第4話「影と剣」

夜は静かで、月明かりが薄く森の木々の間から漏れていた。カイとリーラは、旅の途中で一時休息を取るために小さな焚き火を囲んでいた。火の燃える音だけが周囲に響き、虫の鳴き声すら聞こえないほどの静寂が森を包んでいる。


カイは無言で焚き火を見つめていた。炎の揺らめく光が彼の顔に影を作り、その無表情な横顔が、心の中で何を考えているのかを隠していた。彼の手は剣の柄に軽く触れており、常に警戒を怠らない様子だった。


一方、リーラは火のそばで腕を組み、カイの様子を横目でじっと観察していた。これまで無言だったが、このままでは何かが進展するとは思えなかった。彼女はしばらく躊躇したが、ついに口を開いた。


「カイ……なぜ帝国を、いや、ルドルフをそこまで憎んでいるの?」


彼女の声は落ち着いていたが、その中に少し探るような響きがあった。カイは一瞬だけ視線をリーラに向けたが、すぐに焚き火に戻す。


「おれがいつルドルフを憎んでいると?」


「情報屋にルドルフのこと聞いていたじゃない。そのくらいわかるわ」


カイはしばらく黙っていたが、再び口を開いた。

「お前には関係ない」


カイの返事は冷たく、まるで会話を打ち切るかのような言葉だった。だが、リーラはその一言では引き下がらなかった。


「たしかに関係ないわ……でも私はあんたと一緒に動いている。目的が分からなければ、それに見合った協力もできないわ」


リーラは静かに焚き火を見つめながら言葉を続けた。彼女の声には挑発の色はなく、純粋な疑問が感じられた。カイの行動に共感しているというよりは、目的を知ることで自分の判断を正確に下したいという、冷静で実務的な考えからくる問いだった。


カイは黙り込んだままだったが、眉間に少しだけ皺が寄っていた。焚き火の火がパチパチと音を立てる中、彼の中でいくつかの葛藤がよぎった。長年、誰にも話さなかった自分の過去。だが、この女は自分と共に旅をしている。目的を話さなければ、これ以上の協力は得られないかもしれない。


「……13年前のことだ」


カイは低く呟いた。彼の声は以前の冷たさとは違い、どこか重く、深い感情がこもっていた。


「ファナスティア王国……おまえも知っているだろう」


「ええ」

リーラは微かに頷いた。ファナスティア王国――それは13年前にカルドヴェア帝国によって滅ぼされた国であり、かつては平和で豊かな土地だった。しかし今は、その名前を知る者も少なくなり、ほとんどが歴史の中に埋もれつつある国だ。


「俺はそのファナスティアの小さな村で生まれ育った。……13歳の時、すべてを奪われた」


カイはその言葉を絞り出すように言った。リーラはそれ以上口を挟まず、じっと彼の言葉を待った。


「帝国軍が……突如、俺たちの村を襲った。何の前触れもなく、家も、人も、すべてが焼き尽くされた。村の男たちは戦いに向かい、俺の父も母も、そして姉も……みんな死んだ」


カイの声には、復讐心と怒りが滲み出ていたが、その裏には長年抱え続けてきた深い悲しみも含まれていた。彼の拳が無意識に固く握られていたが、その手の震えは抑えきれないものだった。


