第7話「目的」
食事が済んだあと、エリーはベッドに腰掛けながら、カイが立てかけた剣をじっと見つめていた。彼女の目は、その重厚で傷だらけの剣に引き寄せられている。
「ねぇ、カイ。その剣、すごくかっこいいね。大きくて……なんかすごく強そう。名前、あるの?」
カイは窓の外を見ながら答える。「……名前なんてない。これは親父からもらったものだ。」
エリーは驚いたように目を丸くし、軽く笑いながら言った。「えー! 名前ないの? そんなに立派な剣なのに? だったら私がつけてもいい?」
カイは少し眉をひそめ、エリーの提案に困惑した様子で彼女を見た。「……名前なんて、つける必要はないだろう。」
「でも、せっかくだから! 私、剣に名前がある方が素敵だと思うの。ほら、もっと特別な感じがするし!」エリーはニコニコしながら、カイの方に近づいていく。「ねぇ、何か意味のある名前にしようよ。カイが生まれた場所の名前とか、どう?」
カイは少し考え込んだが、やがて深いため息をつきながら言った。「俺の生まれた場所……カルナ村だ。」
「カルナ村か……。うん、それいいじゃん! じゃあ、この剣は『カルナ』って名前にしよう!」エリーは嬉しそうに笑い、まるで大発見をしたかのように頷いた。「どう? カルナ、強そうでかっこいい名前だと思うよ。」
カイは一瞬驚いたようにエリーを見たが、すぐにその視線をそらし、無表情で応じた。「……そうか、好きにすればいい。」
エリーは剣を見つめ直し、さらに興味深そうに目を輝かせた。カイの剣は黒鉄の刃が長く、無数の戦いを物語るかのように細かな傷が刻まれている。柄の部分はしっかりと革で巻かれ、長年使い込まれているのが一目でわかる。刃先は鋭く研ぎ澄まされ、どんな相手にも躊躇なく斬り込めるような鋭利さを持っている。
「この剣、すごく頑丈そうだね……。でも、どこか優しい感じもするのは、きっとカイがずっと大事にしてきたからかな?」エリーは剣に優しく触れようとしたが、途中で手を引っ込めた。「ふふ、名前がついたら、もっと特別に見えるね。」
カイは窓の外を見続けながら、ぼんやりとエリーの言葉を聞いていたが、どこか不思議な感覚を覚えていた。彼がその剣に特別な感情を抱いているわけではなかったはずだが、今は少し違った。エリーがつけたその「カルナ」という名前が、過去の記憶をそっと呼び起こしているようだった。
「……カルナ、か。」カイは小さく呟いた。
扉が軽くノックされ、リーラが戻ってきた。扉が開くと、いつもの軽やかな足取りで部屋に入ってきた彼女は、カイとエリーの様子を見てにやりと笑った。
「ふーん、いつの間にそんなに仲良くなったの?」リーラは軽口を叩きながら、カイの隣に立つ。エリーは少し驚いたように顔を赤らめたが、何も言わず視線をそらした。カイは表情を変えずにリーラを一瞥し、淡々と答えた。
「……別に仲良くはない。話してただけだ。」
「そう?」リーラはにやりと笑い、エリーをちらっと見てから、少し真剣な表情に戻る。「ま、それは置いといて……情報を集めてきたわよ。」
リーラは椅子に腰掛けると、腕を組んで話を始めた。「まず、ルドルフがこの街に来たって話、あれは本当よ。それだけじゃなく、ここに来たときに研究施設に入っていたらしいわ。その日のうちに街を出たけど、研究施設に入ってた理由はまだ謎。でも、面白いことがわかったわ。」
カイは眉をひそめて、リーラに視線を向ける。「何だ?」
「これまでルドルフが訪問した街、どこにも必ず研究施設があったってことよ。行く先々で何かを探してる、もしくは調べてる。どうやら、『アルヴァンド古代文明』と何かしらの関係があるのは間違いなさそう。」
