第5話「デルカナス」

カイとリーラは、デルカナスの街に到着した。デルカナスの街は活気に溢れ、昼間の通りは賑わいを見せていた。石畳の道路を歩く商人たちや、荷車を引く労働者、町の中央広場で物を売り買いする人々が溢れかえっている。街を囲む高い城壁の間には、大きな門が堂々と構えられ、その内側では市場が広がっていた。各店舗の前には商品が並び、人々が笑顔で取引をしている様子が見える。香辛料の香りや、焼きたてのパンの匂いが漂い、音楽や笑い声が途切れることなく聞こえてきた。


「……活気のある街ね」リーラが呟きながら、軽く目を細めて周囲を観察した。


カイはその言葉には返事をせず、ただ周囲の様子を冷静に見回していた。街の表向きの平和な様子とは裏腹に、彼らが追っている影――ルドルフ将軍や帝国の陰謀が、ここにも深く根を張っていることは明らかだった。


「俺たちがここに来ることをあの情報屋から帝国兵に知られているかもしれん。注意しろ」

その言葉に、リーラは軽く頷いた。


「まずは情報を集める必要があるな」とカイが静かに言った。


「そうね。あんたは酒場で浮くタイプじゃないけど、私なら自然に溶け込めるわ」


リーラはカイを見てにやりと笑いながら、しなやかに肩をすくめた。


二人は街中の賑わいを避け、通りの奥にある酒場に向かった。そこは「冒険者の集う場所」として知られる酒場だった。入り口には酒に酔った客が笑い合いながら話し、酒場の中では冒険者たちが大声で騒ぎ立てている。壁には古びた武器や地図が掛けられており、長いテーブルがいくつも並び、そこで仲間同士で酒を酌み交わす姿が目立っていた。


リーラは一歩前に出て、カイを振り返りながら軽く目を細めた。「ここからは私の役目ね。あんたは静かにしてて」


カイは無言で頷き、少し離れたところに立って様子を伺った。彼は目立たないようにしつつも、常に周囲の動きを警戒していた。


リーラは酒場のカウンターに向かい、グラスに入れられた酒を軽く受け取ると、視線を巧みに使いながら近くの冒険者たちに近づいていった。彼女の優雅な動きと微笑みが、その場にいた男たちの注意を引いた。


「ねえ、ちょっと教えてくれないかしら?」リーラは女性らしさを巧みに使い、甘い声で話しかけた。彼女の瞳が興味深そうに輝き、男たちはそれにすぐに応じた。


「もちろん、何でも聞いてくれよ、お嬢さん!」一人の男が笑いながら言い、周りの冒険者たちも同調するように酒を持ち上げた。冒険者の男はリーラの豊満な体を見て下卑た笑みを浮かべている。


リーラは軽く笑って彼らの言葉を受け流しながら、さりげなく話題を切り出す。「私旅をしていて、初めてこの街に来たんだけどずいぶん活気があるわよね。なにか理由ってあるの?」


男たちは顔を見合わせながら少し黙ったが、やがて一人が小さく笑いながら言った。「まあ、聞いた話だけどな……この街の外れに、帝国が運営する施設があるらしいんだ。研究施設とかなんとか……」


「研究施設?」リーラは少し眉を上げながら興味を示した。


「そうさ。街の近くに古代文明の遺跡があるらしいんだ。その調査のために帝国が施設を作って、そこの研究者たちが何かやってるって話だ。そこで見つかった遺物やらを売り捌いて、この街は豊かになったらしい」


リーラはその情報を聞き、わずかに口元を歪めた微笑みを見せた。「ありがとう。十分よ」


彼女は軽く礼を言うと、カイの方へ戻った。カイはリーラの表情を読み取るように見つめながら、静かに問いかけた。「どうだった?」


「話によると、この街の近くに古代文明の遺跡があって、帝国が調査のために運営してる研究施設があるらしいわ。そこで何かやってるのは確かね」


「古代文明…『アルヴァンド』か?」


「古代文明って言ったら、それしかないでしょうね」


『アルヴァンド古代文明』とは、何千年も前にこの大陸に存在した古代文明だ。現代よりもかなり発展した技術を持っており、その遺構や遺物が今でも残っているが、それらは現代の技術では再現不可能なレベルのものだ。

アルヴァンド文明がなぜ滅びたのか、その理由は未だに解明されていない。戦争、自然災害、または文明自身の技術力が暴走した結果など、様々な仮説が立てられているが、いずれも決定的な証拠は見つかっていない。彼らが残した遺跡や遺物を通じて、今も大陸中でアルヴァンド文明の研究が進められている。