「生き残ったのは、俺一人だ。隠れていただけで、何もできなかった。俺は……あの日から復讐だけを考えて生きてきた」


リーラはその言葉を静かに受け止めていた。彼の過去の悲劇が、今の彼を作り上げたことは明白だった。そして、彼が復讐という強烈な感情を抱き続けている理由も理解できた。


「その帝国軍を率いていたのが、ルドルフ将軍だ」


カイの言葉は静かだったが、その中には鋭い怒りが込められていた。焚き火の光が彼の顔に当たり、その瞳に宿る憎悪の炎が一層鮮明に見えた。


リーラはしばらく何も言わなかったが、やがて深く息を吐いて口を開いた。


「なるほど……それがあんたの目的ってわけね」


彼女は軽く頷きながら、彼の決意を理解したように続けた。


「……俺の目的を知ったところで、どう動くかはお前次第だ」


カイは再び無表情に戻り、リーラに対して冷たい言葉を返したが、リーラは笑みを浮かべながら肩をすくめた。


「それなら協力するわ。私にも目的があるし、何より……あんたの剣には価値がある」


彼女は悪びれずにそう言うと、焚き火をじっと見つめた。カイはその言葉に反応を示さず、静かに視線を火に戻した。


夜は再び静寂に包まれ、二人はそれぞれの思いを胸に秘めながら、次の戦いに備えるように静かに焚き火を見つめていた。


森の暗闇の中、足音が徐々に近づいてくる。カイは剣を握りしめ、周囲を警戒する。リーラも短剣を手にし、冷静な表情で木々の影を見つめていた。


「……誰か来るわ」


リーラが低く呟く。次の瞬間、木々の間から複数の鎧を着た帝国兵たちが現れた。彼らは無言でカイとリーラを包囲しようと動き、焚き火の光が鎧に反射して冷たい光を放っている。


「女と男…情報通りだ。男の方は『帝国兵狩り』だぞ」


一人の兵士がそう言いながら剣を抜いた。彼の言葉に他の兵士も武器を構えながら応じた。


「こいつを仕留めれば大手柄だ。絶対に逃がすな」


カイは目を細め、冷たく吐き捨てた。


「……あの情報屋か」


カイは剣を引き抜き、静かに構えた。兵士たちは間合いを詰める。リーラも短剣を構えたまま、冷静にカイの隣に立つ。


「全部で8人。やるしかないわね」


カイは一言も返さず、目の前の敵を見据えた。


最初の兵士が動き出す。剣を振り下ろしながら突進してくるが、カイはすぐに反応し、その攻撃を片手で軽く受け止めた。力強い金属音が響き、カイはそのまま剣を弾き返して相手の腹に鋭く斬り込んだ。兵士は短い叫び声を上げ、倒れ込む。


「次だ」


カイは冷静に次の兵士を見据える。別の兵士が槍を持って突進してきたが、カイはすぐにその槍を横に避け、逆にその兵士の首元へ剣を滑らせた。鮮血が飛び散り、兵士はその場に崩れ落ちた。


「こいつ、一人で片付けるつもりか?!」


兵士たちは動揺しながらも、再び攻撃態勢を整えた。しかし、その背後には、すでに弓を構えた狙撃手がいた。弓使いは、じっとカイに照準を合わせ、正確に狙いを定めている。


だが、その矢が放たれる前に、リーラがすでに動いていた。彼女は闇に紛れ、静かに弓使いの背後へと忍び寄る。彼女の動きは素早く、音もなく、その手には鋭い短剣が握られていた。


「……悪いわね」


リーラは低く呟くと、弓使いが矢を放つ瞬間に素早く動き、短剣をその喉元に突き刺した。弓使いはビクンビクンと体を痙攣させ、息を詰まらせ、矢を放つこともできず、その場に崩れ落ちて絶命した。


「なっ、いつの間に!」


帝国の兵士たちが、弓使いが殺されたことに驚く。

カイは弓使いが無力化されたことを感じ取り、すぐに残った兵士たちに向かって突進した。彼は再び剣を振り上げ、前線の兵士を次々と斬り伏せていく。リーラはその背後で動き、敵の隙を突いて短剣で確実に仕留めていった。


「こいつら、あまり大したことないわね…」


リーラは次の敵を探しながら、カイに言葉を投げかけた。


「関係ない。全員斬るだけだ」


カイの剣は重厚な鎧をものともせず、敵を倒し続ける。彼の攻撃は力強く、正確無比だった。リーラはその背後を守り、二人はあたかも長年の戦闘を共にしてきたかのような息の合った連携を見せていた。


やがて、最後の兵士が倒れ、森は再び静寂に包まれた。リーラは軽く息を整え、短剣を拭いながら、カイに近づいた。


「見事ね。お互い、悪くないコンビじゃない?」


カイは無言で剣を鞘に収め、辺りを警戒しながら呟いた。


「調子に乗るな。俺たちは仲間ではない」


リーラはその言葉に小さく笑みを浮かべたが、真剣な表情で頷いた。


「はいはい」


二人は再び旅路に向けて歩き出す。

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