剣の強さは技術で決まる。信念や覚悟なんてものが、剣を振るう力になるとは思えない。」
リーラは肩をすくめ、少し笑みを浮かべながら言った。「まあ、カイらしいわね。たしかに戦場でそんな理想論は通じないことも多いけど、でも、心の強さが重要なのも確かじゃない?ただ剣を振るだけじゃ、戦いは勝てないこともあるわ。」
カイはリーラの言葉を一瞥して返答した。「心なんてものに頼ってる奴は、戦場じゃすぐに死ぬ。それが現実だ。おれは傭兵をして日銭を稼いでいたが、そんなやつを何度も見てきた」
リーラは少し思案するように考え込み、軽く首を振った。「ふーん、でも私は、剣聖の言葉も一理あると思うけどね。たしかに、技術がなければ勝てない。でも、心が折れたら、それこそ剣を握れなくなるんじゃない?」
カイはリーラの言葉に少しの間、無言でいたが、やがて小さく息を吐いた。「……俺には信念なんてものはない。ただ、復讐のために剣を振るう。それだけだ。」
その冷たい言葉にリーラは何も言わず、ただ静かにカイを見つめた。彼女はカイの復讐心の強さを理解しつつも、どこかに彼がまだ感じ取れていない何かがあるのではないかと考えていた。
「……ま、そういう考えもあるわね。」リーラは軽く笑みを浮かべ、話を切り上げた。
カイは重い本を閉じ、再び無言で次の本棚へ向かった。リーラもエリーも、別の棚で古代文明に関する書物を探し始めたが、なかなか確かな情報に辿り着けなかった。
「やっぱり、この図書館には限界があるかもしれない。貴重な資料は賢者の塔にしかないんじゃないかしら?」しばらくして、リーラが本を戻しながら、カイに向かって話しかけた。
「……そうかもしれないな。だが、どうにかして塔に入る方法を考えないと古代文明についてはわからずじまいだ」カイは無言で頷き、再び本棚を見つめた。
その時、背後から静かな声が聞こえた。
「古代文明……その言葉に興味があるようだね?」
振り返ると、そこにはローブをまとった中年の男性が立っていた。彼の紫色の髪と、冷静で知識に満ちた瞳が印象的だった。男は穏やかに微笑みながら、カイたちの方に歩み寄った。
「君たちが古代文明に関心を持っているなら、もしかすると私が役に立つかもしれない。少し話してみないか?」
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