エリーは、リーラの言葉を聞いて少し顔を上げた。アルヴァンドという言葉に反応しているかのようだったが、彼女自身もその理由はわからなかった。カイは険しい顔つきでリーラを見つめ、「どうやってそんな情報を手に入れた?」と問いかけた。
リーラは肩をすくめて笑みを浮かべた。「帝国兵と一緒にお酒を飲んで、ちょっとおしゃべりすれば簡単よ。彼ら、意外と口が軽いの。」
「……なるほどな。」カイは納得したように頷きつつも、どこか不快そうな表情を隠せなかった。
「それで、次はどうするつもり?」真剣な表情で問いかけた。
カイはリーラの顔を見ずに答えた。「ルドルフの足跡を追う。やつが訪れた街を回って、そこから手がかりを掴む。」
「それも悪くないけど……」リーラは少し考え込むようにして続けた。「ただ、単にルドルフが訪れた場所を追うだけじゃ、私たちはただの後追いになるわ。やつは何かを調べている。なら、私たちもその調査の目的を掴んで、一歩先に出るべきじゃない?」
カイは少し眉をひそめ、リーラに視線を送った。「一歩先に出る?」
「そう。ルドルフが古代文明に関する何かを調べているのは確実よね。それなら、その知識が集まる場所に行くべきだと思うの。私が考えるに……『賢者の塔』が最適よ。」
「賢者の塔?」カイは目を細めながらリーラの言葉を繰り返した。「たしか場所はアグレナス諸国連合のラヴェリスという街だったか」
「そう。あそこは大陸中の知識が集まる場所で、古代文明に関する書物や研究者がいる。ルドルフが探しているものが何なのか、私たちも賢者の塔で情報を得られるかもしれない。」
カイは少しの間黙り込んだ。リーラの提案について深く考えている様子だった。
「賢者の塔には、本当にそんな情報があるのか?」カイが低く、慎重な口調で問いかける。
「確実なことは言えないわ。でも、これまでの情報から考えると、ルドルフが古代文明について調べているのは明白よ。賢者の塔なら、彼が何を探しているか、あるいはどこへ向かっているのかがわかるかもしれない。」リーラは真剣な表情でカイを見つめた。「何も動かずに追いかけ続けるよりは、先回りする方が賢明だと思うけど、どう?」
カイは腕を組み、しばらく考え込んだ。ルドルフの手がかりを直接追うのもひとつの方法だが、確かにリーラの言う通り、もっと大きな視点でやつの目的を知ることが重要かもしれない。情報を集められるなら、確実に動ける。
「……いいだろう。」カイはゆっくりと頷き、リーラの提案を受け入れた。「賢者の塔に行く。そこでルドルフの目的を探る手がかりを見つける。」
リーラは満足げに微笑み、手を叩いた。「決まりね。」
カイは剣を鞘に収めながら、静かに立ち上がった。「だが、賢者の塔に向かうとしても、気を抜くな。何が待ち受けているか分からない。」
「ええ、もちろん。」リーラは頷き、再び笑顔を浮かべた。「さて、これで一歩先に進む準備が整ったけど、もう一つ問題があるわ。」リーラは声を低くし、椅子から立ち上がった。「エリーを連れ出したことがもうばれてるみたい。帝国が彼女のことを捜索してる。早くこの街を出た方が良さそうよ。」
「……わかった。すぐに出よう。」カイはすぐに決断し、立ち上がって荷物をまとめ始めた。エリーも慌てて準備を始めたが、リーラがそこで少女用のを取り出す。
「はいこれ。エリーの服装は目立つから、街でそれっぽいのを買ってきたわ」
「ありがとう!リーラ!」
「ふふ、どういたしまして」
エリーは渡された服に着替え始める。その様子を見ながらリーラがカイの耳元で囁いた。
「それと……エリーについての情報は、手に入らなかったわ。何か隠されてるのかもしれないけど、簡単に掴めるものじゃないみたい。」
