第9話「賢者の塔」

レオンは静かに目を細め、彼らに向けて語りかけた。

「君たちも古代文明に興味があるようだね?」


カイ、リーラ、エリーは立ち止まり、レオンに注目した。レオンの姿は一見して知識人そのもの。年齢は40代くらいだろうか。ローブの隙間から見える本が、彼の知識欲を象徴していた。紫色の髪に額の深い皺、深い知識を感じさせる瞳を持つ彼は、まるで答えを探し続ける探究者のように、落ち着いた声で話し始めた。


「誰だあんた」


「私はレオン・アルダヌス。古代文明を研究している者だ。かつて大陸を支配したアルヴァンド古代文明、それに秘められた力や失われた技術を解き明かしたいと思っている。だが、賢者の塔でも限界がある……」レオンは真剣な表情を浮かべ、彼らに近づいた。


「賢者の塔は大陸中の知識が集まる場所だが、その中でも特に重要な情報が保管されているのが最上階にある禁書庫だ。しかし、そこには誰も自由に立ち入ることは許されていないんだ。私でさえ、長年の努力を重ねてもその禁書庫には立ち入れない。だが、そこにだけは、どうしても入らなくてはならないんだ……!」


「どうしてそこまで必死なの?」リーラが少し興味深げに尋ねた。


レオンは目を閉じ、しばらく深呼吸をしてから、まるで抑えきれない感情を吐き出すように言葉を紡ぎ始めた。


「純粋な知識欲だよ、私を突き動かしているのは。それ以外に何があるというんだ?」彼の声は次第に熱を帯び、言葉に力を込めていった。「この世界には、無数の謎がある。誰もが気づかずに見過ごしてしまうかもしれない、何千年も前の知識が、すぐそこに、私たちの手の届くところにあるんだ。それをただ見過ごせるわけがない!」


彼は拳を握りしめ、カイたちを強く見つめながら続けた。「目の前に謎があるのに、それを解明できない。このもどかしさがわかるか?私は、これまで膨大な時間を費やしてきた。あらゆる文献を読み、あらゆる証拠を集めてきた。それでもまだ、答えに辿り着けないんだ。あと少し……あと一歩で真実に手が届くというのに、まるで世界そのものがそれを拒んでいるかのように感じる。この苛立ちと絶望が、どれほどのものか!」


レオンは手を広げ、空を見上げるように語り続けた。「知識を得ること、それこそが私の生きる意味だ。この大陸には、解明されないまま眠っている真実が山のように積み重なっている。それを明らかにしないまま終わるなんて、耐えられない。何も知らないまま、過去の偉業を理解せずに生きることほど、無意味なことはない!」


彼は一瞬言葉を切り、苦しげに息を吐き出すと、再び目をカイたちに向けた。「だからこそ、私は必ず解明する。この手で証明してみせる。アルヴァンド文明の謎を暴くことができれば、人類の未来すら変えられるかもしれないんだ。それが、私の使命であり、私が生まれた意味だ!」


その声は震えながらも確固たる決意に満ち、彼の内なる情熱がカイたちに伝わるようだった。


エリーが小さな声でつぶやいた「変な人……」


リーラが興味を示し、軽く笑みを浮かべた。「話は分かったわ、でも、どうしてその禁書庫に入らないといけないの?」


レオンは深く息を吐き、カイたちをじっと見つめた。「古代文明に関する決定的な手がかりがそこにあると確信しているからだ。今までの研究ではどうしても解明できなかった点がある。それを明らかにするためには、禁書庫の情報が必要なんだ。しかし、そこは厳重な警備によって守られていて、警備隊に邪魔されて自由に入ることはできないのだ。」


「それで、おまえは俺たちに協力を求めているってわけか?なぜ俺たちなんだ?」カイが腕を組み、冷静に問いかけた。


レオンは少し笑みを浮かべ、カイたちを順番に見渡した。「君たちが賢者の塔の入り口で門前払いされているのを見かけた時だよ。その時、一目でわかった。君たちはただの旅人じゃない……実力者だと。」


カイは眉をひそめ、何かを探るような視線をレオンに向けたが、彼は平然とした顔で続けた。「これでも、私は数年ほど遺跡を巡りながら、ついでに冒険者稼業をやっていたこともある。実力があるかどうかくらい、見ればわかるんだ。」


レオンはカイに向けて微笑んだが、その瞳には鋭い洞察力が輝いていた。「私一人では、賢者の塔の禁書庫に入ることは難しい。だが、君たちの力があれば話は別だ。実力を持つ者同士なら、協力する価値があると思わないか?」


エリーが少し戸惑った様子でカイの顔を見上げ、「禁書庫って、そんなに危ないの?」と尋ねた。


レオンは穏やかに微笑んだ。「禁書庫自体が危険というわけではないが、そこに入ることが問題なんだ。塔の最上階は特殊な魔法で守られているし、警備隊は常に巡回している。魔法は私でもなんとかなるが、警備が厄介だ。だが、そこにしかない情報が存在することは間違いない」