カイは少し黙り、思案するように目を細めた。古代文明の遺跡という言葉が、彼の中で引っかかる何かを刺激した。ルドルフ将軍や帝国の計画と関連している可能性が高い。


「……潜入するか」カイが低く言った。


「やっぱりそう来ると思ったわ。私も同じ考えよ」


リーラは笑いながら短剣をちらりと確認し、カイに向き直った。二人は目で軽く合図を交わし、これからの潜入に備える準備を整え始めた。


「夜に動くのがいいわね」リーラが小さく呟き、カイもそれに同意して頷いた。


二人はこの新たな危険な冒険に向けて、再び歩みを進めるのだった。



深夜


カイとリーラは月の光を背に、闇に紛れて研究施設の外壁に近づいた。この施設は帝国の手によって建設されたもので、街とは違う雰囲気が漂っていた。施設の建物は、まるで空に向かってそびえ立つような鋭い塔を中心に、複数の棟が複雑に絡み合う形で広がっていた。壁は暗い金属で覆われており、その表面には奇妙な光る紋様が描かれている。明かりが少なく、暗闇が施設全体を包み込んでいる。


「……ここだな」とカイが低く呟いた。


リーラは無言で頷きながら、周囲を警戒していた。彼女は暗殺者としての技能を活かし、施設の周囲を見渡しながら、侵入経路を見極めていた。二人は戦闘を避ける方針で、この厳重に守られた施設に潜入しなければならなかった。


「戦闘は極力避ける。無駄な騒ぎは立てたくないわ」とリーラが冷静に言う。


カイは無言で剣を軽く持ち上げ、リーラの方へ視線を向けた。「わかっている」


施設の中に入ると、冷たく静かな空気が漂っていた。壁には異様な光を放つ石が埋め込まれ、淡い青白い光が通路を照らしている。通路の奥からは機械音が微かに響き、金属の床を踏むと鈍い音が響いた。周囲には誰もいないが、奥からは低い声で何かが話されているのが聞こえた。


カイとリーラは、音もなく施設内を進んだ。数人の研究員が遠くで書類を確認しているのが見える。カイは指でリーラに合図を送り、後ろから忍び寄った。研究員たちがカイに気づく前に、彼は一人を押さえ込んで気絶させ、リーラも同様にもう一人を無音で気絶させた。

カイたちはそのまま、その部屋にある書類を確認した。


「特段これといったものはないわね。ただの研究報告書。ルドルフのルの字も出てこないわ」


「このまま進むぞ」とカイは短く言い、二人は再び無言で歩みを続けた。


施設の部屋を通り抜けるごとに、さまざまな遺物や古代文明の遺構の残骸が無造作に保管されているのが目についた。それらはどれも興味深いものばかりだったが、特に目立って怪しいものはなかった。奇妙な模様が描かれた石板、精巧に作られた金属の道具、そして光を放つ謎の結晶――すべてがアルヴァンド文明の残したものらしかった。


「すごい技術ね……」リーラがぼそりと呟いたが、カイは気にせずに前に進んだ。


「今はそれに構っている時間はない」


二人は、さらに奥へと進んでいくうちに、地下へと続く階段を見つけた。階段の前には厳重に鍵がかけられた鉄製の扉があり、錠前には複雑な仕掛けが施されていた。カイは剣で無理やり開けようとしたが、リーラが短剣を取り出し、慣れた手つきで鍵を開け始めた。


「少し待って……すぐに開くわ」彼女は冷静に言い、手際よく錠前を開けた。


扉が軋む音を立てて開き、二人は暗い地下室へと足を踏み入れた。地下は冷たい空気に包まれ、薄暗い灯りがわずかに揺れているだけだった。奥にはいくつかの牢が並んでおり、そのうちの一つに、鎖で繋がれた少女がいるのが目に入った。


カイとリーラは一瞬動きを止め、その少女に視線を向けた。彼女はかすかな息を立てていたが、動くことなく鎖に繋がれていた。


カイは険しい表情を浮かべた。「行くぞ。無関係だ」


しかし、リーラはその言葉に耳を貸さなかった。彼女は少女の姿をじっと見つめた。彼女の髪は銀色ツインテールのような髪型で、まるで月明かりが当たっているかのように輝いていた。少女の肌は白く、薄く、まるでここではない別の世界の存在のように神秘的だった。彼女の瞳は閉じられていたが、時折、かすかな動きを見せている。年齢は14歳くらいに見えるが、何か異様な雰囲気をまとっている。


「……彼女、何者なの?」リーラが静かに呟いた。


「関係ないと言ったはずだ。さっさと行くぞ」カイは再び言ったが、リーラは動かなかった。


「こんなところに鎖で繋がれているなんて、普通じゃないわ。放っておけるわけがないでしょ」


カイは苛立ったように舌打ちをした。「俺たちには関係のないことだ。無駄なことに手を出すな」


「そうかしら?こんなところに繋がれているのだし、ルドルフの手がかりかもしれないわよ?それに関係なくても、彼女を置き去りにするわけにはいかない。私は連れて行くわ」


カイはしばらく黙ったままリーラを見つめた。彼の目は冷たく、無関心を装っていたが、リーラの強い意志に逆らえないことを悟ると、静かにため息をついた。


「……お前が責任を持つなら勝手にしろ。俺は知らん」


リーラはカイの言葉を無視し、素早く鎖を切ると、少女を抱き上げた。少女は軽く、まるで羽のように静かだったが、その体には何か重い秘密が隠されているような感覚があった。


「行きましょう」


カイは無言で頷き、二人は少女を連れて施設を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る