カイは無言で頷いたが、エリーの方を一瞬見やり、複雑な表情を浮かべた。エリーは自分が何者であるか、何も知らないまま仲間と旅を続ける運命にある。彼女が持つ何かが、大きな鍵となることを、カイはぼんやりと感じ始めていた。
「行くぞ、準備はいいか?」カイはエリーに向けて声をかけた。エリーは小さく頷き、荷物を抱えてカイとリーラの後をついていく。
こうして、3人は新たな目的地へ向かい、夜の闇の中へと静かに消えていった。
夜の森は静かで、木々の間を抜ける風がかすかに葉を揺らしていた。月の光が木漏れ日となって道を照らしているが、それでも道は暗く、時折遠くで小動物の鳴き声が聞こえるだけだった。カイ、リーラ、そしてエリーの三人は慎重に足を進めながらも、会話を交わしていた。
「……兄さんの手がかりは、見つかったのか?」カイがふいに口を開いた。彼の低い声が、静寂を破る。
リーラは少し驚いたようにカイを見たが、すぐに笑みを浮かべた。「見つからなかったわ。でも、心配してくれてるの?」彼女は冗談めかした口調で、笑いながらカイを見つめる。
カイはその視線を少し避けるようにして、顔をそむけた。「……別に。」
「そう。」リーラは軽く肩をすくめ、再び前方に視線を戻した。「まぁ、いつか見つけるわ。諦めるつもりはないしね。」
エリーは二人のやり取りを聞きながら、好奇心に駆られてリーラに問いかけた。「リーラ、お兄さんって……どんな人だったの?」
リーラは一瞬言葉に詰まったが、すぐに表情を緩めた。「昔の話よ。私は孤児だったの。小さい頃、親はもういなくて、兄さんが私をずっと面倒見てくれてた。とても優しい人だった……でも、ある日突然消えたの。」
「消えた?」エリーはその言葉に驚き、もう一度聞き返す。
「そう。突然、何も言わずに消えた。街から姿を消したのよ。それ以来、ずっと探してる。でも、手がかりはなかなか掴めない。」リーラは寂しそうに笑った。「でも、大丈夫よ。私は強いし、いつか必ず兄さんを見つける。」
エリーはその話を黙って聞いていたが、やがてリーラに続いて、カイの方を向いた。「……カイも、何か目的があるの?」
カイはその質問に、一瞬だけ考え込むように視線を下げた。しかし、嘘をつく理由もないと感じ、静かに答えた。「……復讐だ。帝国の将軍、ルドルフを討ち、帝国を滅ぼす。それが俺の目的だ。」
「復讐……?」エリーは驚いたようにカイを見つめた。
「13歳の時、俺の村は帝国軍に襲われた。家族も友達も、全てを失った。その時の指揮官がルドルフだった。だから、俺はやつを討つためにここまできた。それだけだ。」カイの声は冷静だったが、その言葉には重みがあった。
エリーはその言葉をじっと噛み締めるように聞いていた。彼女は自分とは違う、明確な目的を持つ二人に少し圧倒されたような気持ちになった。
「……私も、目的が欲しいな。」エリーがぽつりと呟いた。彼女の言葉はかすかに森の静けさに溶け込む。
リーラはエリーの言葉に優しい笑みを浮かべた。「エリーは何がしたいの?」
エリーはしばらく考え込んでいたが、やがて小さく首を振り、ふっと微笑んだ。「……まだよくわからない。でも、私も何かを見つけたい。自分が何者なのか、誰なのか。それを知るために旅をする……それが、今の私の目的かな。」
カイはエリーの言葉に何も言わず、ただ前方を見つめていた。リーラはその様子を見ながら、軽く笑った。「それでいいんじゃない?みんな、何かを探してる。目的はそれぞれ違うけど、いつか見つかるはずよ。」
エリーは安心したように微笑み、夜の森を進む足取りが少しだけ軽くなったように感じた。カイ、リーラ、そしてエリー、それぞれが異なる目的を胸に、彼らの旅は続いていく。
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