リーラは腕を組みながら考え込んだ。「それで、ここで話してるのも危ないんじゃない?誰かに聞かれたら困るし、賢者の塔で何か企んでると思われたら面倒よね。」


レオンは静かに頷き、「確かに、ここでは目立ちすぎる。場所を移そう。少し静かな場所があるんだ、そこで計画の詳細を話そう。」と提案した。


カイはその提案を受け、周囲を見渡した。「いいだろう。ここでは話がしにくい。案内してくれ。」


レオンは微笑み、カイたちを導いて図書館を出て、少し離れた場所にある静かな裏通りへと向かった。



静かな店内には、かすかに薪が燃える音と、低く響く会話の声だけが漂っていた。外の喧騒がまるで嘘のように、ここは時間がゆっくりと流れているかのようだった。古びた木製のテーブルや椅子は使い込まれ、ところどころに剥げた部分があるが、それがこの店の歴史を感じさせる。壁には淡い光を放つランタンが掛けられ、その光がぼんやりと部屋全体を照らしている。天井には太い木の梁があり、その上にはいくつもの瓶やカップが整然と並べられている。


店内の奥では、いくつかのテーブルが並び、座っている者たちは皆それぞれの話に夢中になっていた。空気は穏やかでありながら、どこか重苦しい雰囲気も漂っている。外の世界とは隔絶されたこの場所で、カイ、リーラ、エリー、そしてレオンは一つのテーブルを囲んでいた。


「まずは自己紹介ね。私はリーラ・アシェンフォード」

「カイ・ヴァルムンドだ」

「私はエリー!」


レオンは三人の顔を見渡して頷いた。「よろしく頼むよ。さて、本題だが、この前、塔の議員と共に、禁書庫に足を踏み入れる機会があってね。」彼の声は低く抑えられていたが、明らかに興奮を隠しきれない様子だった。「そこで見つけたんだ……『アルヴァンドの書』という古代の書物を。あれは他の本とは明らかに補完の仕方が違っていた。古いんだが、妙に保存状態が良く、まるで何かを守っているかのような気配が漂っていたよ」


カイが腕を組み、レオンをじっと見つめた。「それが欲しいってことか?」


レオンは頷き、再び手を組みながら話を続けた。「ああ、どうしても手に入れたい。アルヴァンド文明に関する手がかりがそこに眠っている気がしてならないんだ。だが、問題があってね……先ほども言った通り、禁書庫は厳重に警備されている。私一人で潜入するのは無理だろう。だから、君たちに協力を頼みたいんだ。」


リーラが少し身を乗り出して、鋭い目つきでレオンを見た。「つまり、あんたは私たちに塔に潜り込んで、その『アルヴァンドの書』を取ってこいってこと?」


レオンは小さく笑い、「まぁ、そういうことになるね。でも、私もただ見ているわけじゃない。君らと一緒に潜入するつもりだ。塔の中の構造はある程度知っているし、議員とも多少のつながりがある。だが、一人には外で警備兵の目を引いてもらわないと、我々が見つかるリスクが高くなる」


カイは黙って少し考えた。果たしてこれが俺たちに利益のある話なのか、その書物に俺たちが求めている情報があるとも限らない…だが…


カイは少し考えた後、静かに頷いた。「いいだろう、協力してやる。役割としてはリーラが潜入役、俺が陽動役ってわけだな」


「おお!助かるよ!君なら強そうだし大丈夫だろう?外で警備兵を引きつけてくれれば、私とリーラで禁書庫に潜入し、目的の書物を手に入れることができる」


「エリーは??」


エリーは覗き込むように俺たちを見たが、それに対してレオンが微笑みながら答えた。

「お嬢さんはお留守番だ。」


エリーはそう言われると肩を落としたが、自分にできることはないと思ったのか、それ以上はなにも言わなかった。


リーラは少し考え込むように視線を落とし、しばらく黙っていたが、やがて顔を上げた。「まあ、あんたの計画は悪くないわね。ただ、成功するかどうかは私たち次第ってわけか……。ま、やってやろうじゃない」彼女の目には決意の光が宿っていた。


「決まりだな」カイは軽くため息をつきながら言った。「俺は外で奴らをうまく引きつける。お前らはその隙に塔に入って、目的のものを手に入れろ」


レオンは満足げに頷き、微笑みを浮かべた。「さすがだよ。これで道は開けた。あの書を手に入れたら、私たちは大きな一歩を踏み出せる……アルヴァンド文明の謎に迫れるのだ!」


三人は互いに視線を交わし、計画を固めていった。



決行の夜、空には薄雲が広がり、街全体が静けさに包まれていた。ラヴェリスの中心にそびえる賢者の塔は、暗闇の中でもその巨大さを際立たせ、まるで何者も寄せ付けないかのような冷たい威厳を放っていた。塔の入り口には数人の警備兵が配置されており、その鋭い目は周囲を監視していた。


レオンとリーラが賢者の塔に向かう準備をしている最中、リーラが自分の変装を終えた姿をレオンに見せた。彼女はまるで一流の研究者の助手のように変わり、落ち着いた姿勢と冷静な態度でそこに立っていた。普段の暗殺者としての姿とは全く異なるリーラの変装に、レオンは一瞬驚きを隠せなかった。


「ほぉ……これは驚いた。君がここまで自然に変装できるとは、まるで別人だ。」レオンは感心したように口元を緩めながら、彼女をじっくりと観察する。


リーラは軽く肩をすくめ、無表情で応じた。「変装は私の仕事の一部よ。これくらいお手の物だわ。」


「まさに完璧だ!助手の姿そのものだな。君がここまで変身できるとは、暗殺者としてだけじゃなく、舞台役者にもなれるんじゃないか?」レオンは冗談めかして微笑んだ。


「役者には興味ないわ。だけど、潜入なら問題ないでしょ?」リーラは冷静な表情のまま、鋭い視線をレオンに向ける。


「もちろんだ。これで警備兵も君を疑うことはないだろう。完璧な作戦の一歩目だな。」


リーラは軽く頷き、腰に差した短剣の位置を確認しながら、真剣な声で言った。「じゃあ、行きましょう。時間がないわ。」


塔の入り口に近づくと、警備兵が二人をじっと睨みつけた。「何用だ?」一人が冷たく声をかけた。


レオンはにっこりと笑い、毅然とした態度で応じた。「私はレオン・アルダヌス。塔での研究に携わっている者だ。今日はこの助手と共に、夜間の調査を進める許可を得ている。」


警備兵は一瞬、レオンの顔とリーラを見比べたが、特に疑う素振りも見せず、軽く頷いた。「許可は取っているか?」


「もちろん、ここに。」レオンは手際よく書類を差し出す。警備兵はそれを手に取り、しばらく目を通してから、またリーラの方に目を向けた。「助手とは珍しいな。最近では多くの研究者が一人で来ているが。」


リーラは冷静に微笑みを浮かべ、落ち着いた声で答えた。「先生のお手伝いをするために呼ばれました。私の力が必要だと仰ってくださって。」


警備兵は一瞬顔をしかめたが、再び書類に視線を落とし、「まぁ、いいだろう。だが、規則を破るな」と軽く警告してきた。


レオンはにこやかに微笑み、再び礼を述べた。「もちろん、規則は守る。ありがとう。」


そのまま二人は塔の中へと歩みを進めた。暗く冷たい石造りの廊下を進むたびに、リーラは周囲の状況を警戒しながらも、冷静さを保っていた。レオンは先導しながら、階段を上へと登っていく。


「よし、ここまでは順調だ。これからが本番だが……問題ないな?」レオンが小声でリーラに尋ねた。


「問題ないわ。さっさと済ませましょう」とリーラは低く応じた。


一方、そのころ――


塔の外で、カイは冷静に準備を進めていた。傭兵のように剣を腰に構え、戦闘の準備を整えている。しかし、ふと背後に気配を感じ、振り返るとエリーが近づいてきていた。


「……何をしている?」カイはエリーを見下ろしながら尋ねた。


エリーはニヤリと笑い、手の中から何かを取り出す。「これ、カイにあげる!顔がばれちゃ駄目でしょ?だから、これをつけて!」そう言って、エリーは鼻が長い小さなゴブリンのお面をカイに差し出した。


カイはそのお面を見つめ、眉をひそめた。「……視界が狭くなるだろう。使えない。」


「でも、顔を隠さないとまずいんじゃない?」エリーは少ししつこく食い下がる。


カイはしばらくお面を見つめ、ため息をつきながらも、考え込んだ後にエリーの手からそれを受け取った。「……仕方ないな。ありがたく使わせてもらう。」


「うん!きっと似合うよ!」エリーは無邪気に笑い、カイがゴブリンのお面をかぶる姿に満足げだった。


「……これで陽動を始めるか」カイはお面越しに視界を確認し、剣を手にしながら静かに言った。


――その頃、塔の中では――


レオンとリーラは塔の最上階に近づいていた。静寂の中に緊張が漂っていた。レオンは慎重に周囲を確認しながら、やがて禁書庫のある階にたどり着き、角に身を潜めて禁書庫の方を覗いていた。禁書庫の前には全身に鎧を着た警備兵が二人立っていた。


「ここだ……『アルヴァンドの書』はここにある」レオンは扉の前で一息つくと、リーラに合図を送った。


リーラは頷き、カイが行動を開始する時間が来たことを感じ取り、冷静に「警備兵がどいたら行くわよ」と短く言った。


レオンは時計を見て、決められた時間を確認する。「……カイが動き始める頃だ」


その頃、塔の外でカイが静かに言った。「行くか。」

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